10-3.
「あの! ドミニク!」
「はっ、はいっ!」
リップスティックの構造を考えるために机にかじりついていたドミニクは、わっ! と肩を跳ねさせて返答した。
「ねえ、ドミニク。あのね、さっき、あなたは魔道具も手がけるようなこと、いっていたわよね?」
「あっ、はい。いいましたが……」
「あのね。こういう魔道具があったら、食べ物の保存に役に立つと思うのよ……」
そういって私は、紙に、前世にあったファミリータイプ冷蔵庫の絵を描いた。
冷蔵室に、冷凍庫、そして、野菜室。
「……れいぞうこ。そういえば、上質な氷の魔石を使えばできるはずなのに、思いつきませんでしたねえ。それにしても凄い。わざわざ冷蔵用、冷凍用、野菜の保存用と温度調節まで配慮されるとは……。お嬢さま、あなた」
ふむふむと感心しながら、私の描いた図を眺めるドミニク。それから、私をじっと観察するように見る。
「えっ!?」
一般的には貴族間では、相手のことをあまりじろじろ見たりすることを不躾として失礼だとみることが多いので、そうやって、観察するような目で男性にじっとみつめられる経験はなかった。
だから、ドミニクの目線には面食らってしまった。
「……ドミニク? な、なぁに? どうしたの?」
「お嬢さまは、侍女などの経験はないんですよね?」
「もちろんないわ」
侍女どころか、王太子の婚約者で勉強漬けだった身だ。
「……それなのに、食材ごとの保存の適温を鑑みて格納庫を分類するなど、さすが、としかいえません」
「そんなに褒めるようなことかしら?」
「もちろんですよ! これがあれば、食文化に大きな革命が起こります! あの、香辛料まみれの、肉の味すらわからなくなったものを食べなくても良くなるんですから!」
ドミニクは、美味しい肉を食べたいのだろうか? ぐっと拳を握って確信したように熱く語った。
「エッドガルドさん、最初の仕事もちゃんとやりますから、俺にもう一つの貯蔵庫の方の仕事、やらせてもらえませんかね?」
ドミニクは拳を握ってやる気満々だ。
「あー、しゃーねーなぁ。お前がそのモードに入っちまったら、止めたって聞かねえだろ」
「はい!」
「……おい、自分の所属するところの商会長に向かってなんだそれは」
やれやれ、といった様子で「ただし、どちらも手を抜かないこと」と条件を付けられて、エッドガルドさんからゴーサインが出たのだった。
「やったわ!」
私も嬉しくて笑顔になってしまう。
「じゃあお嬢さま、まずは構造が簡単なりっぷすてぃっくけーすから手がけますので、出来上がりましたら、お嬢さまのもとに納品します。れいぞうこは、魔道具師の技師の手が必要になりますので、少し時間がかかります。のちほど納品しますので、しばらくお待ちください」
「ありがとう。仕上がりを楽しみにしているわ!」
こうして私は、エッドガルドさんという商会長に加え、ドミニクさんという有能な技師を味方につけたのだった。