S23 VS Green Goblin Chief
揺らめき立つグリーンゴブリンチーフと周囲を囲む兵士達。その数ではやはり圧倒的に不利。加えて、ライザーがダメージに倒れた今、敵の指揮官を残った冒険者で負担する必要がある。だが本音を漏らせば誰も進んでその役割を申し出る者は居ないだろう。
最後の希望が垣間見えた今だからこそ、残された生への可能性に執着してしまう。冒険者達が互いにその役割を視線で押し付けていたその時、一人の冒険者が前へと歩み出る。
「生への執着心か。怯える気も分からんでもないわ。止むを得んな」
そんなジ・オングの姿に釣られるように前へと歩み出る二人の冒険者。
「爺さん一人じゃ役不足だろう。俺も加勢するぜ」
「宣言する暇があるなら行動に移せよ」
ジャックを嗜める言葉を吐くと同時に駆け出すマイキー。俊足の動きにグリーンゴブリンチーフがマイキーの動きを追い始める。
――トップスピードを出せれば――
敵の前方で攻撃を誘導しながら、狙い通りその強烈なクレイモアの軌道から身を反らし回避するマイキー。
同時に、視界の中では敵の首が大きく捻じ曲がり片膝をつく敵指揮官。
「全力で蹴ったんじゃが。流石に一筋縄で行かぬか」
身体を回転させ、強烈なオーバーヘッドの蹴りを見舞わせたジ・オングの足を反射的に掴んだグリーンゴブリンチーフ。少なからずの動揺を見せた老体をその豪腕でぐるぐると振り回すとそのまま地面へと叩き付ける。
叩き付けられたジ・オングの身体が空中に大きくバウンドし、舞い上がる。ライザーの治療に当たっていたメサイアが思わず動揺して立ち上がると、宙を舞うジ・オングが漏れる言葉が響く。
「全く遠慮の無い奴じゃ……少しは年寄りを労わらんか」
空中で軽やかに体勢を整えたジ・オングは地表へと着地する。
「ジ・オング。大丈夫か」と掛け声を上げるマイキー。
「受身はしっかり取ったんじゃが。おかげで右腕がいったわ。暫く使い物にならん」
ジ・オングの攻撃のタイミングは完璧だった。敵が攻撃をミスしたその隙を狙っての打撃。だが敵は超人的な反射神経でジ・オングの身体を捉え反撃に転じた。
たった一瞬の攻防だが、これではまともに近付く事さえ困難である。
「俺なら盾がある。この中では一番防御も固いからな」
バロックタージェを構えながら敵に突撃するジャック。
その後姿にマイキーが手を伸ばす。が、時は既に遅い。力任せに振るわれる敵の強烈な斬撃に対して盾を構えるジャック。
「無理だジャック! 避けろ!」
マイキーの怒声と同時に、ジャックが合わせた盾に迸る衝撃。瞬間的にジャックのその表情が歪み、弾き飛ばされた盾を無視してジャックの身体を切り裂く凶刃。
体感にして約数百kgの衝撃力を受けた彼は、今後退り地表へとその身体を崩す。
駆け寄ったマイキーの腕の中でジャックは大量の光芒を巻き上げながら虚ろな瞳で中空を見据えていた。
「ジャック……しっかりしろ!」
赤点滅を始める彼の様子から、その状態は瀕死。
「メサイア、ジャックの治療を!」
掛け声に振り向いたメサイアが頷くと、マイキーは眼前に迫る敵指揮官へと向き直る。
ジ・オングも未だ対峙はしているものの、片腕の機能を失った今彼は戦力には換算出来ない。
危機迫った状況の中でマイキーは覚悟を決めていた。
――こいつは僕が殺る――
地面を蹴ると同時に敵の射程内まで飛び込む。振り上げられた敵の攻撃を誘発し、縦薙ぎの両手剣を躱すと反射的に敵の胸元へバロックナイフを突き刺し距離を取る。
