14 小林巴
父、小林晶午と、母、洋子の元に生まれた、僕巴。
僕の初恋は三歳の時。近所のジャングルジムに登っている同じ保育園に通う一つ年上の男の子だった。すごくドキドキして、あ、これが「好き」って事なのかな…って分かったけれど、普通じゃない事だともすぐに分かった。自分は、男で男が好きだって。
その男の子は、周りの子より少し身長が高くて、あっさり塩顔。話した事もなかったし、何で好きになったのか思い返すと謎だけど、ジャングルジムに登っている姿がかっこよく見えたのかな。好きっていう感情を覚えたって事は、はっきりと思い出せる。
でも、男が好きだって自覚してしまったせいで、僕は生きづらくなる。僕の周りに男の子で男を好きな人なんて居なかったし、そういう話なんて聞いた事もなかった。僕は何かの病気なんじゃないのか、両親にももちろん相談なんてできず、一人でどうしたらいいのか悩んでいた。母親から何気なく「巴は、好きな女の子は出来た?」って聞かれた時は、「ゆりちゃん」って即答していた。ゆりちゃんは同じクラスの女の子で、周りの男の子でも、ゆりちゃんが好きと言っていた事を思い出し反射的に答えていた。一つ年上の男の子のことなんて言えなかった。もし言ってしまった時、母親に絶望され、見離されてしまう事が怖かった。
保育園では、僕は女の子と遊ぶ方が多かった。男の子は、外で虫取りや格闘技ごっこをしていたが、僕は室内で、カナエ達女の子と一緒におままごとをしていた。カナエとは、保育園の頃からずっと一緒だった。
父と母が離婚したのは、僕が六歳の時。原因は父の不倫。ギャンブルで借金も作っていたし、キレると暴力を振るう人だった。母は泣きながら「ごめん。ごめんね」と言い、どこかへ消えていった。それから僕は、父と、父の母、緑おばあちゃんと三人で暮らした。
父は借金返済の為、ずっと働きっぱなしで家にはほとんど帰って来なかったけど、緑おばあちゃんが居たから全然寂しくなかった。緑おばあちゃんは料理も上手だし、裁縫も上手だった。初めて緑おばあちゃんから貰ったプレゼントは犬のクッション。僕は“ジョン君”と名付けて、ジョン君を抱きしめて毎晩眠った。
ジョン君を抱きながら、べったりと緑おばあちゃんにくっついて、料理も裁縫も教わった。おばあちゃんと同じ味が出せるようになるまで何回も練習したし、ミシンも使い方をマスターした。「もう巴に教える事はないね」って、しわくちゃの顔でにっこり笑った緑おばあちゃん。僕が中学一年生の夏に急逝した。人生で最大の悲しみに包まれた。何もかもがどうでもよくなった。そんなどん底を救ってくれたのはカナエだった。カナエは、緑おばあちゃんが亡くなってから毎日僕の家に来てくれて側にいてくれた。それだけで、どれだけ心の支えになったことか。
そして、康幸さんとお付き合いするまでに五人の男性と関係を持った。体だけの人もいたし、彼女持ちの人もいたから、お付き合いしたのは三人。あまり長続きはしなかった。
康幸さんと、初めてファミレスで会った日。
僕がゲイでファミレスで働いている、という事は大学の中で噂になっているみたいで、知らない同い年くらいのお客様が「アイツが小林じゃね?」「ウケる」「声高っ。女かよ」と話しているのを度々見かけた。直接話しかけて来る人はいなかった。僕も気にしないようにした。
アルバイト仲間の間で、連日ペペロンチーノを頼むお一人様が居ると噂になっていた。
康幸さんを一目見た瞬間恋に落ちた。同い年くらいだし、僕の事をチラチラと見てくる様子から、康幸さんも噂を聞いて見に来ているのではないかと思った。だから同じ大学か?なんて急に質問してしまったけど、あんな事になるなんて…。でも、そのおかげっていうのか、ゆくゆくは康幸さんと付き合えるようになってーーー。
付き合うって、お互いが大切に思う気持ちを感じることができないと関係性は続いていかないって痛感した…。でも、康幸さんとお付き合いできた事は良い思い出だし、僕は康幸さんが大好きだし、今でもーーー。




