表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/56

2-3.

 家から半ば追い出されたバルタザールと違い、父親に期待されて大学に通っているライナルトの実家からの仕送りは雲泥の差があった。

 だから、いつもバルタザールの協力の下に定期試験をパスする度、ライナルトはバルタザールに礼をするといい張った。

「私のアドバイスがあったとしても、努力したのはお前だろ? 良くやったな、ライナルト」

「いやいや、お前のおかげだ遠慮するな、な?」

 ライナルトの表情は喜びに溢れていて、バルタザールが辞退しても引きそうにない。それはいつものことだった。

「そうだなあ、……礼、ねえ……。じゃあ、前に戦術学の先生が勧めていた本が手に入るなら欲しいんだが……」

「……なんて題だったっけ?」

 バルタザールとアレクサンドラが、呆れて額を押さえる。

「……こうだよ」

 サラサラとバルタザールが、本のタイトルと筆者をメモに書き記す。

「買ってきてくれたら、これも一緒に勉強しようか。今すぐに必要になる知識じゃないが、覚えておいて損はない内容のはずだから」

 そういって誘えば、「ありがとう、バルタザール!」と再び抱擁が再開してしまう。

 そんなふたりのやりとりを遠巻きにしながら、アレクサンドラ王女は彼らを観察する。

 ふうん。自分ができるだけじゃなくて、教え導くこともできるって訳……。しかも、あの本だったら、ライナルトのほうが覚えて役に立つはず……。

 チラリ、とアレクサンドラ王女の視線がバルタザールに向く。

 ──欲しいわね、あの男。

 もちろん、男としてではない。三男坊すら養うことのできない貴族出身の男など、アレクサンドラの伴侶としては値しない。

 欲しいのは部下として、駒としてだ。

 話は変わるが、アレクサンドラには、大学に通っていた当時、上にふたりの兄弟がいた。

 当然男子継承が優先。その上、彼女の上に男児がふたりいれば、彼女が女王として立つ見込みは薄い。

 ──でも、あの兄さまたちってば、冴えないのよね。

 いい方をキツくすれば、彼らは王の器ではなかった。冴えないどころか、浪費、遊興に溺れすぎだ。なんでも、ふたり揃って高級娼婦に入れ込んで、その贈り物の額も馬鹿にはならないらしい。彼らが玉座に就けば、遅かれ早かれ国は傾くだろう。

 ──わたくしの方がよほど王にふさわしいわ。

 王に必要な資質。

 彼女はそれを、豊富な知識や、難局を切り抜ける知恵や機転を持っているか。国民を魅了するカリスマ性があるか。他国の王族と同等かそれ以上に振る舞えるか。

 ──そして、ときには非情な冷酷さを血縁者にすら向けられるか。

 そういうものだと理解していた。

 そして彼女の兄ふたりにはそれはなく、自分にはそれがある。そう自負していた。

 大学で学ぶ傍ら、彼女は父母やときには暗部のものを使い、粛々と彼らを排除していった。その中に、アンネリーゼの母の父母、つまり祖父母も含まれているといわれている。

 上の兄は、高級娼婦と楽しく夜を過ごすそのときの、その杯に垂らされた致死量の無味無臭の毒によって。

 さらに、それを恐れた次兄──お母さまのお父さまには、夫婦で出かける際に、馬車に細工をさせて馬車事故に見せかけて暗殺した。

「力あるものが王であれ」との信条を持つ彼女の父である国王は、むしろ彼女がしてみせるこれらの細工を楽しげに見ていた節がある。

「あれこそ、我が後継にふさわしい」

 国王は、その毒牙が、やがては自分に向けられることを知ってさえも、満足げに笑っていたという。腐敗したこの王国をどう変えるのか。それを自らの目で見られないのだけが心残りのようだったが。

 そうして、卒業する頃にはアレクサンドラ王女は、女の跡継ぎとして王太女となっていた。

「バルタザール。わたくしの国はまだ私が王太女になってから日が浅いわ。でも、ゆくゆくは、今までの貴族の古い慣習を重んじる王宮ではなく、身分にとらわれない実力主義の王宮に変えたいの。──その筆頭として、わたくしに付いてきてくれないかしら?」

 卒業式のその日、アレクサンドラ王太女は直々にバルタザールを引き抜きにかかった。

「わたくしはあなたが好きよ、バルタザール。もちろん男女の間柄じゃなく、私の手足となって動いて欲しいと思う最高の人材として。あなたはそれにふさわしい能力を持っている。……だから、ね? 私についてきてくれない?」

 そういって、彼女は手を差し伸べた。

「滅多にできない経験をさせてあげるわ」

 バルタザールはしばし逡巡したのちに、彼女の手を取った。

 血に濡れた玉座に嫌悪を覚えなかったわけではない。けれど、若さ故だろうか、実力主義で出世していける、新しい国の未来が魅力的に感じたのだ。

 そして、現実的な理由もある。

 このまま実家に帰っても、バルタザールは家の三男という立場ゆえに、ただ飯ぐらいの厄介者でしかない。

 アレクサンドラ王女の申し出は、バルタザールにとっても都合が良かったのだ。

 彼女が大学を卒業して国に戻って程なく、国王は原因不明の病で命を落とす。そして、アレクサンドラは王女ではなく、女王となった。

 その頃、アレクサンドラのもとで働き、頭角を現したバルタザールを、アレクサンドラは即位と同時に、彼女の宰相として任命したのだ。

 彼らはもと国王のもとで不正を働き、懐を温めていた貴族を粛正した。その後釜には、誠実に職務にあたっていたものを身分を問わず抜擢していった。

 女王アレクサンドラは、若くしてそれを為しえたのである。そして、バルタザールはその右腕として、宰相として抜擢されていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