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4-3.

 ところが途中、アルマの背中の横から見えた景色に、ふと、見慣れぬ光景が目に入った。それは、ちょうど公国の領都に馬車が入ってしばらくしたときのことだ。

「人が、並んでいる? 並んでいる人たちは、随分と粗末な服を着ているのね……」

 粗末、などといっては失礼かもしれないが、破れた箇所を繕うでもなく、薄汚れた服を身に纏った人々ばかりが列をなしていたのだ。

「ああ、あれはね……」

 お父さまが私の問いに答えてくれた。

「あの人々が並んでいる先に、教会があるんだ。そこで、毎日貧しい人々に配給をしているんだ。だから多分、その列だろうね」

 領都に入ってすぐは、領都の貧困区にあたるらしい。そして、城に近くなるにつれて裕福な人々が家を持つ。どこの国でも、街というものはそういう構成になっているらしい。

「何かしてあげられることはないかしら……」

 私は、自分が身につけているものの中で、一番高価なもの──十八歳の成人を迎える日のお誕生日に両親からいただいた髪飾りに手で触れた。

「それでいつまで、何人を救えるか、よく考えなさい。いっときの救済ほど、残酷なものはないよ」

 私は、お父さまに珍しくきつく咎められた。

「あの教会の人々のように、継続して彼らに手を差し伸べてやらないと意味がないんだ」

 私はそう諭されて、両手を膝に載せているエルマーを抱きしめるように、髪飾りに触れていた手をもとの位置に戻した。

「……今の私に出来ることはないんですね」

「それは、今後の君次第だ」

 その言葉に私が顔を上げると、お父さまが私を見て微笑んでいた。

「この光景をなんとかしたいというのなら、まずは、この光景を脳裏に焼き付けておくことだ。そして、何者かになれたとき、真の意味での救済を施せばいい」

「女の身で、できるでしょうか」

「女だからなどと、自ら枷を嵌めることはない。君のその優秀な頭脳を以て、これから考えればいいよ」

「……そう、ですね」

 そんな会話を交わしたあとに続く沈黙。そんな私たちの雰囲気を壊すように、明るい幼い声が車内に響く。

「ねえねえ、おねえたま! おしろが、ちかくなってきたわよ!」

 アルマが瞳を輝かせながら、指さすその先を見てみれば、建物の合間から白亜の城がほど近くに見えるのだった。

「随分と領都の中央に近い、良い立地に住まうんですね……?」

 この馬車は、私たちの新居に向かっている。とすれば、王宮に近い、高位貴族が住まう場所に、新しい住居があるということなのだろう。そう推測できた。

「先方の話ではね、良い物件がそういう場所にしかなかったというんだよ。まあ、私も文官として雇ってもらえることに決まっているし、城に近いところから通うほうが楽で助かるよ。ああそうだ。ここでは男爵位を賜ることになっているから、そのつもりでね」

 お父さまは先ほどとは打って変わって、穏やかな表情と口調で答える。

「確か、将軍閣下のお宅と近いんでしたっけ? 手紙のやりとりばかりだった奥様とお会いできるのは楽しみだわぁ。お茶会がしたいわねえ」

 お母さまが楽しそうにお父さまに問いかける。「お友達と、お茶会がしたいわぁ」などと、のんきそうに語る様子とは裏腹に、お母さまは人付き合いに関してはしたたかだ。

 公爵家の公女という身分に生まれた彼女は生粋の貴族女性だ。もてなす客を飽きさせない話術もたくみである。さらに、その立場の所作を自然と身につけていた。そんな彼女の女友達繋がりの人脈が、お父さまの仕事を助けることも多かった。

 きっと新しい地に住まうことになっても、そのうちお母さまはその力をお父さまのために発揮するのだろう。

「将軍……大学のときの友人で、ライナルト・ブラデンブルグというんだけれど、彼は子供に恵まれていなくてね。奥方のテレジア殿が、エミーリアだけでなく、うちの子供たちともぜひ会いたいと望んでいらしたよ」

「まあ、じゃあお茶にお誘いするなら、子供たちにも同席してもらった方が良いわね」

 楽しそうにするお母さまを横目にしながら、私は不思議に思った。お父さまと大学で同期だったのなら、年も近いに違いない。その年で跡継ぎに恵まれていないのなら、次の奥様を迎えるとかするのが普通だ。でも、お父さまの話にそんな人物は出てこなかった。

「お父さま。ブラデンブルク卿は、お子様に恵まれていないのに、次の奥さまをお迎えしないのですか?」

 他家の事情に首を突っ込むのは野暮というものかもしれないとは思ったけれど、そのときは興味の方が先に立ったのだ。

「ライナルトは愛妻家でね。家同士の決め事で一緒になったとはいえ、今では奥方殿に首ったけなんだ。だから、子供がいないからといって次の妻を迎えるつもりはないというんだよ。いざとなったら親戚の男子を養子にして跡目を継がせればいいといっていたな」

「奥様想いの方なんですね」

「ああ、そうなんだ」

 私は、その話だけでも、ライナルト卿に好感を持った。

「まあ素敵! その辺りのお話も是非お聞きしたいわぁ。やっぱり美味しいお茶とお菓子に、恋愛話は必須よねえ」

 お母さまもおふたりの人柄に、さらに興味を持ったらしい。どこの産地の茶葉を用意させようか、添えるお菓子はどうしようかなどとひとりで色々夢想しだした。

「ボクたちも、おかしをたべたいよう~」

「わたしもぉ」

「じゃあ、あちらの言葉、デラスランド語のご挨拶から練習しましょうね」

「「はぁい!」」

 アンネリーゼ含む大人たち三人はデラスランド語に問題はない。

 というわけで、長い道中、馬車の中は幼児向けのデラスランド語教室が繰り広げられたのだった。


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