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アツ子というオカマは、その後もわーわー騒ぎ酒を呷った。アツ子とジュン子に聞かれないように小林の耳元でそっと
「なあ、発展場って何?」
と聞いた。小林は困ったような表情で、
「ん〜…。康幸さんには、何て説明したらいいのか…」
と、しどろもどろになった。
「知らなくていいこともあるわ。忘れなさい」
龍一郎ママが、アツ子達のお酒を作りながら背中を向けて答えた。やば。アツ子達にも聞かれたのか。狭い店内だが聞いたこともない洋楽の音楽もかかっているし、アツ子の声のボリュームは相当で、聞こえないだろうと思っていたのだが。アツ子達を見る。またジュン子と目が合ってしまい、即座に目線を逸らす。
「ラズベリーのお連れの方は、ゲイバー初めてっぽいわね。何か初々しくて可愛いわね」
「ちょっとジュン子さん、やめてください!彼は僕の彼氏なんです」
「あらー。そうなの?ざ〜んねん。目線がよく合うから脈ありなのかと思っちゃった」
ジュン子は茶目っ気たっぷりに片目を瞑り、軽く舌を出した。目線が合うだけで脈ありだと思われてはいい迷惑だ。アツ子は隣で浴びるように酒を飲んでいるが、ジュン子は全く気にしてない様子だ。
小林が席を立ち「お手洗い行って来るね。ジュン子さんには気を付けて」と俺の耳元で囁いた。酒と柔軟剤の混じった香りが何とも言えず、渋い表情でいると、またジュン子と目が合ってしまった。
「その表情、素敵」
ジュン子も席を立ち、小林が座っていた椅子に座り、俺の太ももに手を置いてきた。
「ちょっとジュン子、ここは発展場じゃないんだから弁えなさいよ」
気付くと目の前に龍一郎ママがいた。さっきまでアツ子に付きっ切りだったはずだ。
「え〜ママ、アタシまだ何もしてないよ〜?」
「カウンターの下で何かやってんでしょ?」
スッと俺の太ももから手が離れた。
「すごい!ママってエスパー?何で分かったの〜?」
「アンタの雰囲気で分かるわよ。獲物を狩る目ぇしてるもん」
「ヤダ〜。据え膳食わぬは男の恥って言うじゃな〜い?」
「やっさん、全然アンタに気ぃないわよ」
「へぇ〜。やっさんって言うのね。アタシ、ジュン子。よろしくね?」
再び俺の太ももに手を置いてくる。しかも今度は付け根付近。寒気がした。そして嫌悪した。龍一郎ママが言っているにもかかわらず全く聞く耳を持たず、自分の欲望のままに行動しているジュン子。セクハラをされる女性の気持ちが今なら分かる。いたたまれず席を立ち、ジュン子を睨みつけた。そこへ小林が戻って来た。
「え?康幸さん何で立ってるの?…って!ジュン子さん、そこ僕の席なんですけど?!」
「帰る」
ジュン子を睨みつけたまま、周りの声を無視して店を出た。
早歩きで新宿三丁目の駅に着くまで、ずっと太ももに触れられた感触が纏わりついていて、頭がおかしくなりそうだった。駅でチケットを買うため財布を出した時、ふと龍一郎ママのお店で支払いをしないで帰ってしまった事に気付いた。申し訳なく思うが、ジュン子が気持ち悪くてそれどころではなかった。
『ごめん。バーのお金、支払うの忘れてた。どうしたらいい?』
小林にメールを送った。
『ううん!龍一郎ママが、不快な思いをさせたんだから康幸さんと僕の分のお金はいらないって言ってくれて。そのまま帰らせてもらったから大丈夫。ごめんね、こんな事になるなんて…』
龍一郎ママは、どれだけ気前がいいのだろう。後でお礼を言わなければ、と思ったが龍一郎ママの連絡先など知らない。
『龍一郎ママに、ありがとうございますって伝えといて』
とだけ返信した。
家に帰り、ベッドに横になり呆然と天井を見上げていた。度々ジュン子がフラッシュバックされ、その度に眉間の皺が深くなる。紛らわせるように寝返りを打つと、床に転がっている花柄の包装紙が目に付く。一体何が入っているのだろうか。おずおずと中身を確認する。ゲイのアダルトビデオだった。しかも三本も入っていた。衝撃的なジャケットに狼狽る。急に周りの視線が気になってしまい、辺りを見回すが誰も居るはずがない。少しほっとした。
小林のような美形な顔立ちの男達がそれぞれ表紙を飾っている。心臓が早鐘を打つ。背徳感より好奇心が勝ち、ビデオを再生した。
九月。エアコンが壊れた小林のアパートで、扇風機が首を振っている。暑苦しいのに、俺と小林は一つに重なっていた。俺の初体験が男性だと、小林に出会う前だったら微塵も考えていなかったと思う。初体験は酒の力を借りて、ムードとかも関係なく勢い任せだった。あのビデオを観なければ、きっとまだ俺達は何も進展しなかったはずた。初めてチューをした時のような負の感情に浸る事はなかったが、どこか"違う"と思っていた。俺は女性とも普通に恋愛できるはずだと心の中でつぶやく。丁寧な愛情を持って小林の体に触れる事はなかった。それを小林は肌で感じていたのだろう。体は重ねているのに、心は少しずつ離れていった。
小林の手料理が美味しいと感じなくなった。
小林と会う頻度も減り、小林が俺に向ける笑顔も減っていった。
夜、自宅への帰り道。小林から『別れよう』とメールが届く。そうなる予感はしてたから、驚かなかった。『うん』と返信し、目の前で眩しいくらいに光る自動販売機で、つめた〜い缶コーヒーを買い、コーヒーを飲む。いつもと変わらない味がした。
更新ペースが遅くなってしまいましたが、最後までゆっくり書き続けます。よろしくお願いいたします。




