尾上復帰
青原支部受付脇にある待合室、同時刻に美月が昇太郎の頬に口付けをしていた時、待合室の廊下にある影から2人を覗き込む人物がいた。
その人物は廊下の死角から彼らを覗き込みつつ、徐にポケットからスマホを取り出す。
今正に美月が昇太郎に向けて顔を近付けようとしている時、その人物はスマホをロック画面からホーム画面に移動しカメラアプリを起動する。
そして、ある程度撮影画面を拡大すると彼らに向けてスマホを構える。
美月が昇太郎に口付けをした瞬間を狙って撮影カーソルをタップする。
フォルダに移動された写真を見る為、撮影カーソルの隣にある写真カーソルをタップすると先程撮影された写真が出てくる。
その写真を見るなり、その人物は不気味な笑みを浮かべた。
「フッ…良いネタが取れたぞ…。
これを材料に少し脅してみるか。」
満足のいく写真が撮れた、その人物はご機嫌な様子でその場を後にした---
青原支部事務室、この日の朝礼はとある意外な人物を交えてのものだった。
「やあ、皆さん。
おはようございます。
私が誰だか分かりますか?」
そう言いながらその人物は朝礼で並んでいる全ての隊員達を右から順にぐるっと見回す。
見られていた隊員達は特に間の抜けたような顔はせず、皆涼しい顔をしながらその人物を見つめていた。
「まぁ、そうだよね。
以前私がここに視察に来た時から人事異動や隊員の入退社も何もないから全員私の事は分かるか。
あっ、でも獅子谷君は新しく入社してきた隊員か。
昨日初顔合わせはしたけど、一応改めてこの朝礼の場を借りてちゃんとした自己紹介をしようか。」
そう言うとその人物はズレてもないのにネクタイを締め直して位置調整をしつつ、咳払いを一つする。
「ごほん。
えー、私はこの青原支部支部長を勤めてる尾上です。」
そう、その人物とは青原支部支部長の尾上だった。
「そうだねえ…特に紹介する事もないからこれで終わりにしようか。
そんな事よりまず言いたい事があるんだよ。
私、今日からちょくちょくここで妖魔討伐の協力出来るようになったから、これから宜しくね。」
その一言を言った瞬間、僅かだが隊員達の表情が曇り始める。
「というのも、元々は私ここで現場監督の予定だったんだけど昨日までは涅石支部の支部長がいなくて、そこの代理で今まで現場を回してたんだ。
でも、やっと昨日新しい支部長が入ってきてくれてようやく肩の荷が下ろされたのよね。
まぁ、毎日ここにいるかって言われたらそうでもなくて、変わらず涅石支部に応援に行かなきゃいけないのよ。
引き継ぎは済ませたとはいえ、まだ入ったばかりの新人だから教えながらじゃないと仕事は回らないさ。
まぁ、でも体感半分くらいはここにいる感じだよ。」
その話をし終わると、途端に隊員達が仲間内でひそひそ話をし始める。
「おいおい、大丈夫かよ?
あの尾上支部長が来るんだぜ?
俺らは特に気にしてないけど、竜胆隊長は駄目だったはずだよな?」
「ああ、支部長とはかなり長い付き合いだったみたいだけど、それと比例するように仲も険悪だったはず。
まぁ、隊長が支部長の事を嫌いで逆に支部長は隊長の事を気にかけてるような感じだな。
長い付き合いな分、支部長が隊長を心配になるくらい気にかけてすぎてて、その事を隊長が鬱陶しく思ってるんじゃないのか?」
「今日、隊長非番で良かったな。」
「『良かったな』って…お前、いずれ嫌でも分かる事になるから良くはないだろう。」
皆、口々に美月と尾上の関係性を噂したり、美月の事を心配する声を上げる中、この朝礼に勿論参加している昇太郎は呆けた表情で途中からの尾上の言葉を聞いていなかった。
「………。」
「…に君…。
…谷君…。
獅子谷君!」
「あっ…!
はっ…はは、はい!」
何度目かの呼びかけで我に返り、姿勢を正して返事を返す。
その様子を尾上は目を細くした射抜くような視線で見つめていた。
「上司からの呼びかけには即座に返事するように。
3回くらい呼びかけても返事がなかったよ。
両耳に耳栓かドデカい耳糞でも貯まっているのかね?」
「す、すみません!」
「まぁ、今度から気を付けるように。
それはいいとして、獅子谷君、後で支部長室へ来てね。」
「分かりました!」
その後は今日一日のスケジュールを互いに確認し合い、朝礼を終えて、それぞれの仕事に就いた---




