乙女ゲームのヒロインに転生したけど、ぶっちゃけ生活がきついので逆ハールートは諦めます!!
これは、不遇な少女が困難に立ち向かう物語ー
『ナーシング・シンデレラ』プロローグより
それは、ある日突然やってきた。
私の名前は、セーラ。セーラ・クライシス。
クライシス子爵家の長女として、厳しく育てられた1人娘。子爵家の令嬢として恥じないように、人一倍努力もしてきた。
しかし、そんな生活も母の死をきっかけに即座に崩れてしまった。
2年前。私が12歳の時だった。
私の元に、父が連れてきたのは、母存命時代からの不倫相手と、その娘・ミリアーナ。
はじめは、悲しみを抑えて仲良くしようとした。けれど、そんなものはうまくいくわけがなかった。
継母は、外国の血が流れている私を侮辱した。義妹は、そんな私を馬鹿にした。父は私に無関心だった。
いつの間にか3人に、私はこれまでの居場所を追いやられてしまう。部屋も着るものも食べ物も充分に与えられなくなっていった。そして、父は私に「生活してもらえるだけ有難いと思え」と言い‥‥
いつの間にかこの屋敷で、私はメイドとして働くようになっていた。
私は義母と義妹にこき使われていくようになる。しかし、仕方がないんだ。家に置いてもらっているだけ有難い。だって、私より出来がよくて、かわいい義妹が出来たから。そう思っていたのだ。
「義姉さまって、本当にバカよね」
そんな風に言われても、仕方がない。
「汚らしい子。あなたには掃除係がお似合いだわ」
そんなこと、ない。けど、口答えは許されない。
だから、言われた通りメイドの真似事をした。
そして、運命の瞬間はやって来たのだ。その日も、メイドとしての仕事をこなす為に、広い子爵家の屋敷を動き回っていた。
お昼過ぎのことだった。私は、階段の掃除をしていたのだが、運悪く、義妹とすれ違ってしまったのだ。慌てて頭を下げるものの、虫の居所が悪かったらしい彼女に、ぶたれてしまった。
問題はそこからだった。その拍子に、私は高い階段の1番上から落っこちてしまったのだ。
頭から。真っ逆さまに。
そのまま気を失ってしまった。否、私は記憶の狭間にいた。その時に、私の中に多くの映像が流れ込んできた。
私の名前を呼ぶ母。憂鬱な学校。仲の良かったオタ友。苦手だった理科。大好きな乙女ゲーム‥‥‥‥
その記憶は、断片的なものだったが、私のものであることは、感覚的にわかった。
そして、最後に見たのは、信号無視で迫りくるトラックの映像だった。避けたくても、出来ないくらい早いスピードだった。
ああ、そっか。
私、一回死んでたんだな。
そう分かったと同時に、私の意識は現実に戻されていった。
「ーーー。ーーーーー!」
誰かの声が聞こえる。お母さんの声かな。いや、違う。私はセーラだ。そしてセーラのお母様は死んだはずだ。
「おーーーま!おじょうーーー!」
おじょうさま?私、そんな風に呼ばれていたっけ?あれ。おかしいな。前世はもちろん、今世でもここ最近ずっとそんな風に呼ばれてない‥‥
「お嬢様!!!!」
その声に、ぼんやりとしていた意識が一気に覚醒した。目の前には私を心配そうに覗き込む若いメイドの姿が。
「マイ‥‥?」
「そうですよ!もう、本当に心配したんですよ!」
そう言って怒るのは、マイという名前のメイドだ。義母に家を乗っ取られて数年経つけど、唯一私を「お嬢様」として扱ってくれるメイドだった。本気で心配してくれる彼女にジーンきつつ、答える。
「ごめん、ごめん。だいじょーぶ」
ヘラリと笑う私に対して、マイは固まっている。そして、ブルブルと青ざめはじめた。
「お嬢様‥‥?大丈夫ですか。やはり、まだどこか悪いんじゃ‥‥」
しまった、と思った。思わず、前世の言葉が出てしまった。今世ではあんな風なお気楽な言葉使ったことなどない。
