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「随分と待ち遠しそうですな」
窓から外を眺めて立っているデラスランド公主アルベルトは、そう指摘されて口もとが緩んでいたのに気がついた。眺めている方角は、デラスランド公国からバウムガルデンへと続く街道がある方向だ。指摘されたアルベルトは、緩んだ口もとを隠そうと手で覆う。
そして指摘したのはこの国の将軍、ライナルト・ブランデンブルグだ。強面の顔の作りと、鍛え上げられたたくましく大きな身体、数々の武勲により、諸外国からは「デラスランドの鬼神」などといわれて恐れられているが、実は愛妻家で気さくな性格の持ち主だった。
「この国に、あのバーデン卿が移ってくるというのだ。期待しないわけがないだろう」
「それだけですか? バルタザールのお嬢さんは、容姿端麗かつ才女だという話ですよ?」
話がアンネリーゼのことに移ると、アルベルトは懐かしそうに目を細めた。
「ああ、あちらの女王が『バーデン家の青き宝石』と名付けたあの令嬢か。……よく手放したものだよな」
「なんでも、バルタザールの話では、女王不在のおりに、王太子が勝手に婚約破棄をしでかしたとか。国外追放付きだそうです」
「ふうん? まあ、こちらはそのおかげで優秀な人材と、その娘を手に入れることができて万々歳だ」
「ああ、バルタザールの優秀さは保証します。なにせ、バウムガルデンの女王が直接彼に、自分に仕えないかと引き抜きしたくらいですからね」
「それは期待大だな」
そう答えながらも、想いはアンネリーゼへと向かってゆく。
デラスランド公爵家がバウムガルデン王家に招かれたパーティーでのことだ。その頃のアルベルトは、バウムガルデン語での会話をまだかたことでしか使うことができず、ひとり退屈していたところに、やってきたのがアンネリーゼだ。
バウムガルデン語を上手く使うことができないのに、バウムガルデンの貴族の子供らしい少女が近づいてきて、アルベルトは当惑していた。
ところが、だ。
『遠路はるばる、バウムガルデンにお越しいただいてありがとうございます』
六歳も年下だというのに、流暢にデラスランド語を使いこなしてみせるではないか。アルベルトは唖然とした。しかも、挨拶のあともデラスランド語でこちらを飽きさせないように相手をしてくれた。よくよく話を聞いてみれば、なんでも、女王自らが相手をするようにと差し向けたのだという。
バウムガルデン人の大人ばかりのパーティーだったが、アルベルトは彼女のおかげで時間を持て余すこともなく、パーティーの時間を楽しめたのだ。
あのときの、美しい銀髪に、澄んだ青い瞳の少女は、どんな女性に成長しているだろう。会話は機知に富んでいて楽しいし、他国語も流暢に扱いこなす。まだ幼いながらも美しく愛らしかった彼女は、きっとさらに美しく聡明な女性に育っているに違いない。
アルベルトがそれを考えるのは、実は今が初めてではない。
早く再会したい。
──早く私の手の届くところにおいで。
そう願うアルベルトだった。