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数日間、大学のことを突然聞いて来た理由を考えるが、答えなど分かるわけもなく。あの美形な顔をもう一度見たいと思っている自分に気付く。そんな自分を気持ち悪くも思うが、再びファミレスへ来た。
「いらっしゃいませー」
店内に入った瞬間に分かる。小林は居ない。少し残念に思いつつ、ドリンクバーとペペロンチーノを注文する。今日は、アイスコーヒーにしよう。ミルクやガムシロップは入れない。ゴクゴクと一気に飲んでいく。喉が渇いていたから、飲むスピードも早まる。もう一杯。再びアイスコーヒーを注ぎ、自席に戻る。すると、後ろから
「あ!今日も来てくださってたんですねー」
と声をかけられ、振り向くと小林がいた。水色のボーダーのTシャツに、ダメージジーンズを履いている。爽やかだ。相変わらず薄く化粧をしているし、ベリー系の香りもする。
「はい」
と、素っ気無く答える。
「僕のこと、分かります?」爽やかな笑顔を向けながら聞いてくる。
「ここの店員ですよね?」
「あ!良かった!覚えててくださったんですね!あの時は、どうもすみませんでした」
「あ、いや、あれは俺が悪いですし…」
「いえ!僕が、いきなり大学とか聞いちゃうのが失礼だし、ビックリされて当然です!」
「…」
「ここには、よく来られるんですか?」
「…まあ」
小林の噂話を聞いてから来るようになった、とは絶対に言えない。
「僕は、今日はバイト休みで、友達と食事に来てたんです」
「はぁ」
「もし良かったら、一緒に食べませんか?」満面の笑みで、屈託なく尋ねてくる。
「いえ、結構です」と、俺は無表情で返す。
「…そうですか。残念です」
小林は侘しげな表情を浮かべ、友達とやらの元へ帰って行った。
やっぱり俺は、愛想良く受け答えなんて出来ないな…と実感する。せっかく小林から話しかけてもらえたのに、素っ気無いよな。自分の心がモヤモヤしているが、理由が分からない。今まで、こんな感情になった事がない。
その後は、一人で食事を終えて、そのまま帰宅した。
大学生の時までは、実家暮らしだった。父、母、俺。一人っ子だ。父、康雄は、真面目で寡黙。母、幸子も、おしとやかな方で、家事をマメにしていて手料理が美味い。
「あら、康幸帰ってたのね。晩ご飯は、またファミレスで済ませて来たの?」
母がキッチンから声をかけてくる。
「ああ」
俺は母の顔を見ずに、そのまま自分の部屋に入る。
行き場の無い感情を、ゲームにぶつける。俺は、いつの間にかコントローラーを手にしたまま、眠っていた。
大学。また図書室で読書をしていると、聞き慣れた声が聞こえてくる。もしや、と思い振り返ると小林がいた。小林の隣には、女子がいる。黒のタンクトップにスキニージーンズ。ボブヘアーに金色のピアスが揺れている。身長も小林と変わらないくらいだろうか。小林と目が合う。
「あーーー!」
右手で俺の事を指差し、左手は隣にいる女子の肩を叩きながら小林の目は爛々と光っている。
ここは図書室だぞ…と大きな声に呆れる。そういえば、靴紐の時は、気の利くタイプかと思っていたが、突然大学のことを尋ねたり、図書室で大声を出すところを見ると、俺の勘違いだったと感じる。
小林と女子が俺の方に駆け寄ってくる。
「やっぱり同じ大学だったんですね?」
「あー!この人が、ともちゃんの言ってた人ー?」
「そーそー!!…はっ!ごめんなさい!声、大きかったですよね」
ようやく気付いてくれたらしいが、周りの目線が痛いくらい、こちらに注がれていた。
黙ってその場から離れようとすると、小林が上目遣いで寂しそうにする。小動物か、お前は。
「…向こうに行きますか?」何故だか、そう提案してしまっていた。
「いいんですか?!」
「ここだと、うるさいでしょ…」
「すみません」
小林と話をするため、女子と一緒に中庭のベンチに座る。
「まさか大学で会えるなんて思わなかったです!」
「良かったね〜、ともちゃん」
「うんっ!あ、紹介しますね。この子は、僕の友達の叶恵で、僕は、小林 巴です!」
「康幸です」
