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2-1.家族会議

「まあなんて酷い!」

 家に帰って、一部始終を聞かされたお母さまの第一声はそれだった。

 馬車に乗っている間も、そして馬車から降りて王都にあるタウンハウスの玄関にたどり着いてからも私を支え、抱きしめてくださっていた。そしてリビングに着くと、お父さまと代わってお母さまが私を優しく抱きしめる。

 お父さまの抱擁は、男性と女性の体つきの違いだろうか、固く大きく頼もしさを感じたが、お母さまの抱擁は柔らかくて温かく、ふわりと良い匂いがした。

 お父さまとお母さまからの抱擁なんていつぶりだろう。

 王家に招聘(しょうへい)されてから、私の部屋は王宮の中の一室に移った。それは未来の王妃にふさわしく豪奢な一室ではあったものの、自宅へ帰ることはほとんど叶わなかった。それほどまでに、王太子妃教育、ひいては王妃教育は厳しく、覚えることも多岐にわたったのだ。私のスケジュールはそれこそ一分一秒刻みのものだった。それが十歳の頃から続いていたのだ。

「おねえたま~。ボクはひさしぶりにおねえたまにあえて、うれしいなぁ~」

「わたちもよ、おねえたま。だからなかないで~」

 そう舌足らずな口調で私を慰めようとするのは、私の年の離れた五歳の双子の弟妹のエルマーとアルマだ。

 彼らは、私が婚約者として城に招致されてから生まれたから、私にはあまり接し慣れてはいないはず。たまに帰省を許されたときに触れ合ったのみだ。なのに、私のことをすんなり受け入れ、さらに慰めようとしてくれている。きっと、お父様とお母様のもとで、素直ないい子に育っているのだろう。もしかしたら、姉の私の話を聞かされてきたのかもしれない。

 ──と、私たちの家族はここにいる五人で全員。祖父母は既に他界しているし、一般的な貴族と比べて、親子だけの小さな五人家族。それが私たちだった。

「……お母さま、お父さま、私を叱らないのですか?」

「どうしてアンヌを叱るの? 話を聞いたけれど、王太子殿下の心変わりなんでしょう? しかも余所の令嬢を孕ませたですって? あなたは何も悪くはないわ。それと、辛い中、王太子殿下にしっかりと自分の判断だと言わせてきたのは偉かったわ。それだけで十分風向きが変るもの」

 私の問いに、お母さまが穏やかに答えた。そして、あの場をあの形で収めたことを褒めてくださった。

「……『真実の愛』、ねえ。しかも、できちゃったからだなんて」

 そんな、一見おっとりとしているお母さまが、ぽそっと口にして、赤い口もとを衣の袖で隠しながらクスリと笑う。

「あんなもの、馬鹿みたいに派手な茶番劇をしないで、こっそり上手くやればいいのよ。それが賢いやり方ってもの。実際、それをやってきた貴族はいくらでもいるわ。でも、流行を鵜呑みにして派手なパフォーマンスにしてしまっている以上……」

「愚策も愚策。下の下だな。児戯でしかない。アレが次の国王だなんて嘆かわしい」

「やぁだぁ、あなた。出来の悪い子供だからこそ、馬鹿な真似をするんですよ」

 お母さまの言葉に、追随したお父さまの言葉に、さらにお母さまがキツいことをおっしゃる。

 国の宰相をしているお父さまはもちろんだが、一見おっとりしているお母さまも、その見た目とは裏腹に、実は敵に回すと怖い人だ。なんせ生まれは王族と血縁のある公爵家。アレクサンドラ女王陛下が、お父さまをこの国に縛り付けておくために(めあわ)せた、女王陛下の姪なのだ。生まれも育ちも、生粋の貴族、女性の中の女性、という人である。貴族女性らしく、表と裏の顔をしたたかに使い分ける人である。

 ただし、彼女の父母は「赤の女王」の政変の折りに暗殺されている。その指示をしたのがアレクサンドラ女王陛下なのではないかと、まことしやかに囁かれており、お母さまもそう思っている人物のひとりだった。

 だから、お母さまとアレクサンドラ女王陛下は仲が悪い。もちろん表立ってやり合うことはないけれど。だから、私の婚約が決まったときに立腹していたのはお母さまだった。

 ──とはいっても、私たち子供たちにとっては、優しいお母さまでしかない。

「それにしてもアレが王太子だなんて、この国も先が思いやられる。アレクサンドラならいざ知らず、あんなバカ息子のお守りをしながら宰相なんて続けたくないな。さてどうしたものか」

 お父さまは嘆息を吐く。ちなみにお父さまは、実はこの国の生まれではない。女王陛下に実力を買われてこの国の文官となり、頭角を現して宰相の座に抜擢された、領地を持たない役職貴族なのだ。だから、ときどき、学生時代の名残か、女王陛下のことを陛下をつけずに名前だけで呼ぶ。

 話はそれるが、その経緯を説明しよう。

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