1
三十八歳。ゲイ。一人暮らし。
え?俺のモーニングルーティンを教えてくれ?何で?――や、YouTubeで流行ってるからって、これビデオ通話じゃん。―――まあ、別に暇だからいいけど。
俺は、まず朝起きたら歯磨きをする。口の中をリフレッシュできるし、風邪予防に良いと、本当か嘘か分からないが聞いた事がある。その後テレビを点けて、耳でニュースを聞きながら、コーヒーを淹れる。電気ケトルに水を入れ、スイッチを押す。スーパーで買った一番安い顆粒タイプのインスタントコーヒーをマグカップに一杯入れる。
ぼーっとしてるとさぁ、テレビからよく『芸能人の〇〇が不倫した』とか、俺の人生には一ミリも影響しない内容を、コメンテーターが暑苦しく語ってたりするんだよ。芸能人に興味が無い俺からすると、逆にその熱意に尊敬するよ。俺は、今まで生きてきた三十八年間、全力で物事に取り組んだ事もなかったし、頑張ってる奴を見ると暑苦しいな、とか、よくそこまで熱中出来るよな、とか思ってた。―何?そういうのは要らない?モーニングルーティンと違うって?知るか。俺は他人のモーニングルーティンなんか興味無いから、見た事なんてねーんだから。
俺は他人に合わせて愛想良く笑顔を作ったりも出来ないし、一人でいる方が気が楽だし、自分の好きな事を好きなように出来るのが俺の性分に合っている。
そんな事を考えている間に、とっくにお湯は出来上がってて、マグカップに注ぐ。息を吹きかけて冷ましながら、そーっと飲む。美味いよ。安いインスタントコーヒーだけど、お湯を注いで作る、という一手間をかける事で、何倍も美味しく感じる。そしてキッチンに置いてあるバナナを一本食べる。食べ終わったら、シャワーを浴びて、再び歯ぁ磨いて、仕事に向かう。大体こんな感じ。―――笑うなよ!歯は朝から二回磨くよ!俺の勝手だろ。
*
俺は大学生の時まで、自分はノンケ(異性愛者)だと思っていたが、特に好きな女の子も居なかった。
やりたい事も、なりたい職業も無く、親に勧められた大学へ行って、淡々とした毎日を過ごしていた。
普段から一人で行動していたため、友達なんていなかったが、図書室で読書をしている時に、後ろに座っていた四、五人のグループがこそこそと話をしていたのを盗み聞いた。最初は聞くつもりなんて更々無かったが、
「〇〇学科の小林くんって、ゲイなんだって」
というのが聞こえた瞬間、俺は話の続きが気になって仕方なかった。他人なんかに興味なんて無かった俺が、何故こんなに気になってしまうのか、自分でも自分の事が分からなかった。
“ゲイ”がいるなんて、絵空事だと思っていた。同性愛者、男で男が好きな人…ゲイという言葉は知っていたが、こんな身近に存在するのかと驚いた。
小林は、パッチワークのサークルに入っていて、大学の近くのファミレスでアルバイトをしている、とのことだった。どんな奴なのか気になった俺は、ひと目見てみたいという気持ちに駆られた。だが、男の俺がパッチワークのサークルに行くのはハードルが高過ぎるため、小林が働いているファミレスに行く事にした。
一日目。顔が分からないため、男の店員がいれば、それとなく名札を見て苗字を確認する。小林は居ない。キッチンではなく、ウェイターとして働いていると聞いていたため、もし今日シフトに入っていれば会えるはずだが、三時間を超えた辺りで、長居している事に気が引けて帰った。
二日目。再びファミレスに来た。小林は見当たらない。俺は、普段人と関わる事自体を避けて生きてきたため、何故そんなに会いたいと思っているのか、自分でも分からなかった。結局その日は一時間くらい滞在して会えずに帰った。
三日目。流石に今日会えなければ、諦めようかとも考えていた。しかし、ファミレスに入った途端、
「いらっしゃいませ〜」
