10-6.
そして、当然その特許申請がなされた報告は、私が手に持った報告書によって公主閣下の耳にも入れる。
「ほう。基礎化粧品か」
「はい。今までは、装うことを目的とした化粧品はありましたが、土台の肌を整えるものはございませんでした。ですから、そこを補う化粧品を二点作りました」
「私は男だからこういうものには疎いが……。随分と好評らしいな? すでに品切れの店も出てきて大騒ぎだとか」
「ええ、そこは、冬場の作業として量産品を作ってくれる村をエッドガルド商会さんのほうで手配していただいたので、なんとか落ち着きを取り戻してきたようです」
私は、一番シンプルなハーブを使った化粧水の入った瓶を指さす。
「ああ、そうでした。化粧水は、男性にもいいんですよ? 公主閣下、使ってみます?」
にっこりと笑って、とあるひと品を手にして差し出す。
「男性は毎日の身だしなみとして髭を剃りますし、なにより、ただ太陽の日を浴びるだけでも肌は日々ダメージを受けるんです」
紫外線っていってもわからないわよね……と私は思って、そこの説明は割愛しておく。そして、それはよそにして、にっこり笑って化粧水を勧めてみた。
「……いや、いい……。やはり化粧というと女の嗜みという気がして……」
「だめですよ、閣下。これは、国の事業にするんです」
「事業?」
私の言葉に、公主閣下が首を捻った。
「そうです、事業です。まずはこの化粧水とリップクリームを女性たちに流行らせます。さらに、化粧は女性がするもの、という概念を打ち壊し、男性も基礎化粧くらいはするのが嗜み、という流行を作るのです。そして、それをこの大国二国に挟まれたデラスランド公国から、輸出するんです!」
「「輸出!」」
ともについてきてくれていたお父さまと、公主閣下が同時に声をあげる。
「閣下、デラスランド公国に比べて、バウムガルデン王国ならびにハイデンベルグ王国は領土も人口も多く、娘の予測どおり上手く両国で流行らせることができれば、かなりの外貨を稼げます」
「……うん……。我が国はそもそも土地が狭いのもあって、様々なものを輸入に頼りきりなのが現状だ。デラスランド公立大学をはじめとした学園都市の、学校や学生からの収入を除けば、あまりにも産業規模が小さい。だが、もし、我が国が化粧品をもとに産業を興せれば……!」
公主閣下が、拳を握って力強く訴える。
「はい。ですが、私はあくまで発明……発想にしか才はありません。エッドガルド商会を経由して、国内だけでなく隣接するふた国にも売り出したいのです。その際に、国際的な交渉時には商会だけでは心許ないので、閣下のお力添えが欲しいのです」
私とともにきていたエッドガルドさんが、そこで公爵閣下にお辞儀をする。
「もちろんだとも!」
「よろしくお願いします」
頼もしく引き受けて下さる公主閣下と、私の願い出を後押しして下さるお父さま。
「ありがとうございます」
満足げに会釈をするエッドガルドさん。
──なんか、随分ふたりが盛り上がっちゃってるけど、実はまだあるのよね……。
私はちらっとエッドガルドさんと目配せする。
「「あ、あのぉ……」」
私とエッドガルドさんはおずおずと二人に声をかける。
「なんだ?」「どうした?」
公主閣下とお父さまの返しは同時だった。
「こんなのも作ってみちゃったんですぅ」
私の声で、エッドガルドさんの横に置いてあった冷蔵庫に、見えないようかぶせてあった布をバサリと取り去る。
「命名、冷蔵庫、です! こちらは魔石を使って技師が作った魔道具になります!」
じゃじゃーん! とばかりに披露する。
──ま、命名といっても、前の世界の名前のまんまなんだけど。
「……で、この箱がなんだ?」
ガクッと肩が落ちちゃいそうな程、お父さまの反応は薄かった。
「これは、冷蔵庫っていって、この国の保存技術を革命しちゃう魔道具なんだから!」
そういって、私は冷蔵庫、野菜室、冷凍庫の扉をそれぞれ開ける。その中には、冷蔵のウインナーやハム、キャベツやトマト、肉が入っている。
「……冷えている?」
お父さまが恐る恐る中に手を入れてみて、中に入っているものの状態を確かめている。
「今までは、常温で保存するか、穴を掘った土蔵が良いところだったでしょう? だから、野菜もお肉も腐ってしまうから、スパイスで味をごまかして食べるしかなかった、でしょう」
「あ、ああ……」
お父さまが頷く。
「私も触ってみてもいいかい?」
公主閣下が私に尋ねてこられる。
「はい、もちろんです」
公主閣下と入れ違いにお父さまは手を戻す。公主閣下は、冷蔵庫に入っているウインナーの匂いを嗅いだ。
「……もともと保存食だが……。うん、この匂いなら状態はいいな」
「それは入れてから一週間経ったものでございます」
「それでこの品質か!?」
「冷凍庫に入っている生肉も一週間経っていますが、全く品質に問題はありません」
「「なんと……」」
ふたりが驚きの表情で私を見る。
「わ、私の手柄じゃありませんよ? 私は、こういうのが欲しいな~って、エッドガルドさんのところの技師さんにお願いして、作ってもらっただけで……」
「……それを思いつくところが凄いんだよ」
はぁ、とお父さまがため息をつく。
「閣下、こちらも、エッドガルド商会にかけあって、量産体制を作り、国内外に売れる体制を作れば……」
「ああ、間違いなく、この大陸の食糧事情が一変する。そして、新たな仕事ができ、人々に仕事を割り振り、今以上の賃金を与えることができる。生活が豊かになるんだ」
お父さまの言葉に公主閣下が頷いた。公主閣下の表情は、国民たちのことを思ってか、明るい。
「魔道具師や鍛冶師もいつも仕事にありつけるって訳じゃない。だが、これは、上流・中流家庭にある程度まで普及しきるまで売れ続けるだろう。そしてそれが生む金は、技師たちの賃金になるんだ」
満足そうにエッドガルドさんが語る。