悪夢の始まり
浩二が15歳の誕生日を迎えても、彼の心が感動に動くことは無かった。
親が手を叩いて喜んでくれても、浩二はどこか他人事のようで心から喜ぶことはできなかった。
自分は精神障害者かもしれない、と思っていた。
だから浩二の周りには友達と呼べる人はいなかった。だが浩二は、別にそれを嫌がってはいなかった。むしろ周りの生徒が騒がしすぎると感じていた。だから自分にはこれぐらいがちょうどいいのだと感じていた。
このまま、別にだれからも覚えてもらうことなく、高校生になり社会人になりそして
死んでいくのだ、と感じていた。誰かと喜びや悲しみを共有して、などといった事はせず
自分の問題は自分で解決していく、そういう運命だと感じていた。
薫という人間に会うまでは。
中学2年になったところで浩二にとってはそれは大きな事ではなかった。マラソンランナーが折り返し地点を回るように、それはただ通り過ぎ行く事であり、深い意味など無かった。
クラスの連中の話を聞いているとどうやら今日は転校生が来るらしい。ただ、浩二にはどうでもいいことである。転校生が来ようと来まいと、時計は今この時もチクタクと動いているわけなんだし、別に何も変わりはしない。最初は持て囃されても、いずれ1ヶ月もすれば慣れられる。そして、どのグループに入るのか選別される。それを拒否したら孤独な1匹オオカミとして残りの学生生活を勧告される。そうやって教室はきれいに区画整理されていくのだ。浩二がそうであったように。
植村先生が教壇に立った。教室はまだガヤガヤと賑わっていたが植村先生の姿を確認した生徒から次第に静かになっていき、完全に沈黙した。
「今日は転校生を紹介する。 佐藤薫君だ。皆仲良くするように」
転校生は、無表情でペコリと一礼だけすると、植村先生が指定した空き机への移動し始めた。男からはろくに相手にされていなかったが、その際立ったルックスは、いわゆるイケメンと呼ばれるレベルであり、女子生徒の目線は輝き、周囲の群れの仲間に、自分の感情を意思疎通させようとヒソヒソと小声で話しかけ、時には笑いながら、転校生を見つめていた。
薫と呼ばれる青年は、そのような視線を全く気にも留めず、机に座った
。
薫の席は浩二の後ろだった。浩二は、まるで自分が睨まれているような、そんな視線を背中に感じた。
授業中も不快だった。全く授業の内容が入ってこなかった。元々他人が後ろの席になるのは苦手だが、薫が座った途端、浩二の背中は激しい悪寒に襲われた。それは今までに感じたこともないような不快感であった。制服の内側に氷を入れられたような、そんな視線の冷たさが浩二の背中に突き刺さった。
休み時間、薫の周りには女子生徒で環状の囲いが完成した。まるで、男子からの攻撃を守るように、そして自分たちのものにしようとするように、築かれた壁は見た目以上に高くせり立っていて、薫の姿を捉えるのは難しかった。しかし、男子生徒もバカではない。自分たちよりも人気がある、力があると思った人間がいるとその環境に順応するために、わざとスキンシップをとりに薫の机に集まる。そうして、薫は男子、女子からも(たとえそれが表面上だったとしても)クラスの人気者として支配することができた。
自分の時にはだれも来なかったくせに。。。
浩二は不愉快であった。浩二が転校してきたとき、彼らの視線は自分よりも下の人間を見るような蔑んだ視線や、失望感の視線だった。隣の席の人間が浩二の諜報役として数回の何気ない質問をしてきたが、それが順応に値しないというレッテルを貼られると、彼らから適応するような行動を起こすようなことはなかった。浩二はこのクラスでは「不適格者」という刻印を押されたのだ。
2時限目の授業を知らせるチャイムが鳴ると、彼らはけだるそうに自分たちの机に戻り、その準備をしだした。浩二も机の下から教科書を取り出そうとしたとき、「ねぇ」と後ろから声が聞こえた。薫の声だ。
「なんで君は僕に話しかけてこないの」
声変わりしたての低めの薫の声は、授業中に感じた視線のように、冷たく浩二を突き刺した。何も悪いことをしていないのに、あたかも自分が悪いような言い方だった。
「なんで話しかけないといけないんだい」震える声で浩二は反論した。薫に対してムキになっていた。心臓の鼓動がドクドクと心拍数が上がっていくのが実感できた。
「何怯えてんのさ。かわいいね。君」
2時限目の英語が始まった。