表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/56

1-3.

 でも、まさか王太子殿下が婚約破棄までいい出す事態になっていただなんて。しかも孕ませ……いや、言葉が過ぎるか。そんな関係にまでなっていたとは知らなかった。

 ──なんて馬鹿なんだろう。

 私は心の中で思う。

 いくら実の息子とはいえ、あの「赤の女王」の決定事項を覆すなんて。

 けれど、彼女(サラサ)がいくら希少な存在とはいえども彼女はもとは平民。いや、聖女と見いだされてから、確か伯爵家の養女に迎えられているはず。だったら家格の問題はクリアなのかもしれない。

 そして次に、彼女はこの世界での教養はほとんどないといって良いレベルだった。常識的に考えて、今すぐ彼女を婚約者に据えるなど考えられるはずもない。

 王太子妃に必要な、語学、淑女教育、社交能力、他国に至るまでの歴史の詰め込み……数えたらキリがないけれど、それを今から、おそらく十八かそこらから身につけようというのか。しかも身重の身で。

 しかも、この国の国教は、結婚に際して女性に純潔性を求めるのだ。王族の結婚ともなれば、初夜の血のついたシーツが、翌朝恭しげに飾られるほど。

 なのに、それすら覆している。

 あの聖女は教会に保護されているのだろうけれど、その教義を足蹴にしているサラサをどこまでかばうのだろうか。

 ──そこまでの覚悟があっての婚約破棄騒動であれば、「真実の愛」とは見あげたものだと感嘆できる……のだけれど。

 ──この国の王太子は馬鹿だ。

 彼を頼りに婚約者に名乗りをあげたサラサも、どこまでどういう状況下なのかわかっているのだろうか?

 女王に打診をせず、不在のおりに、彼女が決めた婚約を勝手に破棄をする。これほど恐ろしい行為はそうそうないだろう。きっと王太子殿下のみでは飽き足らず、サラサ自身にも怒りの矛先が向くに違いない。

 おかしなものだ。豊かな知識と実行力を併せ持ち、性格は苛烈で、「赤の女王」の二つ名で呼ばれる女王陛下。そのご子息が庶民の流行に無計画で乗って浮かれているのには、めまいさえ覚えた。

 きっと女王陛下は烈火のごとく怒ることだろう。身内でありながらそれすら分からないのだろうか。いや、息子だからこそ、その立場に甘えている?

 ──さあて、どうしよう。

 私は思案する。

 彼の言質は取った。次は私の心の整理だ。

 私は十歳の頃に婚約者として定められ、相手となったカイン殿下に、恋をしようと努力した。そして、それは次第に私の思考を染めてゆき、私は彼に恋をするようになった。

 だから、彼の心変わりが決定的になった今、正直なところ、私は心から傷ついている。貴族令嬢としての矜持があるからこそ、ぐっと我慢をしてはいるものの、今この場で崩れ落ちて泣いてしまいたいほどの心情だ。恋をするよう仕向けた恋でも、それが破られれば、傷つくものなのだ。

 それなのに、壇上の殿下とサラサは、そんな傷心の私を尻目にイチャイチャとじゃれ合っている。

 それを見て、私は唇を噛んだ。目には涙が滲んできたのだろうか。彼らを眺める視界がぼやけてきている。さらに、身体を支える力が抜けて、床に直に座り込んでしまう。

 ようやく、異常事態に固まっていた心と体に、感情が追いついてきたのだろう。

 ──泣きたい。辛い、逃げたい。誰かこれは現実じゃない、夢だといって。

 でも、私を遠目にみる誰も、助けてはくれなかった。なぜならば、次期王太子妃となるものがどちらになるのか、判断しかねているのだろう。確実に王太子妃となるものに肩入れしたい。それまでは様子見をする。貴族とはそういうものだ。

 ここにいる者たちは、その貴族の令息、令嬢たちなのだから。

 私はぎゅっと唇を噛み、拳を握りしめる。

 ──さて、どうする?

 辺りを見回すが、私は遠巻きにされて、味方になってくれそうな人は見当たらなかった。

 ──ここはひとまず退場して、状況をお父さまにご報告すべき?

 泣いている場合じゃないわ。まずはお父さまに報告しないと。

 そうしてようやく頭の整理が付く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