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『二十時五十九分 康幸さん、今日は僕の家までわざわざ来てくださって、ありがとうございました。モリモリ食べてくださって、僕も料理を精一杯作った甲斐があります!また今度、料理食べに来てくださいね。今日はとても楽しかったです。ありがとうございました』

『二十二時十三分 康幸さん、無事にお家に帰られてますかね?明日もまた、大学でお会いしましょうね』

なるほど。俺は返信をしてないから、小林は無視してると思っていたのか。

「いや、俺メール見ないから。気付かなかった」

「ホントですか?僕、無視されてた訳じゃなかったんですね??ウザがられてた訳じゃないんですね???」

どんどん身を乗り出して質問してくる小林を手で押さえて「あぁ」と後退りしながら答える。正直、今の小林がウザい。

「ともちゃん、ハウスハウス。今の康幸さんの顔、ちょー怖いから戻りなって」カナエが小林の首根っこを掴んで、引っ張り戻す。女性とは思えない腕力と豪快さだ。

「え?あ!ホントだ!康幸さん、ごめんなさい!やりすぎちゃいました!昨日から返信が来なくて、夜中もメールのチェックしてたらテンションがおかしくなっちゃって…」

小林は慌てて謝ってきたが、俺はそんなに怖い顔をしてたのか。

「だから言ったでしょ?康幸さん、マメにメール見るようなタイプじゃないって。ともちゃん、考え過ぎは体に毒だよ」

「そうだね、カナエ。ありがとう。ってか、どうやって康幸さん連れて来たの?」

「そろそろお昼時だし、この辺うろついてないかなーって辺りを見てたら見つけた」

カナエがあの時、あからさまな溜息をついてみせたのも俺が原因だからか。理由が分かりスッキリしたが、あの時のカナエの顔を思い出すとまた少しイラッとする。

 ぎゅるるるるぅ―突然、俺の腹が鳴る。

「ふふ。康幸さん、お昼まだなんですね?」小林がニコッと笑う。

「あぁ、学食食おうと思って」

「え?それなら、僕のお弁当よかったら食べませんか?」

「や、逆にともちゃんがお昼どーすんのよ?」

「え?僕が学食食べるよ。カナエも学食でしょ?」

「アタシはそうだけど、ともちゃんが学食って…」

「自分が食べるより、康幸さんに食べてもらう方が何倍も幸せだもん」

「あーはいはい」カナエは呆れたように息衝く。

「食べてもいいなら、もらうけど」

「もちろんです!今日はピーマン入ってないので、康幸さん安心してくださいね」

小林は、ベンチに置いてある鞄から弁当を取り出した。巾着型の弁当袋はピンクの水玉模様で、おそらく手作りだろう。既製品には感じない家庭感がある。しかし、ピンクの水玉は女性的過ぎではないか。小林らしいと言えば、そうなのかもしれない。袋を丁寧に開け、弁当箱を渡してくれた。弁当箱は、よくある二段式の黒色だった。

「僕達は食堂で食べてくるので、康幸さん食べ終わったら、教えてもらえますか?弁当箱、回収に行きますから」爽やかな笑顔を向け、小林はカナエと食堂へ歩いて行った。こんなに尽くしてもらうと、少し申し訳なさを感じる。後で昼食代でも出さなければ。

 ベンチに座り、弁当箱の蓋に手をかける。期待に胸を弾ませている自分に気付き、気恥ずかしくなる。一呼吸置いて、蓋を開ける。一段目は白ご飯にゆかりがかかっている。二段目は、ナスと挽肉の炒め物と、春巻き、ほうれん草の白和え、仕切りに青じそやレタスが使われ、所々にウインナーの飾り切りでタコやらペンギンやらカニやらがいる。海洋生物で統一しているのだろう。小林のこだわりが感じられ、目で見て楽しめてしまう。子供向けのお飾りに楽しんでしまっている自分に、少し嫌気がさす。俺は幼稚じゃない、小林の料理にわくわくしているだけだ、と言い聞かせる。