振り回される敵の豪腕を見切りながら、再び距離を取り敵の注意を引きつける。背後からはジ・オングが敵の後頭部に目掛けて的確に打撃を加えていた。
一瞬よろめく敵の視界に再び踏み込みながら、再び敵の攻撃を待つ。
一撃を食らえば致命的。だが、マイキーはその危険を敢えて犯してこの闘いに臨んでいた。ライザーの敗北によって前線の士気は確実に低迷している。だが彼がこのグリーンゴブリンチーフに与えたダメージもまた深い。もはや、自分達に残された希望はこの指揮官を打ち倒す事だけだった。
紙一重で躱した敵の剣筋が肩元を抉り、光芒が漏れる。だがそんな些細な衝撃など気にしている暇は無い。攻撃後の僅かな隙を縫って敵の急所へクリティカルを浴びせる。そして、死角からジ・オングの打撃に期待する。
周囲では仲間の冒険者達が必死に兵隊達の相手をしているが、それでも流れ矢は絶えず飛んで来る。突き刺さる矢弾をその身に受けながらも、もはや残された選択肢など他に存在しない。
グリーンゴブリンチーフが今その醜悪な顔面一杯に大口を開け咆哮する。
「Oooooooooooo!!!」
今振り上げられる両手剣に対し、マイキーが回避の体勢を取ったその時、一筋の流れ矢が彼の脹脛を射抜いた。その一瞬の交錯が致命的、踏み込む足の一瞬の躊躇が回避を遅らせる。
眼前に迫る剣筋を前に為す術も無く身体で受け止めた瞬間、全身を包み込む浮遊感と共にマイキーの感覚が飽和する。
スローモーションのように浮かび上がる世界。地表に叩きつけられたマイキーは微動だにする事は出来なかった。激しく痙攣する身体に悪寒を感じながら彼はただ後悔の念に追われていた。
「小僧……うぬぉ」
助けに向おうと駆けつけたジ・オングもまたマイキーを庇い敵の豪腕によって弾き飛ばされ地表へと沈む。
周囲の冒険者達も遂には限界が訪れ、敵の波状攻撃の前に膝を付き倒れ始める。完全に冒険者達の意識が凍りつき、訪れたのは死の気配。
治療の途中でありながらも戦線への参加を余儀なくされたメサイアが敵の攻撃に備え、ライトワンドを構える。その意志は不屈の精神の元に立ち上がっていても、その表情は絶望の前に歪む。
「Oooooooooo!!!」
グリーンゴブリンチーフの咆哮が響き渡り、そして全ての希望が潰えかけたその時だった。
敵の狩人陣営を切り裂く閃光。グリーンゴブリンの兵隊達の身体が宙へと舞い上がり、次々と倒れて行く。
それは突如として戦場に煌いた希望の光。その光の正体は紛れも無く、この戦線を指揮しているCrewjing Dustの面々だった。敵戦士の心臓を一突きに貫いた槍を引き抜き、前線へと歩み立つボナパルト。
「待たせた。思いの他手間取ってな。怪我人を頼む」
ボナパルトの言葉に頷き立ち上がるメサイア。
「戦線を支えて下さった事に感謝します。ここからは我々が引き受けます」
彼女に向かって歩み寄り、細かな指示を与える冒険者は指導者達の参謀シューリッヒ。
「随分と派手に暴れてくれたようだね。でもこれで残るはこいつだけ。希望は残されてるよ」
そう語る赤髪の女性はスカーレット。彼女もこの戦線を生き抜いた者の一人だった。
スカーレットの言葉に頷くCrewjing Dustの団員達。彼らは大いなる意志の下にそれぞれの役割を今ここで担い目的に向い始める。
メサイアの介抱を受けながらマイキーは朧気な意識の中で、最後の戦線を支えるその勇者達の姿を虚ろに映し出していた。
――最後の希望――
死地の中で垣間見たその光は何よりも尊く輝いて見えた。