S19 緊急集会
正午過ぎ、町の郊外広場では人々の話し声が重なり響き、ざわめきと化していた。集まった冒険者の数は裕に千人を超えていた。人口密度の少ない街でこれだけの冒険者が特定エリアに集結する事は珍しい。それだけに、今回の事件に関しては冒険者達の危機管理、又は興味に訴え掛けるものが深かったのか。
集結した冒険者を前に、特設された高台の上から一同を見下ろす冒険者が数名。その中にはあのスカーレットの姿が在った。高台の上からマイクを通して彼女の声が響き渡ると、辺りはしんと静まり返る。
「皆、よく集まってくれたね。私がメールを差し出したスカーレット。今日はこんなに集まってくれて本当に感謝するよ。早速だけど、本題へ移るよ」
真剣な彼女の眼差しにざわめきは完全に消えて行った。そんな静寂を作り出したのも、一同の視界の中には無残に破壊された噴水の女神像が映っていたからに他為らない。たとえ昨夜の一件を知らぬ者でも、この有様を見れば何か重大な事が起こったという否が応でも認識する事が出来る。
「連中の残忍さ、その驚異的な破壊力は見ての通りさ。昨夜、この街を襲った連中は百名にも満たない。たったそれだけの人数でこの街の中枢機能を担うシンボルが破壊されたんだ」
スカーレットの言葉にここで少なからずのざわめきが上がる。だが、冒険者達は自ら感情を諌めて再び静寂を取り戻した。
「まだ知らない人も多いかもしれないけど、女神像の街における役割って言うのはただのセーブポイントという意味合いだけじゃないんだ。女神像は開拓において非常に重要な意義を持ってる。彼女はこの街においても重要な役割を果たしているんだ。その一つが開拓領域の拡張と発展。女神像が存在する街は冒険者からの寄付金によって街の開拓領域を広げ、発展させる事が出来る。裏を返すと、女神像が破壊された時点で街の発展は止まる。プレイヤーズエリアにおける一切のその機能も失われるんだ。二つ目が、街の自己修復機能。女神像はシステム側で用意された建物や施設、予め設定されたプレイヤーズエリアの建築物が破壊された場合、自動的に修復してくれる機能を持ってる。もし女神像を失った場合、開拓の礎となるギルドや交通機関が破壊されたら修復する術を私達は失うんだ」
冒険者達が聞き入る中、スカーレットは一つ咳払いをして話を続ける。
「この街では今連中の破壊工作によって女神像は失われてるんだ。だから、この街は今死んだも同然なんだよ。まずは、この街に女神像を取り戻す事から始めたいと思うんだ。女神像の再建設には十万エルクの費用が掛かる。これはプレイヤーの寄付金によって行われる」
そうしてスカーレットは高台から一同を見渡し、その人数を大まかに数え上げて行く。
「今ここには千人を超えるプレーヤーの皆が集まってる。どうか、皆に街への寄付に協力して貰いたいんだ。女神像の復活には一人当たりにして百エルク。それだけの費用でこの街に彼女を取り戻す事が出来る。これは私達皆の問題だ。だから、是非とも協力をお願いしたい。この通りだよ」
そう言って深く頭を下げるスカーレット。そんな彼女の様子に冒険者からは同意の声が上がり、小さな拍手が次第に大きなざわめきを呼び始める。いつしか絶え間ない大きな拍手に包まれ騒然とする場の中で、マイキー達もまた彼女に精一杯の拍手を送っていた。
「具体的な寄付の方法だけど、これはギルドに安置されてる聖碑から行う事が出来るんだ。聖碑というのは開拓の象徴。街の起源はこの聖碑と呼ばれる絶対不可侵なモミュメントから全ては始まる。せめてもの救いは世界各地に散らばっているというこの聖碑だけは絶対に破壊される事は無いという事さ。この聖碑に寄付する事で、街に建造物や新たな機能の付与を行う事が出来るんだ。女神像ってのはこの聖碑で建造出来るシンボルの一つなんだよ。そしてこの女神像が開拓の基点になってるんだ。だから皆には御手数取って申し訳ないね。後で忘れずに、寄付の為にギルドへ足を運んで欲しい」
同意する冒険者を確認したスカーレットはそれから本題へと移り始める。
「実は今日皆にお願いしたい事はもう一つあるんだ。どちらというとこっちが重大な問題でね。この町から西北西へ二十キロ地点にて連中の野営地が発見されたんだ。今回の襲撃を受ける直前に一部では街の周辺でグリーンゴブリンに襲われたというプレーヤーからの報告も入っていた。迂闊だったよ。この話を受けてもう少し早めに周辺調査に乗り出していれば、連中の襲撃を予防できたかもしれない。今回の襲撃においても連中が拠点としているのは、その西北西二十キロの野営地でまず間違いない。連中が再び攻撃を仕掛けてくる前に、まずここを叩き潰す必要がある。叩くのは出来れば早ければ早い方がいい」
彼女が示唆する内容はその連中の野営地に直接に乗り込み、連中を根絶やしにするという過激なものだった。だが、実際にこの街は昨夜からいつ襲われてもおかしくない状況下にある。
「出来れば討伐に協力して欲しい。お願いだよ」
スカーレットの言葉にざわめき立つ冒険者達。だが同時に会場からは血気盛んな昨夜の一件を知らぬ冒険者達が真っ先に手を上げ協力の意志を見せ始める。それに釣られるかのように次々と手を上げる冒険者達。郊外広場に映る挙手数、その数六百名程の冒険者達が討伐に参加の意志を見せていた。
「ありがとう、残った冒険者の人達にはもし奴等の別動隊が襲撃した場合に備えて街を守って欲しい。討伐に参加する人達は、今から約一時間半後の午後三時にここを出発して、深夜には連中の野営地を叩こうと思う。重ねるけど皆、協力本当にありがとう」
盛大な拍手に包まれる郊外広場。冒険者達はそれぞれの意志を胸に秘め、迫る時に備えて限られた時間を過ごすのだった。
郊外広場での集会の後、マイキー達は早速寄付金の為ギルドへと赴いていた。
薄暗いギルドの奥に安置されたのは聖碑と呼ばれる一枚岩の石碑。暗闇の中で薄い発光を帯びたその厳かな景観は独特の緊張感を冒険者達に与えていた。
マイキー達は安置された手摺りの外側から寄付金の項目を開き、それぞれの所持金から各々が思う金額を振込み、メッセージを確認する。
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■女神像の復興支援金について
ご協力ありがとうございました。現在、集められた御寄付は女神像復興の為に大切に扱わせて頂きます。
現在の御寄付総計:14563ELK
復興まで後:85437ELK
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表示されたメッセージを確認したマイキー達は駅前通りに出ると、辛うじて残った街のならず屋で必要なアイテムを買い揃え郊外広場へと戻る。
理由は言うまでも無い。野営地への討伐に参加する為だった。街を破壊した連中を許すつもりは無い。連中に制裁を加え、決着するのはあくまで自分自身の手で。
決意に漲った彼らの深い瞳はどこか物悲しく、そして厳しかった。