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「はい、生姜焼き定食ね」
七十歳くらいのおばあさんからホカホカの定食を運んでもらう。厨房にいるのはご主人だろうか。一切笑わず、寡黙な店主だ。奥さんと二人で経営しているのだろう。カウンター七席の小さなお店で、客は俺と小林の二人きり。ガヤガヤしてなくて落ち着く。
「ここのナスの味噌汁飲んだ時、本当に感動しちゃって。康幸さんに飲ませたい!ってすっごく思っちゃって。居ても立っても居られなくなっちゃって。あ!冷めないうちに食べて食べて」
小林は興奮気味に、俺がナスの味噌汁を飲むのを待っている。
「いや、見られてると食べにくいんだけど」
「ああ!ごめんね!じゃあ、僕もいただきます」
「いただきます」
二人で味噌汁を啜る。確かに美味い。安心する味というか、小林の味噌汁も美味しいが、この長年の経験から出せる味は、奥深く体内に染みる。
「どお?」
「美味いよ」
「でしょぉ〜??絶対、康幸さんも美味しいって言ってくれると思った!生姜焼きも抜群に美味しいの!食べて食べて」
急かされるように生姜焼きを食べる。確かに生姜焼きも美味しいが、生姜焼きは小林が作ってくれた味の方が俺好みだ。
「ふふ」
小林が笑う。何がおかしいのか俺には分からない。
「…康幸さん、少し髪伸びたよね?前はそんな襟足長くなかったよね?」
「床屋に行くのが怠くて」
「でも、長いのも似合うね」
「あ、そう」
「八年ぶり…くらいだもんね。元気にしてた?」
「…まあ」
「メールの返事が来た時は、すっごく嬉しかったよ!まさか、送った後直ぐに返信来るなんて思ってなくて驚いたけど」
「ちょうどスマホ触ってたから」
「仕事は何してるの?あ!待って。当てていい?」
「いいけど…当たらないと思う」
「えーっとねぇ…司書さん?」
「違う」
「じゃーあ…ゴミ収集車のお仕事?」
「違う…けど、近いかな」
「え?清掃のお仕事?」
「うん」
「そうなんだぁ!案外、すんなり当たったね」
小林は嬉しそうにしている。
「僕の仕事は当てられる?」
小林は、当てて欲しそうにこちらを見るが
「そういうのは面倒くさい」
とはっきり告げる。
「康幸さんらしいね…」
はっきり告げた後で、傷付けてしまってないか、あまりにも冷たくし過ぎてしまってないか、少し反省するが後の祭りだ。
「僕ね、豚豚豚で今働いてるの」
「え…二丁目?」
「そー!康幸さんにとっては、あんまり良い思い出じゃないよね…。でもね、僕は、そこで生き甲斐を感じてるし、今のお仕事はお酒も飲むし大変だけど、その分、嬉しい事とか楽しい事もいっぱいあるの」
小林は生き生きとしている。それに比べて俺は…。
「康幸さん?大丈夫?」
「え?」
「すごく眉間に皺寄ってるよ…」
その言葉を聞いて瀬野を思い出し、チクリと胸が痛くなった。俺はまだ瀬野の事を思い出すと感傷的になるのかと、嘲笑った。
「食後のコーヒーは飲むかい?」
奥さんが気さくに問いかける。
「はい!是非!康幸さんは?」
「ああ」
「二人分、お願いします」
「はいよ」
ご主人は、厨房で新聞を広げて読んでいる。奥さんの淹れてくれたブラックコーヒーは湯気が立ち込めている。
二人でコーヒーを飲む。穏やかな味わいだ。