と一際特徴的な声で発声している店員が居た。名札を見なくても分かる。これが小林だ!明らかに、鈍感なタイプの人間でも感じる違和感。仕草が柔らかく、声も高め。近くで見た時に気付いたが、顔も化粧をしている。今でこそ、男で化粧をしている人も普通に居るが、当時は男が化粧なんて考えられなかったと思う。そして、柔軟剤の匂いなのか、ベリー系のほのかに甘い香りが漂う。飲食店で匂いを発していいのか、と思うだろうが、決して主張が激しい訳では無く、食事をしていても嫌味に感じない、清潔感がある香りだ。身長は、百六十センチくらいだろうか。男にしては小さめで、体も細い。化粧をしている顔は更に白さを増しているが、地肌も白い。化粧も決して濃い訳ではなく、近くで見ないと分からないくらいで、目鼻立ちもしっかりしている。美形だ。思わず見惚れてしまった。
「ご注文が決まりましたらベルでお知らせください」
と語尾を上げて、ハイテンションで小林に接客された。こんなに綺麗な顔立ちでゲイなのか、と不思議な異世界にでも来たような気分になる。
ピンポーン。
「お決まりですか?」
と大学生くらいの若い女性店員が来た。一日目と二日目と同じく、ドリンクバーとペペロンチーノを頼んだ。よく三日間も同じ物を頼むな、と自分でも呆れる。そんなにペペロンチーノが大好きな訳でもないが、食べやすいし、安くて早く提供してもらえるため、ペペロンチーノを頼む。目的も達成できたことだし、早く食べて早く帰ろうと思った。
コーヒーが飲みたくなり、ドリンクバーコーナーに向かう。すると、小林がこちらを見ながら向かってくる。少したじろいでいると、
「お客様、失礼ですが靴紐が解けていますよ」と、いつもやかましいくらいに元気良く接客しているのに、声のトーンも落ち着いた小さめの声で言われ赤面した。勝手にこういうタイプの奴は、気も遣えないだろうと思っていたのに違っていたこと、靴紐が解けているという小恥ずかしい内容に、普段人と関わらないようにして来たため耐性が無いのとで、一気に顔に血が集中するのが分かった。何も言えず、ホットコーヒーが出来上がると、そそくさと自席に戻り靴紐を直す。
(ペペロンチーノが来たら、急いで食べて帰ろう)
頭の中はその事でいっぱいになり、コーヒーを口に運ぶ。
「熱っ」
普段ならコーヒーの温度を考えて、少し息を吹きかけて冷ましながら飲んでいるが、帰りたいという気持ちでいっぱいで、コーヒーの事は何も考えていなかった。コーヒーの熱さで、頭がクリアになる。舌を軽く火傷したようでジンジンする。
俺は自分では気付かない内に、小林を目線で追っていた。若干オカマのような仕草をしているが、背筋はピンと伸びているため綺麗だ。誰にでも無条件に屈託の無い笑顔を向けている。俺には出来ない事だ。小林は接客が向いているんだな、と考えていると、小林と目線が合う。即座に目線を逸らす。
何で目が合うんだ?
……俺がずっと小林を見ていたからか?俺が?
他人の事なんかどうでもいいと、常々思っていた俺が、小林に興味を持っているということか?…自分に驚く。
「お待たせ致しました。ペペロンチーノでございます」
突然目の前にペペロンチーノが出て来て、更に驚く。考え込んでいて、周りの音に気が付かなかった。しかも、ペペロンチーノを持って来たのは、小林。心臓に悪い。
「あの、…もしかしてお客様って、〇〇大学ですか?」
突拍子もなく小林に質問され、驚いた俺は飲みかけのコーヒーを床に落としてしまう。幸い、小林や俺に被害は無く、コップも割れなかったが、申し訳ない気持ちになる。
「申し訳ございません!お怪我はありませんか?」と、小林も慌てて謝ってくる。
「いや、俺が落としたんで…」
コップを拾おうと手を伸ばした瞬間、小林と手が触れ合った。
「あ」
「あ、すみません…」
小林にまた謝られ、小林がコップを拾い、溢れたコーヒーも手際良く片付けた。
結局、同じ大学に通っている、と答えることなく、その日は帰った。
しかし何故、突然、小林は俺の大学のことを聞いてきたのか謎は深まる。
処女作です。
文章の量は大体百文字〜五百文字くらいと少ないですが、毎日更新しています。コツコツ楽しみながら書いていますので、ぜひ読んでみてもらえると嬉しいです。
たま〜に読み返して修正なども加えています。誤字脱字などのご指摘や、ご感想などもいただけると超喜びます。