尾上
青原支部の出入り口付近、美月と昇太郎は大変げんなりと疲れ切った様子でその扉を開け、受付にいる事務員に美月は挨拶をした。
「只今戻りました…竜胆と獅子谷です…。」
だが、受付にいるはずの普通の事務員は事務員ではなく、美月にとってもつい最近聞いたはずの声が受付から返ってきた。
「ご苦労様。
いやはや君達なら何の苦難もなくやってくれると思っていたよ、竜胆君、獅子谷君。」
そう言いながらその人物は受付の椅子から立ち上がり、テーブルを脇から回りながら美月達の方へ近付いてきた。
美月はその声を聞いて目を丸くして驚き、昇太郎は目を細め、その人物を訝しむように見つめた。
「………。」
そして、昇太郎は思わず美月の方を向いて尋ねた。
「誰ですか、この人は?」
全ての事情を知る美月はその失礼すぎる言葉を聞いて反射的に昇太郎の頭を拳骨で叩いた。
「馬鹿、何なのよ、その言い草は!」
「『何なのよ』って言われましても、俺こんな人知らな…」
「とりあえず、頭下げなさい!
あなた、職員名簿とその写真見てないの!?
この方はここの青原支部支部長の尾上支部長よ!」
「えっ!?」
頭を無理矢理に下げさせられ、その事実を突きつけられた昇太郎は一瞬固まり、先程までの粗相を思い出して頭を90度に綺麗に倒し謝罪と挨拶をした。
「す…すす、すみません、さっきまでとんだ失礼を…!
俺は最近この青原支部に入社した獅子谷昇太郎です!
以後、お見知り置き下さい!」
「支部長、私からもすみません、すみません!
本当にすみません!」
昇太郎は先程の粗相を帳消しにするかの如く声を張り上げて謝罪し、美月は何度も何度も申し訳なさそうに頭を下げ続けた。
それを受けた尾上はおおらかな笑顔で2人を宥めた。
「ははは、まぁまぁそんな堅いのはなしにしようよ。
獅子谷君だってここに来て間もないのは私も重々分かってる。
知らないのは無理もないさ。」
「す、すみません…今後は気を付けますのでよろしくお願いします!」
「竜胆君もそんなまるで私が怒れば火山大噴火みたいな感じで謝って…何か悲しいよ。」
「上下関係を明確にしないと会社として成り立たないと思ったのであのような謝り方をしたのです。」
「でも、あまり上司が厳しい会社だと新人の隊員が来なくなるじゃない。」
「そこは侘び寂びが大事です。
怒る時は怒り、褒める時は褒める。
教育する時の基本だと思いますよ。」
美月のつれなさすぎる態度を見て尾上はげんなりとした表情をした。
「相変わらずだねえ、竜胆君。
でも竜胆君、そうは言うけど君だって私と一緒に涅石支部で戦闘訓練していた時だってあんなに…」
「ストップです、支部長!
それ以上仰られたら私この会社辞めます!」
(あぁ、美月さんってこんな表情も見せるんだ、俺の知らない所で…。
何か…凄えいづらい。)
互いに言い争いをしていた2人を他所に場違いが否めない昇太郎は静かにその場を後にした。
「じょ、冗談だって…本気にしないでよ。
今君を失う事は青原支部にとって重大な損失だ。
この話はなしにしよう。」
「ええ、そうです!
その方がお互いの為ですよ!
全く…獅子谷さんからも何かい…」
そう言いながら隣で控えているであろう昇太郎に顔を向けたが、いつの間にか忽然と姿を消していた。
「獅子谷さん…?」
美月の一抹の不安を感じさせる声が一瞬その場に残ったが、そんなものは露も知らない様子の尾上は尚も美月に話しかけ、美月もそれに暫くの間応じていた---




