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8-1.ハイデンベルグの思惑

 コツコツという足音を立てて、男性がふたり、並んで歩いてくる。そして、私たちが控えている前でその音が止まった。

「……その顔、バルタザール・バーデン、か?」

「はっ。おっしゃるとおりでございます」

 お父さまはそう答えると、礼を執った。

「隣の娘は」

「我が娘、アンネリーゼ・バーデンと申します」

『ほう。あの名高い「バーデンの青い宝石」か?』

 男性は、ハイデンベルグ王国で使われるハイデンベルグ語で聞いてきた。ハイデンベルグとは、デラスランド公国を挟んで、大国バウムガルデンの反対側に領地を持つ軍事大国だ。

 アレクサンドラ女王が治めるバウムガルデン王国とは対立関係だが、どの国とも中立を謳うデラスランド公国とは中立関係である。

 ──私が「青き宝石」と称されるようになったときの再現をしたいということかしら。

 なので、私はとっさに頭の中の言語をハイデンベルグ語に切り替えた。

『お初にお目にかかり、光栄です。バーデンが長女、アンネリーゼと申します』

 私は顔を上げて、カーテシーをする。

 私たちに興味を持ったのは、四十代ぐらいの男性と、そのお子様だろうか。よく似た顔つきの二十代ぐらいの青年だった。だが、体格は全くの正反対。年長の男性は筋骨隆々、いかにも軍人、といった体型なのにひきかえ、もう片方の青年は、柔和で物腰が柔らかく、女性に威圧感を感じさせない細身の体型。それに眼鏡を掛けているとあって、知的な印象を受けた。

「ほう。我が国の言葉も覚えてくれているとみえる。嬉しいね。ああ、バルタザールはともかく、アンネリーゼ嬢とは初めてお会いするな。我が名はヨハネス・ハイデンベルグ。そして、隣にいるのが……」

「ヨハネスの弟マルク・ハイデンベルグと申します。……お噂は、かねがね」

 そういって、穏やかに微笑みかけてきた。

 親子と思ったら、年の離れた兄弟でいらっしゃったようだ。ヨハネス・ハイデンベルグさまはハイデンベルグの国王陛下でいらっしゃるから、マルクさまは王弟殿下だったようだ。

 ──それにしても、「お噂」っていうのが気になるわね。ま、あの派手な婚約破棄のことなんでしょうけど。

 私はまたアレか、と、心の中でため息をつく。けれど、ここで留めおかれても話は続かない。私はその「噂」とやらを尋ね返すことにした。

「……失礼ながら、『噂』とは……?」

 私は極力簡潔に尋ねた。すると、意外な答えが返ってきた。

「例の、『バーデン家の青い宝石』と女王アレクサンドラが名付けた、あの逸話ですよ! 私はまだ当時幼かったのであの場にはいなかったのですが、数年後に兄から聞かされたのです。歳も近しいというのに天才的な語学力をお持ちということで、どんな女性かととても興味があったのです」

 マルク殿下は爽やかな笑顔で答えてくれた。

「なるほど、そうでしたのね」

 私がマルク殿下に答える。すると、ハイデンベルグ国王陛下が、私に対してはすでに用は済んだとばかりに、マルク殿下に声をかける。

「マルク、話は済んだか」

「はい、兄上」

「では、次は俺の用件に移らせてもらおう」

 そういうと、陛下はお父さまの方に視線を向けた。

「バルタザール・バーデン。そなた、こちらでの待遇はどうなっている?」

「……待遇、とおっしゃいますと……?」

 まどろっこしいといったように、ハイデンベルグ国王陛下は顔をしかめた。

「そりゃ、ぶっちゃけ、ここでの位階と待遇だよ。お前は才能も知性もある。だから、ここより好条件にするからハイデンベルグ(ウチ)に来ないかっていってる」

 それを聞いて、お父さまは驚いたように目を見開いた。

「そら、どうなんだ。バルタザール」

 ハイデンベルグ国王陛下はお父さまに対してわりと親しげな口調で問い直す。

「……こちらでは、男爵位をいただき、文官として働かせていただいております」

 渋々、といった様子で、お父さまが答える。ハイデンベルグ国王陛下のあの様子だと、いい加減答えないと、怒り出しかねない様子だった。

「男爵! あの大国バウムガルデンのもと宰相が一介の男爵とはねえ……」

 大げさに、驚いたといった様子で、ハイデンベルグ国王陛下は肩を竦めて首を横に振る。それから、ぐいっとお父さまに顔を近づけた。

「俺ならひとまず伯爵位はやる。最初は文官をやってもらうが、働きぶりによっては文官長、宰相補佐にだって引き立ててやる。ま、宰相はすでにいるので、諦めてくれよな」

 そういってお父さまにささやきかけた。

 私はそのふたりのやりとりをオロオロしながら見守るしかできない。一方、マルク殿下はというと、こんな調子の陛下は見慣れているのか、やれやれ、といった様子で眺めていた。

「お父さま……」

 私はオロオロとしながらも、お父さまに声をかけようとした。すると、「いい」と私を制するように、お父さまが片手で私に片方の手の平を見せる。


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