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 俺は生まれて初めて告白された。しかも男に。そして、直接会っているのにメールで。

 何故、告白するのにメールなのか。ここは外だから、周りの目を気にして配慮してくれたのだろうが、だったら小林の家で二人きりの時に直接言えばいいのではないのか。いや、恋愛において、これは普通のことなのかもしれない。俺が無知で、こういうケースの告白の仕方など知らないだけなのかもしれない。待て待て。告白の仕方でいちいち考えているが、俺は小林に、男に告白された訳で、その返事をどうするかを考えるべきなのではないか。男と付き合うのか?俺は―――。


「康幸さん、康幸さん」

小林に名前を呼ばれていたが、気付かなかった。

「ここでずっと立ち止まっちゃうと周りの人の迷惑かもしれないので、歩けますか?僕のせいで、ホントに申し訳ないんですけど…」

辺りを見渡すと、俺と小林を避けるようにして人々が迷惑そうに歩いている。この人混みの中、立ち止まっている俺達は相当邪魔に違いない。「悪い」とつぶやいて、歩き出す。先頭を歩く小林をぼーっと眺めながら、小林と付き合うのか、付き合わないのか、をぐるぐると考える。きっと、深層心理では答えはもう出ているのだろうが…。



 小林の最寄り駅に着く。

「じゃあ、今日はありがとうございました。メールの返事は、いつでもいいので。困らせてしまって、すみません…。気を付けて帰ってくださいね」

「なあ。メールの返事って、メールで返した方がいいのか?」

「へ?あっ。どっちでもいいですけど…」

「じゃあ、打つの面倒だから言う」

「え?あ?え?めっちゃ早くないですか?え?嘘…」

自分で告白しておいて激しく動揺しているが、構わず続ける。

「いいよ。付き合おう。俺、分からないことばかりだと思うけど、よろしく…」

さらっと言った後で、ものすごく恥ずかしさが込み上げてくる。恥ずかしくて小林の顔を見ることができない。

「…ホントにいいんですか?」か細い声は震えている。

「ああ」

俺は、照れ隠しに頭を掻いた。

「嬉しいっ…」

無言の時間が続き、チラッと小林の顔を見たらポロポロと泣いていた。訳が分からなかった。俺が戸惑っていることに気付いた小林は、

「あっ。すみません…。康幸さんって、僕のことどう思ってるか正直あんまり分からなくて、でも、この(たかぶ)った気持ちを抑えられなくて、勢いで告白しちゃって…。まさか、こんなに早く返事をもらえるなんて…しかも付き合えるなんて、ビックリしちゃって…」

と、時々鼻を啜りながら答えた。何て声をかければいいのか分からず「おぉ」と小さくつぶやいた。

 小林に告白された時に、チューをした時の罪悪感とか嫌悪感は一切感じなかった。突然の告白で困惑はしたし、これからの関係がどうなっていくのか不安もあるが、俺が付き合おうと思ったのは、今日小林と一緒にいてドキドキしたしチューしたいとも思ったから。これが好きという感情なのかいまいちピンと来ないが、小林と一緒にいるのは嫌じゃない。嫌になったら別れればいいだけ。そんな思いで付き合うことにした。

 小林の涙も落ち着いて、改札で別れた。小林は、俺が見えなくなるまでずっと笑顔で手を振っていた。疲れないのだろうか、と少し心配になった。


 付き合うことになったからといって、俺達の関係があまり変化することはなかった。あ。でも、そういえば、いつの間にか小林が敬語を使わなくなった。

 夏休みに入った。小林はアルバイトで忙しい中、合間で俺の分の手料理も作ってくれて、それを食べに行き、すぐ家に帰る。その繰り返し。何度かチューもしたが、それ以上に発展することはなかった。それより先に進むのは抵抗があった。男性と女性のノーマルのアダルトビデオは何度も観たが、男性同士のものは観たこともない。興味はあるが、未知の恐怖の方が強かった。


