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小林がメロンクリームソーダを食べ終え、カフェを出た。
「何食べたいですか?」
満面の笑みで小林が問いかけてくる。
「別に何でもいい」
少し悲しそうな困ったような笑顔になった小林は、
「じゃあ、たこ焼き食べましょ?」と言ってきた。たこ焼きなんか祭りじゃなくてもどこでも売ってるだろと思ったが、俺は特に食いたい物もないし従うことにした。
数店舗のたこ焼き屋を歩きながらじっくりと観察していた小林は
「うん!ここのお店で!」と得意げに言った。かなり歩いたし、たこ焼き屋なんかどれも同じだろと思ったが、真剣な眼差しの小林を見ていたら何も言えなかった。二人で一つ注文し、お金も半分ずつ出し合った。一つずつ買えばよくないか?と聞いたが、この後も色んな物を食べたいので、と断られた。ねじり鉢巻をした頑固そうなおじさんからたこ焼きを受け取り、人があまり密集していない静かな場所に移動して食べた。外側はカリッとというよりガリッとするくらい良い焼き加減で、中はとろっとろ。熱すぎて口の中を火傷しそうになったが、ハフハフしながら食べた。予想以上に美味くて驚いた。小林は嬉しそうに俺を見ている。ちょっと食いづらいんだが。
「食わないの?」と聞いてみた。
「あっ。ふふ。じゃあ、いただきます」
丁寧に合掌し、たこ焼きを頬張る。熱そうにしながらも
「ん〜〜〜!!!美味しいっ!」と目をギュッとつむり、足をバタバタさせている。可愛らしいな、と思ってしまった。
それから、かき氷、唐揚げ、イチゴのクレープ、焼きそばをビールと共に食べた。全部一人前を買い、二人で分けながら食べた。ビールはそれぞれで買ったが。しょっぱい物と甘い物を交互に食べると飽きずに食べられるのだ、とテンション高めに小林が力説していた。確かに、しょっぱい物を食べた後の甘い物はより美味しく感じた。そしてふと不思議に思ったが、あれほど嫌がっていた人混みも、小林と一緒に屋台飯を食べ歩きしていたら気にならなくなっていた。コロコロ変わる小林の表情を、真っ白な浴衣姿を、ずっと目で追いかけていた。
「そろそろ花火を見るために場所決めときましょっか?」
前を歩く小林が、くるりと俺の方を向いて提案した。
「あぁ」
小林に連れられ、花火を見るスポットへ向かう。大勢がブルーシートを敷いて陣取っている。俺達は絶景のスポットからは少し離れているが、手頃な見晴らしの良い場所を見つけて、小林が持って来たかなり小さいレジャーシートの上に座る。ピンクのハワイアン柄だが、二人で座ってしまえば目立たない。レジャーシートが小さ過ぎるのでお互いの体側が触れ、お酒を飲んだせいか小林の熱をすごく感じる。息遣いも。俺の心拍数が、耳から心臓の鼓動を感じるくらい上昇しているのが分かる。何だ、これ…。
「そうだ!花火見ながらつまめる物買って来ますね。康幸さんは、席取っといてください」
小林はスッと立ち上がり、屋台がある方へ向かって行った。少しの寂しさと同時に安心する。一人になれたことで心拍数も安定していった。
しかし小林はよく食べるな。金魚すくいや射的なんかには目もくれず、ひたすら屋台飯に没頭している。俺もそういった物には興味がないから、金魚すくいをしませんか?などと言われなくて楽だ。
「お待たせしました〜」
わたがしと、フライドポテトを持って小林が帰って来た。わたがしなんか小さい頃に食った以来だ。大人になって食ってる奴を俺は見たことがなかったが、小林は目尻を下げてひとつまみ口に入れた。
「康幸さんもわたがし食べませんか?」
俺は眉間に皺を寄せて、わたがしをつまんだ。ただ口の中に甘さが広がるだけだった。
「あれ?あんまりわたがし好きじゃないですか?」
「んー。そうだな…。手もベトベトするし…」