「カナエでーす」
「康幸さんって、何年生なんですか?」間髪を入れずに、小林が目をキラキラさせて質問してくる。
「三年」
「あ!一緒です!僕たちも三年!」
「…」
「康幸さんって、クールですね〜」
小林は、両手を組んで、恍惚したような表情でこちらを見てくる。
「ともちゃん、がっつき過ぎ。康幸さん、引いてるよ?たぶん」
カナエに忠告され、我に帰った小林は、気まずそうにチラチラと見てくる。俺の苦手な、騒がしい女子高生のようなテンションに疲弊する。だが、こんなに話しかけてくれる人は珍しく、悪い気はしない。
「康幸さんって、ペペロンチーノが好きなんですか?」
「…まぁ」
「やっぱり?!いつもペペロンチーノを注文されますもんね!」
「あー…」
そうか。店員からすれば、毎回ペペロンチーノを頼む俺は、相当なペペロンチーノ好きと思われても仕方がない。嫌いではないし、好きな方だか、愛してやまない訳ではない。
「僕、こう見えて料理結構得意なんで、今度作って来ますね!食べてくださいっ」
「ともちゃんの料理は、アタシなんかより全然美味しいから、安心していいよ。ま、アタシ料理はカップ麺くらいしか作らないんだけどね」
「もーう!カナエ、フォローしてくれてんのか、茶々入れてんのか分かんなーい」
「ごめんごめん」
楽しそうに二人で会話している。
「善は急げ!明日お昼に持って来ますね?あ、もしよかったら、連絡先教えていただけますか?」
「あぁ、はい」
矢継ぎ早に小林に会話を持って行かれ、流れで了承してしまいメールアドレスも教えてしまった。俺の携帯電話には、父、母に加えて、小林が登録されることになった。
翌日。中庭で待っていると小林とカナエがやって来た。
「お待たせしました〜。はい!康幸さん、ペペロンチーノですっ」
恐る恐る弁当箱を開ける。ファミレスでいつも食べているような見た目だ。
「パスタがくっつかないように、半分の長さにカットして、茹でる時もオリーブオイルを少し入れて茹でたので、お弁当用に向いてると思うんですけど…味は、どうですか?」
確かにパスタはくっついてない。俺は料理をしないため、弁当用に作るのも、作り方は変わらないと思っていた。一口食べる。美味い。冷めていても味をしっかり感じるし、不思議と母の手料理のような、ファミレスのペペロンチーノでは感じる事のないあたたかな味わいがする。
じっとペペロンチーノを眺めていると、
「美味しくなかったですか…?」不安そうに小林が聞いてくる。
「いや、美味い―「良かったーーー!もう、心臓飛び出るかと思ったよ〜」
と、俺の言葉を聞き終わらない内に、小林は歓天喜地の大騒ぎでカナエに抱きついた。
「ちょ、落ち着きなよ」
カナエは、小林を振り解く。
「ごめんね、カナエ。あんまりにも嬉しくって、つい…」
「激し過ぎ。まあ、それだけ頑張ってたもんね。試作、どんだけ食わされたか」
「でも、そのおかげで康幸さんの胃袋ゲットできた訳だし」
「や、まだ胃袋ゲットって程じゃ…って、もう完食してんじゃん!」
「え?嘘ーーー!」
小林が弁当箱を覗き込んでくる。二人が会話している間、俺は黙々とペペロンチーノを食い続けていた。そしたら、無くなっていた。
「康幸さんって、食べるの早いんですね?」
「あ、あぁ」
「カッコいい…」恍惚とした小林。
「ともちゃん、心の声漏れてるよ」
「えっ?」
小林が頬を染めて、俺を見てくる。少し潤んだ唇に、俺の心臓が高鳴る。何だ、これ…。
数秒間、見つめ合う。
「アタシ、邪魔みたいだから帰るね」愉快そうな表情でそう言って、カナエはどこかへ行ってしまった。しばしの沈黙。沈黙を破ったのは、もちろん小林だった。
「康幸さん、今日の夜空いてますか?もしよかったら家来ます?晩ご飯、何でも作りますよ?」
「あぁ…。じゃあ、はい」
「やったっ!何が食べたいですか?」
「んー…。……ナスの味噌汁」
「え?!ナスの味噌汁ですか??」
味噌汁にアクセントをつけて聞き返してくる。そんなに、味噌汁は意外なのか。
「ごめんなさい。予想外過ぎて…。でも、腕によりをかけて作りますね!」
「はあ。お願いします…」