 うだるような暑さの正午、小林が作ってくれたオムライスを食べていると、

「康幸さん、明後日、新宿二丁目に行かない?紹介したい人がいるんだけど」

と、午後のアルバイトの支度をしながら小林が訊ねてきた。

「紹介したい人って?」

「内緒!実際に会って見てみてほしいの!」

「……んー」

正直、めんどくさい。新宿二丁目も行ったことないが、ここからだと電車で一時間くらいかかるし、気を遣いながら話をするのは疲れる。

「お願い!きっと、康幸さんにとっても良い経験になると思うの」

両手を合わせて、俺に近づいて来る。良い経験って何だよ、と思ったが、小林と遠くに出掛けたこともなかったので渋々行くことにした。


 約束の日。小林と一緒に、電車で新宿三丁目の駅に着いた。新宿二丁目には駅は無いらしく、新宿駅か新宿三丁目駅から歩くのが近いらしい。小林に連れられ、地下通路をスイスイ通っていく。小林の足取りは軽く、俺の足取りは重い。

「こっち、こっち」

小林に促されるように地下から地上に出る。十八時過ぎ。小林が紹介したい人と一緒に夕食を食べて、その後は、その人が経営するバーに行くことになっていた。もう帰りたい。俺は、電車で新宿まで来るのに体力を消耗し切っていた。

「ここのコンビニが待ち合わせ場所だよ。康幸さん、最初会う時は驚くかもしれないけど、面白い人だからね」

驚く…?そういう情報はもっと前から教えてほしかった。まあ、前もって教えてもらっていても、こちらは何も対処はできないが。

「ごめ〜ん!お待たせ〜!」

いきなり後方からしゃがれた声がし、驚いて振り向くと、熊のように太った髭面の男性が額に大きな汗の粒を浮かべながら立っていた。

「あ!龍一郎ママ!待ってないですよ〜」

「龍一郎ママ?」

「ラズベリー!あんた、十メートル以上離れてても柔軟剤の匂いで分かるわ」

「十メートルって、龍一郎ママの嗅覚、犬並みじゃないですか?!」

キャッキャッと小林と龍一郎ママという男性が笑う。

「ラズベリー…?」

龍一郎ママというのは、オカマなのか?ラズベリーって、小林のことか?疑問が頭を駆け巡る。

「あ!康幸さん、この人が僕が紹介したかった、龍一郎ママ。ゲイバーのママなの」

ゲイバー???

「ラズベリー、この方が、()()()()ね?」

「はい…」小林が頷く。

 例のアレとは?

 意味が分からなさ過ぎて不快になる。俺は、たぶん相当怪訝な顔をしていたと思う。チラッと俺の方を見た龍一郎ママは

「あんた、そんなんじゃ世の中生きてけないわよ」

と言いながら肩をポンと叩いてきた。

「これから超美味しい馬刺しの店に連れてったげるから。それ食べたら、その眉間の皺も超笑顔に変わるわ」

ゆさゆさと巨漢を揺らしながら先頭を歩き出す龍一郎ママ。小林は心配そうに俺の方を見て、

「大丈夫?」

と小声で聞いてきた。大丈夫じゃない。俺は無視して、仕方なく龍一郎ママの後を追う。


 少し歩いた先に、こぢんまりとした居酒屋がひっそりと営業していた。入口の扉は、龍一郎ママがギリギリ入れるくらいの大きさで、体を捻りながら入っていく様を見てあんな体型にはなりたくないと強く思った。

「やっさんは嫌いな食べ物ある?適当に注文しちゃって大丈夫?」

龍一郎ママが俺のことを見ながら言ってきたので、やっさんとは俺のことだろう。

「ピーマン…」蚊の鳴くような声で答える。

「え?何?ちょっと、やっさん、ババアにも聞こえる声で言ってくんないと、ピーマン頼んじゃうわよ」

聞こえてんじゃねえか!かなりイラッとした。

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