「あ!ウェットティッシュならあるんで、これ使ってくれれば!そうですかぁ〜。そしたら、わたがしは僕が責任を持って食べさせていただいますね!」
小林がウェットティッシュを取り出そうとしていたが、両手にわたがしとフライドポテトを持っていて取り出しづらそうにしていたためフライドポテトを受け取った。どこから取り出すのかと思えば、懐から持ち運びやすいタイプのウェットティッシュを取り出した。
「はい。どうぞ」
ウェットティッシュをもらい、フライドポテトを渡す。まさか、浴衣の中にウェットティッシュを忍ばせているとは思わなかった。小林は鞄など持っていないが、携帯とか財布は帯の隙間にでも入れているのだろうか。
小林は手でつままずに直接わたがしを頬張る。隣で、俺はフライドポテトをつまむ。俺達、食べてばかりだなあと改めて感じる。まあ花火大会の花火を見るのも多少楽しみではあるが、屋台飯の方が何倍も良い。だが、子供の頃以来、花火大会に行った記憶も無いくらいに人混みが嫌いだった。ただ、今はこうして小林が隣にいる。不思議だ。綺麗な横顔を眺めながら、あの時のキスを思い出す。俺のファーストキス――吸い込まれそうな艶かしい唇を見つめ、もう一度キスしたい…と思ってしまった。
ドオォン、と一発目の大きな花火があがる。
「わっ…綺麗…始まったね」
花火を見上げながら小林は声を漏らす。次々と花火があがり七色に染まる小林の横顔。俺は、花火なんかより小林の横顔を見ていた。無邪気なキラキラした目で、花火が打ち上がる度に「おぉ」とか「うわああ」とか感嘆の声を漏らしている。その表情に、その声に、密着した体温に、花火に集中することができなかった。
花火はあっという間にクライマックスを迎え、終わっていった。ぞろぞろと動き出す人々。少し湿気ったポテトと三分の一くらいの大きさになったわたがしをその場で食べ切り、小林は手際良くレジャーシートを片付けた。
「さ!最後は何食べましょっか?」
「まだ食うの?」
間髪を入れずに思わず突っ込んでしまった。小林はキョトンとした顔で
「え?康幸さんお腹いっぱいですか?」と聞いてきた。
「や、まだ食えるけど…」
小林がこんなに食べるタイプだとは思わなかった。
「お祭りの、この特別感が大事ですからね!お家で食べるのと訳が違います。さ、行きましょっか?」
人混みの中をカメのように歩きながら、小林の食いたい物を探す。俺には、どうしても食いたい物など無い。小林にお任せした。
「あ!ありました!りんご飴!」
わたがしの後にりんご飴か?と驚いたが、小林はすごく嬉しそうだった。
「康幸さんも食べますか?」
「あー…。じゃあ、パイン飴」
りんご飴の隣にあったパイン飴を指差す。そこまで食べたい気分ではなかったが、パイン飴のサイズだったら食えると思った。
小林はりんご飴、俺はパイン飴を片手に歩き出す。白い浴衣姿にりんご飴の赤色が映える。小林はおもむろに携帯を取り出し、何か文字を打ち込んでいる。そして、俺の携帯がバイブする。タイミング的に、小林が俺にメールでも送ったのか?と思ったが、隣に居るのにメールをする意味が分からない。が、小林は俺をずっと見つめてくる。顔が、携帯を確認して、と言っているようだった。渋々携帯を開く。送られたメールを見て、俺は固まった。
『康幸さん、今日は一緒に花火を見てくださって、ありがとうございました。
康幸さんと一緒にいるだけで、とっても楽しかったし、いっぱいドキドキしました。
やっぱり、僕は康幸さんが好きです。
恋愛経験も少ない康幸さんを困らせてしまうかもしれないんですが、
僕とお付き合いしていただけませんか?
後悔はさせません。
康幸さんが喜ぶような、美味しい料理をいっぱい作りますよ。
きっと、いろいろと考える時間が必要かなと思うので、ゆっくりお返事待ってますね』