 腹も減っているし、まずはナスから食べる。ナスはすごく柔らかくて、噛めば噛むほど味が溢れ出す。片栗粉でとろみのあるタレと挽肉も、よく絡んで良い。次に春巻き。皮のパリッという音が小気味よい。春巻きの餡は、タケノコや椎茸、豚肉の細切りなどのよくある物を想像していたが、違う。これは、昨日の生姜焼きだ。千切りキャベツと、生姜焼きの豚肉を細切りにして、味付けにはオイスターソースなどを足してあるように思う。食材にタケノコや椎茸が足してあったら、昨日の生姜焼きとは気付けないかもしれない。とすると、ほうれん草の白和えは、昨日のお浸しをアレンジしたのだろうか。一口食べるが、昨日のお浸しかどうかは分からない。ほうれん草と木綿豆腐にすりゴマが優しく纏い、バクバク食いたくなる。小林の料理の腕に関心する。ウインナーの飾り切りも食べるのが勿体ないなと思いつつ、ひとつひとつ丁寧に口に運ぶ。気付けば弁当箱は米粒一粒も無く、空になっていた。


 小林たちは、学食を食べ終わっただろうか。普段使わない携帯を手に取る。『ごちそうさま。食べ終わったけど、今どこにいる?』送信。しばらく中庭で佇んでいると、携帯がバイブレーションする。『お粗末さまでした!!!食べていただけるだけで幸せなのに、「ごちそうさま」なんて…ありがとうございます!!まだカナエと食堂で食べてるので、もし面倒じゃなければ来ていただけますか?』『分かった』携帯をポケットにしまい、食堂へ向かう。


 食堂では、見たこともない顔で溢れている。この中から小林を探すのは骨が折れそうだ。

「あ!!!!」

雑音の中で、聞き覚えのある、あの高い声が耳に入る。声のする方を見ると、遠くで椅子から立ち上がり、懸命に手を振って存在をアピールしている小林を見つけた。カナエは、横で椅子に座り頬杖をついている。小林に弁当箱と昼飯代を渡したら帰ろう、と思ったが財布の中に小銭は数十円しかない。あとは千円札が二枚。昨日の晩ご飯代と合わせて千円を渡そう。小林なら千円は高いと言ってくるかもしれないが、千円以上の価値のある美味しい料理だった。


 小林に裸の千円札を差し出す。

「これ、昨日の晩ご飯代と今日の弁当代。美味かった」

「え??そんないりませんよ!僕が勝手に好きでやってるだけなんで、ほんと気にしないでください」

「ともちゃん。そこはもらっときなよ。食材費はかかってるんだし、ともちゃん学食は勿体ないって、今まで学食なんか食わなかったのに、康幸さんに自分の弁当なんか渡して…。ともちゃんはバイトだって掛け持ちして、お金に余裕がないのはお父さんの―

「カナエ!!やめて!それ以上は言わないで。千円受け取るから」

俯いたまま小さな声でありがとうございますと言った小林は、千円を受け取ると食堂を出て行ってしまった。残り一口か二口のクリームパンを残して。

 カナエは、小林の背中を瞬き一つしないで見つめていた。小林がいなくなると、カナエは「康幸さん、ちょっとここ座って」と小林が座っていた椅子を引いた。何が始まるのだろうか。小林の父について、小林はやめてと言った話を、小林の許可もなく勝手に話しだすのだろうか。そんな事、小林は望んでいないのではないか。眉を顰めて椅子をじっと見ていると、

「まあいいわ」カナエは息を吐き出すように言った。

「じゃ、立ったまま聞いて。康幸さんはどう思ってんのか知らないけど、アタシはともちゃんが大切で、ともちゃんが幸せになってほしいと思ってる。あんまり期待はしないけど、康幸さんもともちゃんを気にしてくれるなら、小さな変化に気付いてあげて。ともちゃん、気ぃ遣ってなかなか言わない事もあると思うから」

そう言うとカナエは目の前のラーメンをすすり出した。ラーメンの表面に浮かぶ油が、どこか儚く見えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 獺祭、美味しいですよね♪
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