なにせ、前世を思い出したばかりだ。こんなこともあるだろうが、マイには不審に映るだろう。
しかし、私だって伊達に14年間子爵令嬢やってる訳じゃない。家庭教師に特訓された、最上級の笑みを浮かべる。
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
「お嬢様‥‥」
マイはやっとホッとした表情を見せた。私の笑顔は完璧だったみたいだ。やっぱりセーラ・クライシスとして生きてきただけあるよね。
「‥‥‥‥ん?」
自分で自分に納得&感心をしていると、どこか違和感を覚えた。違和感というか、既視感というか‥‥
私は、「セーラ・クライシス」の名を前世で聞いた気がするのだ。
そんな訳はないはずだ。ここは、中世ヨーロッパ風の場所。更に言うと、魔法が使えるので、完全なる異世界だ。聞いたことあるはずがないんだけど‥‥
先程の記憶が私の頭をよぎる。
私の名前を呼ぶ母。憂鬱な学校。仲の良かったオタ友。苦手だった数学。大好きな乙女ゲーム‥‥‥‥
乙女ゲーム。乙女ゲームーーーー‥‥
「ああっ?!」
「お、お嬢様???」
マイが心配そうにこちらを見つめるが、私はそれどころではない。
セーラ・クライシスの名前、通りで聞いたことがあるはずだ。だってそれは、私が前世プレイしていた乙女ゲーム・「ナーシング・シンデレラ」のヒロインの名前なんだもの。
中世ヨーロッパ風の世界観。魔法世界。子爵家。不遇な境遇。
全てが「ナーシング・シンデレラ」のヒロインと一致している。
「お嬢様ー?大丈夫ですか??」
やばい。私ったら、乙女ゲームのヒロインになっちゃったんだ。
「お嬢様?お嬢様?」
悪役令嬢みたいに断罪イベントに怯える必要もないし。
「本当にどうしちゃったんですか‥‥っ」
これなら、逆ハーレムルートまっしぐらじゃない!!
「お嬢様!!!」
「セーラさん!!!」
その瞬間、私の寝室もとい物置部屋のドアが荒々しく引き開けられた。それと同時に目に入るのは若干涙目のマイと、目を吊り上げた義母の姿だった。
えーと、この状況は‥‥
戸惑う私をよそに、義母は持っていたセンスを広げて、不躾にも私に迫ってくる。
「セーラさん。あなた、ミリアーナを蹴ったそうじゃない」
「はい‥‥?」
「しらばっくれるのね。ミリアーナは寝込んでしまったのよ。可哀想だと思わないのかしら?」
全く思いませんね。そもそも、私を蹴って階段から突き飛ばしたのは、ミリアーナの方。それは気を失ってしまった私の姿を見ても、分かるはずだ。
この人、アタマダイジョウブカナ‥‥‥
まあ、この扱いも乙女ゲームのシナリオへの布石だと思えば、なんてこともない。なので、何も言わずにニコニコ笑う。
しかし、私の態度が気に入らなかったのだろう。
「目上の者への態度がなっていないわね。はしたない。やはりあなたは汚らしい子。さっさと、掃除でもしてきなさい」
あらあら、ひどい言われよう。でも、ヒロインだから!仕方ないよね!
「奥様!」
私は気にしてないのだが、耐え兼ねたマイが声を上げる。
「僭越ながら、申し上げます。セーラ様は先ほどまで気を失っておりました。しばらくは安静が必要です」
しかし、義母はギロリと睨むだけで、マイには口を聞こうともしない。所詮メイドは使い捨てのコマにしかならないとしか、思っていない節があるのだ。
このままでは、マイが解雇されてしまう。だったら‥‥
「メイド風情を味方につけるなんて、なってないわね。いいですか、セーラさん。休むことは許しません」
私は、スッと笑みを消して、真っ直ぐに義母を見つめる。そして、私は言い放つ。
「‥‥はしたないのはお義母様の方ですわ」
「は‥‥」
隣でマイが息を飲んだのが分かった。
