S20 風前の灯火
郊外広場へ集まった冒険者達を先導する者はスカーレットを含め七人の冒険者達だった。
彼らはCrewjing Dustと呼ばれるコミュニティの一員で、団長のBonaparteはLv13の冒険者であった。その他の団員も皆Lv10を超えた強者達。先発調査隊である彼らは今回の一件を聞きつけ、彼女の協力要請に応じたと云う。
「敵は凶大だ。戦場では多くの犠牲者が出る事は間違いない。だが怯む事無かれ。我々は絶対的正義の元に動いている。努々それを忘れるな。我々の精神は不滅だ」
ボナパルトのなまじ宗教めいた発言に困惑する冒険者達ではあったが、彼らの参報のShurichと呼ばれる冒険者の発言に場は少なからずの安堵を覚えていた。
「敵の数は凡そ三百。彼らの中には三体以上の隊長格グリーンゴブリンチーフが居ると思われます。奴等のレベルはLv10。今の君達では到底敵う相手では無いでしょう。連中の相手は我々がします。戦場で発見した場合は絶対に近付かず、我々に報告して下さい」
シューリッヒの言葉にマイキーの周囲の血の気の多そうな冒険者達は微笑を零し、受けた指令への反意を示し始める。
「ああ、これだけ人数居るんだ。敵の倍だぜ。楽勝だろ」
「構う事ぁねぇよ。俺達で敵の隊長格ぶっ潰そうぜ。雑魚は周りに任せときゃいい」
そんな冒険者の言葉を聞きながらマイキーは彼らと視線が合うと目を背ける。
――奴等の恐ろしさを知らないから……そんな事が言えるんだよ――
ふと肩を叩かれたマイキーが後ろへ振り返る。そこには見覚えのある頑強そうな赤銅の鎧に身を包んだ男が佇んでいた。
大柄の体躯に背にはクレイモアを携え、不敵な眼差しを浮かべる大男はかつての仲間との再会を喜び手を差し延べる。
「また会ったな」
「フリード、来てたのか」
この街に存在するプレイヤーの総数からすれば位相的にも充分に鉢合わせしてもおかしくはない。タイミング的にも彼が野営地への討伐隊に加わっている事はマイキーにとってはそう疑問を浮かべるところでは無かった。
フリードとの再開を喜び固い握手を交わす仲間一同。
彼の話によると、あのアルゼロデスとの死線を共にした仲間達の多くは今回の作戦に参加しているとの事だった。その中にはあのジ・オングやメサイアの姿も在ったと云う。
「それでは、これより進軍を始める」
ボナパルトの掛け声に荒野へと足を進める総勢六百名の冒険者達。
赤土の荒野を踏みしめながらジャックは辺りを見渡しながら、まるで昔を懐かしむかのように呟く。
「皆、来てるのか。アーガスの奴とかも来てるのかな」
その言葉を受けて、フリードが若干眉を顰めた。
「先日、街である噂を聞きつけたんだが。町から西へ17km地点で連中の襲撃を受け被害に遭ったプレーヤー達の事は知っているか?」
「ああ、聞いた。野営地が近いからな。残念だけど、連中の的になったんだろ」
ジャックの言葉に頷いたフリードはそこである言葉を付足した。
「その被害に遭った冒険者の名前がArgusとRemiaと云うそうだ」
その言葉に固まる一同。この世界の中には同じ綴りの名前ならまだしも、同じ発音の名前ならいくらでも存在する。挙がった名前は彼らを想起させるが可能性の問題に過ぎない。
フリードは皆のその表情をじっと見つめながら言葉を続ける。
「あくまで噂に過ぎない。そう思ってプレイヤー検索で彼らの情報をチェックしてみたところレベルダウンしている」
「あながちただの噂とも言い切れないって事か」と舌打ちするマイキー。
そして、彼らは今スティアルーフに居る。その言葉を聞いた仲間達の頭の中であらゆる妄想が頭の中を駆け巡った。死線を共にした仲間が殺された可能性のある相手。
これは決して油断の出来ない戦いだと、捉えどころの無い異様な胸騒ぎが告げていた。
歩む内に冒険者達は次第に言葉少なとなる。これから迎える死線を前に緊張を隠しきれない冒険者も多かった。気分の悪くなった冒険者は、休憩中の棘サボテンの果肉を絞りそのエキスを鎮静剤として飲み干す姿も見受けられた。赤土の荒野を西北西へ二十キロ。吹きつける赤土や途中ワイルドファングの奇襲を切り抜けながら、数度の休憩を経てその日の深夜、行軍はその足を止めた。
灌木を骨組みとして組んだ赤土倉が見えてくると、冒険者達の緊張が自然と高まる。
「あれが、敵の野営地だ。ここからは精神の戦いとなる。たとえ仲間が殺られても振り返る事無かれ。仲間の屍を越えてでも敵を打ち砕く。それこそが冒険者としてのあるべき精神だ。もはや我々に退路など無い。敵の首を取って掲げよ」
ボナパルトの掛け声と共に一斉に猛り声を上げる冒険者達。
そんな冒険者達の覇気が流れたのか、実際には風上における冒険者達の臭いが赤土倉の野営地へと流れ込み、連中の鼻腔をくすぐったのだった。
闇に沈んでいた野営地に昇る幾つもの松明。敵の存在を嗅ぎつけた連中が雄叫びを上げながら荒野へと向って飛び出してくる。
次々と現れるグリーンゴブリンのその集団に冒険者達の緊張が臨界点に達する。
「怯むな。進め!」
一直線に敵集団に向って切り込んで行くボナパルト達に続き、冒険者もまた精一杯の雄叫びを上げながら突撃して行く。辺りには武器と武器が重なり合う音と共に悲鳴が上がり始める。
集団と集団がぶつかり合うその光景はまさに戦争。今までのこの世界で見てきたどんな光景よりも緊迫したその空気が自然とマイキー達に足止めを掛ける。
「僕達も行くぞ。連中を根絶やしにするんだ」
マイキーの言葉に持っていた剣を握り締め息を呑むタピオ。
この時、冒険者達は自らの誤算など考えもしなかったのだろう。緑色の肌に隆々とした筋肉を唸らせながら、その醜悪な顔面に八重歯を剥き出して暴れ回るグリーンゴブリンの集団。
倍近くの動員数を持った自軍ならば敵を滅ぼす事もそう難しい事では無いと信じて止まなかった。
敵味方問わず倒れる戦場において、最終的に生き残り立つのはどちらか。だが戦場の女神は決して奴等に微笑む事は無いだろう。奴等はその女神にさえ刃を手向けるのだから。