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4-5.

 和気藹々と家族でおしゃべりに興じていると、馬車が揺れて、その歩みを止めた。

 すると、お父さまが窓から外を覗き込んで頷いた。

「ああ、我々の新居についたようだね。みんな気に入ってくれるといいんだけれど」

 そういいながら、馬車の外側で控えている使用人に頷いて見せた。扉を開けていいという意味だろう。

 その推測は正しかったようで、使用人が扉を開ける。そして、まず最初に弟のエルマーを抱いていたお父さまが、そのまま彼を抱きかかえながら馬車を降りた。続いて、私から妹のアルマを受け取ったお母さまが、そして最後に私が馬車を降りたのだった。

 ついてきてくれるという使用人の半分は、新居を整えておくために先に送り出していた。だからだろうか。同行してきた執事長のレオナルドが先回りして家の正面玄関をあけると、外装は年月を感じさせるものの、内装はピカピカの新居が姿を現わした。

 建物は、家族が生活する本宅と、使用人たちが寝起きする寮に別れているらしい。私たちが案内されたのは、もちろん本宅のほうだった。

「わぁ、ピカピカ~」

「まえのおうちより、おおきい?」

 双子のエルマーとアルマが真っ先に玄関から駆け込んでいった。

「わぁ! ピアノ~!」

 アルマが叫んで、お母さまの横を走リ抜けて、玄関ホールに置かれているグランドピアノめがけて走って行った。

「わたち、ピアノがひきたい~!」

「調律は済ませておりますよ」

 執事長のレオナルドがアルマににっこりと微笑みかける。

 初老の彼からすると、アルマは孫のように思えるのかもしれない。彼からはそんな優しさを感じた。

 そんな彼は、微笑みを絶やさぬままにアルマを抱き上げると、椅子に彼女を座らせ、ピアノの蓋を開けてやる。

「うわぁ~!」

 真っ黒な蓋から現れた、キラキラに磨かれた白と黒の鍵盤に、アルマが目を輝かせた。

 レオナルドは、アルマが鍵盤に触れるのを止めない。だから、そのままアルマが手を伸ばし、白い鍵盤をいくつか叩いてみた。

 けれど、彼女の小さな手には、ピアノの鍵盤は大きすぎるようで、さすがにオクターブには手が届かない。

「おかあたまのように、ひけない~」

 ぷう、と頬をふくらませてご機嫌斜めになってしまった。

 アルマは五歳。曲や子供用に編曲されたものを選べば、弾けなくもないと思うんだけれど……。たしか、前世の有名なピアニストがテレビインタビューで「子供の頃から母のピアノで練習していた」といっていたような気がした。

「あらあら。じゃあ、お母さまと一緒に弾く?」

 お母さまがアルマを宥めるように尋ねかけた。

 すると、それに対して、アルマはイヤイヤと首を横に振った。

「いやなのぉ。アルマはじぶんで、ひきたいのぉ!」

 駄々をこねる様子を見て、私は思案する。確か子供用のミニピアノもあったはず。子供の指に合わせた、おもちゃのピアノだ。

 アルマの様子じゃ、多分お母さまを真似て遊びたい感じ。そうだとしたら、ミニピアノを作ってあげたら喜ぶかもしれない。

 ──アルマにはミニピアノ? じゃあエルマーにはなににしよう?

 私は、思考の片隅に刻んでおくことにした。

 ホールの次は、家族みんなで食事をとるダイニング、リビングなどを次々と案内される。そして最後に、各自の部屋に案内されることになった。

 私の案内人は、当たり前のようにマリアが担当した。

「お嬢さま、こちらです」

 案内されたのは、二階の角部屋だ。

 ちょうど窓際にはクスノキが健やかにのびており、その明るい木漏れ日が部屋に差し込んでいた。

「わぁ、明るくて素敵な部屋!」

 部屋の内装は落ち着いた色調のブルーで統一されていた。私は本当はモスグリーンが一番の好みで、以前の部屋もそれで統一されていた。けれど、グリーンはかつての婚約者の瞳の色。だからだろうか、その色をあえて避けてくれたようだ。

「ありがとう、気を遣ってくれて」

 そう告げると、「なんのことでしょうか?」と口もとだけ微笑んでマリアが応じた。

「緑色の部屋には囲まれたくないもの」

 十歳から十八歳までの年月を婚約者として過ごしたあの人。そのうち十七歳になってサラサが現れるまでは、私たちの仲は婚約者同士として良好だったのだ。

 心も傷ついているし、結婚適齢期に婚約破棄されたことも痛手だった。

「長旅でお疲れでしょうから、お休みください」

 そういってマリアも部屋を後にした。

 ぽつんとひとり部屋に残される。

 靴を履いたまま、ぽふっとベッドに身を投げて、天井を見上げる。

 ──婚約破棄かあ。

 この年になってっていうのは特に痛手よね、とため息が出る。

 ──エルマーに婚約の話が上がる前には、私も嫁ぎ先を決めたいところよね。

 未婚の姉、つまり私が家にいると、相手のお嬢さんに気を遣わせてしまうわ。

 貴族の長男と次男を除いた子女は、男性ならば良い職業を得て独立する、女性ならば他家へ嫁ぐ。そうでなければ、部屋住みとなって実家にやっかいになるしかないのが現実だった。

 私がそうなった場合、エルマーのお相手に気を遣わせることになってしまう。それは避けたかった。

 ──特別、結婚願望が強いというわけではないんだけれど。

 前世の記憶を取り戻す前の幼い頃ならいざ知らず、記憶を取り戻し、大人になった今では、あちらの世界のような自立した人生も良いのではないかと思うのだ。

 ──起業でもしようかしら。

 お金があったら、女でも独り立ちできる?

 そんな思いつきが、ふと脳裏をよぎる。

 この世界にいると、まるで中世か近世のように不便なことがいっぱいだ。あちらの世界のものがあったらいいな、と思うことは多々あった。

 ないのであれば、それらを、こちらの世界で作ってしまえば良い。

 何かものを作って販売するとすると……どうしたらいいのかしら?

 ものを作って売る、ということに未来を見いだすものの、どこから手をつけていいか、私は悩むのだった。

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