分かってない
青原支部付近街路樹、昇太郎は緊張した様子で、美月はやや不機嫌な面持ちで街路樹の歩道を歩いていた。
いつもよりも刺々しい態度の美月に気持ち的に一歩引かざるを得ない昇太郎は一言も話せずに歯噛みしていた。
そんな昇太郎を見兼ねてか美月は徐に口を開いた。
「支部長からの仕事、大変だったそうね。」
「あっ…そ、そうですね。
今までで一番キツかったです。」
「他の皆や鶴田さんからの話によれば、いつも眠いのを我慢してエナジードリンク沢山飲んで無理矢理脳を活性化させて働いていたとか、休憩時間も返上して皆お昼ご飯を食べてるのを羨ましがるどころか熊でも射殺すような眼力でずっとパソコンと睨めっこしていたって聞いたわ。
一番驚いたのが仕事道具を家に持ち帰ろうとしていた場面を目撃していたって事ね。
そうまでしないと終わらないの?」
「すみません、お恥ずかしながらそうなんですよ。
俺の要領の悪さも影響しているかもしれませんが、そうまでしないと終わらなかったんですよ。」
「ふーん、そっ。
それで、その仕事はもう終わったの?」
興味なさげな様子で相槌を打った後、ついでと言わんばかりに仕事の進捗を尋ねる美月。
「はい、おかげさまで…。
明日からは普段のルーチンワークに戻ります。」
対して、昇太郎は彼女の刺々しい雰囲気に気圧されて苦笑いで言葉を返す。
「昇太郎、あなたさっき『そうまでしないと終わらなかったんですよ』って言ってたわね。」
「えっ…?
ええ、言いましたけど、それが何かあったんですか?」
「支部長の仕事がいつの段階で終わるのかも分からない中、エナジードリンクを何本も飲んで、休憩もしないで、プライベートの時間も削るような荒い仕事を何日もしたらいつか倒れるわよ…。」
「何だ、そんな事ですか。
それなら大丈夫ですよ。
俺は身体が丈夫なんで心配いらないです。」
昇太郎が元気そうに身体が丈夫な事をアピールする中、美月は感情を殺したようなトーンが低い声で言葉を返す。
「へぇ、私には大丈夫そうには見えなかったけど…。
その前にさっき言った危険性は分かってたの?」
「勿論、分か…」
「分かってない!」
美月は突然先程までの感情を殺したような声とは打って変わり、怒号を発した。
それを見るや、先程まで元気で快活な雰囲気を発していた昇太郎も途端に黙り込む。
「あなたは自分の事なんて顧みないで今まで支部長の仕事をしてた!
だって、毎日私はあなたの事を心配してこっそり見てたから分かるの!
来る日も来る日もあなたはずっと椅子に座って書類を整理してたり、パソコンの画面を見ながらキーボードを叩いていた!
その姿はまるで仕事にしか興味を示さないプログラムされているロボットみたいだったわ!
その証拠にあなたは自分の身体の調子の事とか仕事を早く出来るコツとかを誰にも相談してなかったじゃない!」
「それはその…他の隊員の方に迷惑はかけられなかったので…」
「じゃあ鶴田さんは!?
鶴田さんはいつもあなたの側にいたから声なんていくらでもかけられるでしょ!?」
「鶴田先輩は鶴田先輩で忙しいのにその上、支部長からの指示で俺の監視役もしてたのでここから俺が相談するとなると更に仕事が進まなくなるんじゃないかと思って…」
「だったら私がいるじゃない!
何で最後に私に相談してくれないのよ!?」
「美月さんに仕事でもないのにプライベートの相談を自分からしにいくなんて周囲の視線が刺さりまくりだと思って…」
「そんな事ならメールとかLINEでメッセージを送ればいいだけでしょ!
これなら皆にバレないで秘密裏に相談できるじゃない!」
すると昇太郎は虚を突かれたような顔をして数秒後に口を開いた。
「すみません、そこまでは考えてなかったです。」
「考えてなかったって…。」
(違う、私はこんな事を言いたいんじゃない。
あの支部長が昇太郎の身体の状態を何も鑑みずにあの激務をさせて、1週間で終わらせてたのも意図せずにやった事じゃない。
きっと支部長は何か考えがあってあの激務をやらせて、終わらせたのも色々あの人の中で分かった事があって、尚且つ体調を気遣っての為。
分かってる…けど…心の中が凄くモヤモヤして居心地が悪い。)
美月は諸々の事情を理解しながらも身体の奥から自然と湧き上がる鬱屈とした気分がごちゃごちゃに混ざり、複雑な心境に陥っていた。