「まず、扉を開ける時。淑女は、いかなる時も、ノックをしなくてはなりません。それを荒々しく開けるなど、言語両断」
義母の真似をして扇子を閉じる仕草をする。実際に扇子を持っているわけではないので、あくまで振りだが。
「次に、ミリアーナ様を私が蹴ったことについて。私はやっておりません」
「嘘を‥‥」
「嘘でしょうか?私は、気を失っておりました。しかし、ミリアーナ様はどうでしたか?」
「泣いていたのよ‥‥っ」
「嘘泣きくらい私にもできます。一方、気を失う演技は、骨が折れそうですわ」
「‥‥‥」
お義母さまは、わななく。それに構わず、私は畳みかけた。
「そんなことも分からないなんて、全く」
家庭教師に習った最上級の笑みを、再び浮かべる。
「なってませんわよ、お義母さま」
⭐︎⭐︎⭐︎
「結局、雑用に駆り出されるなんて‥‥はあ」
市場を私は練り歩いていた。赤いレンガの建物に、組み込まれた屋台。そして、時々見かける魔法を使う人々。
本当に異世界なんだなあ、と自覚する。
あの後、怒りと恥辱で顔を真っ赤にして震えていた義母は、ヒステリックに喚き散らした。私はこれまで義母に逆らったことなどなかった。だから、それだけに衝撃的だったのだろう。
そんな義母を見兼ねて、古参の侍女が私を屋敷から追い出した。‥‥食材の買い出しという名目で。買い出しなんて、最下級のメイドがやることだ。これで、義母の溜飲を多少なりとも下げるつもりなのだろう。
全く。
こんな扱いを受けて、「置いてもらってるだけ有難い」って考えてた私、どれだけいい子ちゃんなの。前世を思い出した今となっては、有り得ない。
しかし、「前世」というのを思い出して、私の顔は、思わずニヤけてしまった。
ここが乙女ゲームの世界だと思い出したのだ。
ナーシング・シンデレラ。それは、不遇の少女・セーラが王宮医術師団の団長に、魔法の才を見出され、医術の魔法を使って、王宮で働く乙女ゲーム。
確か、人気が出て、FDや続編もあったはずだ。そんなゲームのヒロインに生まれ変われるなんて、最っ高!!
不遇な今の境遇も報われるわっ!
「あれ、セーラ?」
不意に、名前を呼ばれた気がして、キョロキョロとする。
「こっちだって。相変わらず天然だな」
手を私の頭にポンと置いて笑うのは、短く切られた銀色の髪をした15歳くらいの少年。
彼は、幼なじみのカケルだった。カケルは昔から懇意にしている子爵令息。小さい頃から何度も顔を合わせているので、幼なじみのような関係だ。
「カケル!久しぶりだね!」
「‥‥‥?」
「あ」
まずいまずい。前世の口調が出てしまった。カケルは訝しげにこちらを見てるし。
「カケル。久しぶりね」
「言い直したよな、今」
す、鋭いなー。
「そんなことないよ?」
「そうか?」
「‥‥‥うん!」
笑顔を浮かべてなんとか誤魔化す。カケルはイマイチ納得してないようだが、その場は流してくれた。
「カケルは?元気だった?」
「ああ。お陰様で。そういえば父上が久しぶりにセーラに会いたがってたぞ」
「本当?私もお会いしたいな」
「‥‥‥俺も、ずっと会いたかったし」
私が微笑むと、カケルは何かをポソリと呟いた。が、よく聞こえなかった。
「え?なに?」
「いや。それよりさ‥‥」
私とカケルは他愛もない話を続ける。
カケルは気さくな性格をしているので、話しやすく、会話も弾む。銀色の髪と深い海のような瞳はとても綺麗で、正直言って、とてもカッコいい。何を言いたいのかというと、彼は昔からものすごく女の子にモテるということだ。
(乙女ゲーの攻略対象みたいだなあ‥‥)
その考えに至って、「ん?」と引っかかりを覚える。
攻略対象、攻略対象、コウリャクタイショウ‥‥‥‥‥‥‥‥って。カケルっていう名前の幼なじみいた気がするんですけど!!!
