4-2.
そうしてあるとき、私も含めて王家主催のパーティーへの招待状を賜った。そのため、そのパーティーに私は両親とともに連れて行かれた。八歳になるかならないかという頃だ。
そんな私は、宰相の娘ということもあってか、女王陛下に直々にご挨拶をする栄誉を賜った。それが女王陛下と初めての対面だった。
私は女性の挨拶の作法であるカーテシーをし、丁寧に女王陛下に向かって挨拶をした。
「バルタザール・バーデンの長女、アンネリーゼと申します」
「ほう。宰相の娘が賢いという噂が耳に入ってきていたが、こうも優雅にカーテシーをしてみせるとは」
女王陛下は満足げに扇子で隠した裏で笑っていた。だが、礼儀作法のことだけを確かめたくて、私を含めて呼んだわけではなかった。
「のう、アンネリーゼ」
「はい、陛下」
『今日のパーティーの意味を知っているか?』
『はい。デラスランド公国の公主ご一家がいらしているので、その親睦のためのものと
聞いております』
女王陛下からの問いかけがデラスランド語だったので、私も同じくその言葉で返した。
「これは素晴らしいぞ、バルタザール! そなたの娘はこの年でデラスランド語を大人並みに使いこなしている!」
「な、なんと……」
お父さまは、私が聡いことは把握していたが、他国語を流ちょうに話せることは初耳だったようでうろたえていた。
私はお父さまの部屋から一冊ずつ本を抜き取っては、歴史や語学に関する本をむさぼっていた。さらに、自国を含めた近隣諸国の家名と家紋。そんなものまで暗記していたのだ。
そして、ひとりでは学ぶことが難しい発音の部分は、お父さまがつけてくれた家庭教師に学んでいた。家庭教師は学習熱心な生徒に熱心に教育を施してくれた。
だからだろうか、女王陛下からの問いかけに、難なく答えることができた。
女王陛下は満足げに褒めちぎってくださった。家庭教師とて貴族。貴族間で噂が密かに伝わり、やがては女王の耳にも届いていたのだろう。
だからだろうか。
「ちょうどいい。うちの息子どもではデラスランド語を話せるものなどいなくてな。デラスランド公国の公子が手持ち無沙汰に退屈そうにしておられて困っていたんだよ。なあ、アンネリーゼ、我が国の宝『バーデンの青い宝石』よ。公子の話し相手になってやってもらえないかな?」
「……ええと……」
そのときの私は、どうしたものかと思って、お父さまを見上げた。女王陛下の命令は絶対だ。けれど、他国の公子のお相手を務めるなんて大役、簡単に受けてもよいものなのだろうか。もし万が一私が失礼なことをすれば、国際問題になりかねないと思ったのだ。
「のう、我がために働いてはくれないか?」
女王陛下がさらに押してきた。
すると、お父さまは「そうするように」というように頷いて見せた。お父さまは苦々しい顔をしていた。多分、女王陛下の命令ということもあって、リスクを承知で受けざるを得ないと判断したのだろう。
そうして、私は八歳の身でありながら、公子殿下の話し相手をすることになったのだ。
公子殿下は私よりも年上で、機知に富んだ少年だった。お相手する私自身、そのうち公子殿下と一緒にパーティーを楽しんでしまったほど。
『そうだ! この城の庭園の中央に、真っ赤なバラの園があるのです。「赤の女王」の名にちなんで。そこを見に行くのはどうでしょうか?』
『いいね。それは素晴らしい。さあ、行こう』
懐かしい思い出が溢れてくる。
のちに風の噂で聞いた話によると、公子殿下はお父さまを早くに亡くされて、若くして公主になられているのだという。
ふっとそんなことを思い出していると、馬車の窓から、大きな湖の真ん中にある島と、その島の中央にそびえ立つ立派なお城が見えてきた。
あれが、あのときの少年が治めるデラスランド公国だ。
「わあ、綺麗!」
日の光を受けて、キラキラと輝く湖と、その光に照らされる白亜の城。その光景に私は感嘆の声を漏らした。デラスランド公国の領土は、湖に浮かぶその土地のみと聞いているから、小国といってもいいだろう。
「おねえたま、なぁに~」
「きれいって、なにがぁ~?」
眠りこけていた双子たちが、目を擦りながらむくりと起き出す。
私は車窓からの景色が見やすいように、エルマーを膝の上に座らせる。そして、アルマはお父さまが膝上に載せた。
うっ。肌はすべすべ、ぷにぷにと柔らかい。
天使ってこういう子たちをいうのかしら。かわいーい!
こんな可愛い子たちを間近で見られなかったなんて、今までの妃教育で奪われていた日々を恨めしく思う。
そんな私の思いを知らない双子たちは、ようやく背の高さが合った車窓の枠にしがみついて、外の景色を凝視する。
「わあぁ! おみずが、キラキラしてるねえ~。まるで、ほうせき、みたい」
妹のアルマが、瞳を輝かせる。
「わぁ、おしろには、たかいとうがあるよ。りっぱな、おしろだねえ!」
弟のエルマーは、白亜の城の外観に夢中な様子。
外見はそっくりな双子とはいっても、さすがに性別が違うせいか、惹かれるものは違うみたいだ。
そんなふたりを、お母さまが微笑ましそうに見守っていた。
そうして、美しい車窓の景色は、目的地に到着するまで幼い双子たちのものとなった。私は、彼らの背の隙間から見えるわずかな景色を楽しんだ。