5-1.令嬢、絵本を作る
「暇だわ~」
日当たりの良い場所に置かれたソファに座って、私はぐーっと両腕を伸ばしてストレッチする。
「暇なのよね」
二度目の愚痴になってしまうものの、それを再び口にする。
暇だ、暇すぎだ。
今までは、散々王太子妃教育だといって、一分刻みのようなスケジュールを押しつけられてきたものの、それが一切なくなって自由にしろといわれても、それはそれで苦痛なのである。
そんな残念な性分の私は、手持ち無沙汰に伸ばした手をグーパーしている。
「そんなにお暇でしたら、弟君と妹君と遊んでさしあげたらいかがですか?」
退屈そうにしている私に、側で部屋の掃除をしてくれていたマリアが提案してくれた。
「エルマーとアルマか……」
ふたりの顔を思い出す。
ほとんど接点なく生活してきた私と弟妹だ。一緒に遊ぶにしても、なにかしらきっかけになるようなものがあったら、すんなりと遊べるのではないだろうか。そう思いつく。
そういえば、お母さまに聞いたところ、彼らはまだ五歳で文字の読み書きの勉強をはじめたばかりらしい。そう考えると、遊びながら、その助けになるものがあったらいいんじゃないか。
「幼児教育っていったら、絵本よね……」
「えほん?」
私が呟くと、マリアが聞き慣れない言葉に反応する。
「そう、絵本。子供向けの本よ。やさしい文字で書かれた子供のための本があったら、エルマーたちの助けになるんじゃないかと思って」
思いついた私は、必要なものを紙に綴っていく。
なにせあの子たちは私とともにデラスランドに来ることを選んでくれたのだ。そんな可愛らしい弟妹の、デラスランド語学習のために、何か役に立つことをしたい。
──そういえば、中世や近世では本っていったら羊皮紙に手書きでかかれていたりして、一部の人が使える高価なものだったりするはずだけれど、この世界には普通に「紙」があるのよね。
ちょっと不思議に思いながらも、自分にとっては都合が良い。そう割り切って、疑問は放っておくことにした。
「マリア、これらのものを用意してくれないかしら?」
そこに記したのは、耐水性の付けペンに、水彩絵の具、筆、小さなバケツに、糸と針である。
「……? お嬢さまは絵師か縫い子になられるんですか?」
マリアが私のメモを受け取って首を傾げる。
「違うわよ。それが絵本を作るのに必要な材料なの」
「承知しました。急いで用意して参ります」
私の家に絵を嗜む人はいないから、絵の具や筆、ペンなんかはないだろうから、これから買い出しに行ってもらうことになっちゃうのかな。
仕事を増やして申し訳ないと思いながらも、絵本を手にしたエルマーとアルマが喜んでくれることを想像して楽しく待つのだった。
結局翌日にはマリアは私の欲しいものを全て用意してくれた。優秀な侍女である。
──お話は、向こうにあったお話をもとにすれば良いわよね。
エルマーには男の子向けに、川から流れてきた男の子が、成長して、鬼退治をする話とかかなあ。主人公を国を失った幼い王子さまとかにすればいいのかもしれない。
女の子のアルマには、虐げられた令嬢が、魔女の手助けでお城の舞踏会にいくけれど、靴を忘れて帰ってきてしまうお話、とか?
そんなものをいくつかピックアップした。
そして、最後に製本するときのことを考えて、ページ割りを考える。
「うん、よし。これで書き始められるわ」
話の総ページ数に合わせて、紙一枚で二ページになるようにページ割りを決めて、必要な絵や文字を綴る。
──これ、完全に前の世界で薄い本を書いていたときの知恵なんだけど……。
こちらへ来てまで役に立つとは、大助かりである。絵を描く能力も前世のものを総動員しよう。
絵や文字が全て乾ききったら、紙の中央を折って、そこを縫っていく。要は糸閉じのノートの要領である。
「お嬢さま、凄いです。最初はバラバラでなにを描いていらっしゃるのかと思っていましたけれど、一冊の本になってしまいました」
出来上がったものを最初からパラパラとめくって見せれば、マリアが目を丸くした。
「こういう、子供が好みそうな話を本にしておけば、エルマーとアルマも、積極的に字を読めるようになりたいと思うと思って」
まだ彼らはデラスランド語の家庭教師がついたばかり。文字の読み書きをはじめたばかりだ。きっとその助けになるだろう。
まずは、最初に思いついたふたつの話を絵本に仕上げて、遊んでいるエルマーとアルマのもとへ持っていった。
「「おねえたま!」」
階下のリビングで、お母さまが見守る中遊んでいたふたりが、ぱっと顔を上げて私を見る。私を呼ぶ声が舌っ足らずなのが愛らしい。
そんな愛らしい双子の姿に私は目を細めて、彼らのもとに近づいていく。
「ねえ、ふたりとも。お姉さまと一緒に遊ばない?」
そう声をかけると、ぱぁっと瞳を輝かせて笑顔になる。
「「うん、あしょぶ!」」
見守っていたお母さまには、目配せして確認した。特に問題はないみたい。
「じゃあねえ、お姉さまがエルマーとアルマのために書いた、とっておきのお話を読みましょう」
そういうと、エルマーとアルマが、互いに顔を合わせて顔を曇らせた。
「ボク、まだ、もじ、よめない……」
「あたちも……」
しゅんとしょげかえる双子たち。そんな双子たちの頭を順に撫でてから、私は双子たちに目線が合うようにしゃがんで語りかけた。
「大丈夫。エルマーとアルマにも優しい言葉で書いたから。それに、最初はお姉さまがちゃぁんと読んであげるわ。だから、心配しないでも大丈夫よ」
そういうと、しぼんだ花がまた開いたかのように、双子たちの表情がぱぁっと明るくなる。