「セーラ?」
急に黙り込んだ私を心配するカケルの声が聞こえてくるが、それどころではない。
そうだ。カケルは幼なじみ純情一途キャラだったはずだ。
設定は確かこうだった。
セーラとカケルは幼なじみ。カケルは密かに、セーラのことを好きで、不遇な目に遭う彼女を立派になって救うのが目標だった。
しかし、ある日突然、セーラは義母の手によって奴隷市に売られてしまい、2人は生き別れに。
セーラが売られてしまったのは自分のせいだと責めるカケル。彼は、涙を流すものの、いつか一人前の騎士となって彼女を迎えに行くと決意する。
そして、時は流れ。2年後。
奴隷として過ごしてきたセーラは、王宮医術団長ににスカウトされ、王宮へ勤めるようになる。一方カケルも王宮騎士団員として王宮にいた。2人は再会を果たし、そこからゲームはスタートするのだ。
このシナリオに私は思わず顔をだらしなくニヤケさせてしまう。
2人の再会するシーン素敵だったなあとか。2人の幼少期エピソードは泣けたよなあとか。
ただ、カケルは元々ヒロインに対する好感度が高く、攻略難易度もそんなに高くなかった。更に、私自身もカケルが最推しという訳ではなかったので、すぐ気づくことが出来なかった。
ごめん、カケル。
「おーい。セーラ?」
ああ。本当に。ずっと幼なじみのことを想い続けるなんて、なんて健気な奴なんだ。
「本当に、今日どうしたんだ?」
でも、もう中身は私なんだよなー。カケルってセーラのか弱くて目が離せないところを好きになっていたはずだ。
でも別に、私か弱くないしな。ごめん、カケル。
「熱でもあるのか?」
「え?!」
急に、カケルの手が伸びてきて驚いた。びっくりして、少し後ろに下がってしまう。すると、カケルは慌てて手を引っ込め、顔を赤くした。
「ああ、ごめん。いきなり触れようとするなんて非常識すぎた」
(じ、純情系つよーーーーー!!!!!)
私を他所に、カケルは顔を赤くしながらも、しょんぼりする。破壊力がすごい。
‥‥‥‥本当に、セーラのことが好きなんだなあ。
しみじみと、そう思う。だけど、他人事のようにしか感じない。だって、カケルが好きだったセーラは、もういなくなっちゃったから。
継母に虐げられて、奴隷市に売られてしまう、か弱いセーラは‥‥‥
(ん?なんか引っかかる)
そこで、気がついた。
セーラがこれから奴隷市に売られるという事実に。
そして、奴隷市に売られるのは、私自身であるということに。
‥‥‥‥‥‥‥うそでしょ?
今の生活は全然耐えられる。継母や義妹に嫌がらせをさせられるだけだ。あとは掃除やら雑用やらやっておけば、取り敢えず衣食住は確保される。変に貴族の勉強をさせられるよりは気が楽だと思っていた。
だけど、奴隷になってしまえば‥‥‥
そう考え、ブルリと身を震わせる。人扱いなんてされない。衣食住も危うい。殴られるなんて当たり前の世界だ。
14歳の時に売られるため、16歳の時に王宮医術団にスカウトされるまでの2年間は、過酷な生活に耐えなければならないのだ。
しかも、今、私は14歳。今すぐ、明日にでも売られてしまってもおかしくないのだ。
まずいまずいまずい。
さっきお継母様に逆らっちゃったし。奴隷になるルートまっしぐらじゃん!
先程と打って変わって、私は顔を青くする。
「セーラ?本当に今日様子おかしいぞ?大丈夫か?」
ていうか!こういう時って、普通悪役令嬢に転生するじゃん!
悪役令嬢だったら身分は高いし、奴隷になるなんて辛い思いしなかったじゃん!
「セーラ?本当にどうしたんだ??」
でもでもでも!逆ハールート捨て難くない??だってせっかくヒロインになれたんだよ?楽しい人生送りたくない??
「セーラ、何か、あったのか‥‥」
ああ!でも絶対、奴隷とか耐えられない‥‥2年も‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「決めた」
私は決意に満ち溢れた表情で、呟く。一方、カケルはずっと混乱顔をしている。
「逆ハールートは諦める!!そうと決まれば、屋敷を脱走しなきゃ!!」
「は?え?脱走??」
全くもって意味が分からいカケルは目を点にしている。が、そんな彼を気にしている余裕など私にはない。
「早く計画立てなくちゃ!それじゃあ、カケルまたねー!!!」
「え?え?」
そのまま、子爵令嬢の面影を全て捨てた私は、スカートを捲り上げながら、全力で走り去っていった。
そして‥‥
「本当に、どうしちゃったんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
‥‥‥‥‥好きな女の子を失った男の悲痛な叫び声が、辺りに響くが、全力疾走をしていたセーラには、もう届くことはなかった。
さて。もう1度繰り返そう。
これは、不遇な少女が困難に立ち向かう‥‥‥為に、物語を滅茶苦茶にする物語、である‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