S18 破壊の痕跡
昨夜はまさに悪夢だった。連中の襲撃というあまりにも唐突な侵略行為に為す術無く倒れた冒険者達。広場から必死に逃れた冒険者達の多くは皆デトリック・ホテルのロビーへと集まり、恐怖に手を取り合いながら眠れぬ一夜を明かした。
完全に疲労し切った冒険者達だったが、翌朝冒険者達の幾名かが立ち上がり郊外広場の様子を窺がいに行く事を決める。
「このままここで怯えてたって埒があかない」
マイキーの言葉に頷く冒険者達。だからと言ってあの恐怖の郊外広場へ赴く事は、その現場に居合わせた者達にとっては余りにも苛酷な心境だった。
昨夜の一件で死亡した冒険者達は街へと戻って来なかった。居合わせた冒険者の中には彼らから連絡を受けた者も少なからず存在し、何でも彼らは今スティアルーフに居るという話だった。何故彼らがスティアルーフに存在するのか。彼らの中にはここデトリックにホームポイントを設定していた者も数多い。
この事実から冒険者の中ではある悲しい推論が打ち立てられていた。
「女神像は……破壊されたのか」
マサキという名の冒険者の呟きに首を振るユキヒコ。隣では連れの女性が深い悲しみにうち沈んでいた。
「それを確認する為にも、一度郊外広場を見てくるんだ」
マイキーの言葉に偵察へと共に向う意志を見せた冒険者達が頷く。その中にはジャックの姿も在った。
彼らはホテルを背にすると、静まり返った駅前通りを渡り郊外広場へと歩む。一夜明けた今日の駅前通りは所々に生々しい痕跡が残され、酷く物悲しい。
人の気配の無い駅前通りを抜けると、そこには荒れ果てた広場が広がっていた。叩き壊され瓦礫と化した多くのプレイヤーハウスに囲まれた中央噴水の周りには先に様子を窺がいに来たと見られる冒険者達の一団の姿が在った。
自然と噴水へと足取りを向けた偵察団は彼らの周りに並び立つ。
マイキー達の気配に気付いた先着団の一人が振り向く。その人物の姿にジャックは眉で反応し思わず口を開いた。
「あんたは……確か」
ワイルドファングの毛皮に身を包んだ赤髪の女性はジャックの姿に首を傾げると思い返したように顔を上げる。
「ああ、あんたは確か。郊外でプレイヤーショップを建ててたオーナーさんだね」
彼女の言葉に頷いたジャックを傍らにマイキーは彼女へと語り掛ける。
「その節はお世話になりました。スカーレットさんですよね……ところでこの集まりは?」
マイキーの質問に溜息を吐き俯くスカーレット。
「どうしたもこうしたも……見てご覧よ」
彼女が促す先。その先を見つめたマイキー達の視線が釘付けになる。
そこには無残に破壊され下半身を剥き出しにした哀れな女神像の姿があった。水源から像を通して吹き出す透水が痛々しい。
心のどこかでは女神像の無事を願っていたマイキー達が厳しい事実を突き付けられ完全に閉口する。
「まさか連中が襲撃してくるなんてね。街から二十キロ地点には連中の野営地も発見されてるし、これは早急に対策練って対処しないと。街の危機だよ。ただえさえ、この街のプレイヤー人口は少ないんだ。悪いけど、あんた達も協力してくれるかい」
「ええ、具体的にはどう協力すればいいんです?」
スカーレットの言葉に頷くマイキー達。
「今日の正午過ぎに街の郊外で大規模な集会を開いて、プレイヤー間における連中への対応策とその意志を統一したい。悪いけどあんた達も出来る限りのプレイヤーに声を掛けて集めてくれるかい。数が集まり次第、こちらから連中のアジトに乗り込んで奴等を叩く。私達に残された道はそれしかないんだ」
またいつ襲ってくるとも限らない。昨夜街を襲撃した連中はまだ近くでうろついているかもしれないのだ。
「集会はなるべく早く行いたいと思ってる。今この街に存在するプレーヤーには私から一斉にメールを送っておくから。あんた達も、この街や周辺で見かけた冒険者達に声を掛けて参加を呼び掛けて欲しいんだ。メールが届かなかった人は勿論の事、届いた人だってただのメールじゃ、昨夜の事件を知らない冒険者にとっては厄介事に首を突っ込みたくないって心理が働いても不思議じゃないからさ。頼むよ」
「分かりました」と了承するマイキー達一同。
切迫した状況である事は我身が身体で理解していた。昨夜のように何の前準備も無い段階で連中の襲撃を受ければこの街はいとも簡単に陥落する。
あの女神像の無言の訴えを目にしたマイキー達にとって、突き付けられた無慈悲な事実を真実と理解するのは容易い。
ホテルへの帰り道、郊外広場を後にして数分後、冒険者達のPBにはあるメールが一通届いた。
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差出人 Scarlet
宛先 Area[Detlic]
題名 【重要】Green Goblin緊急対策集会
本文 突然のメール失礼。わたしはスカーレット。
このメールはこの街に居る全てのプレーヤーに送ったもの。
どうか最後まで目を通して欲しいんだ。
知っている人も多いかもしれないけど、昨夜デトリックの街が
グリーンゴブリンによって襲撃された。
残念ながらこの襲撃で命を落とした冒険者は数多い。
加えて何より深刻なのは、街の女神像が破壊されてしまったんだよ。
女神像が破壊されてしまった今、この街は死んだも同然なんだ。
再び連中から襲撃を受ける前に早急に対策を練る必要がある。
ついては下記の日時・場所で緊急集会を行いたいと思う。
【場所】:郊外広場
【位相】:A-1
【日時】:PM1:00
これはこの街の全ての冒険者に関わる大切な話なんだ。
出来る限りの冒険者に参加して貰いたい。そう勿論あなたにも。
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送られてきたメールをデトリック・ホテルに戻った面々は、その文言の一つ一つを噛み締めるように頷く。昨夜の出来事が衝撃的だった反面、当事者達の結束力は固かった。
「出来る限りの冒険者に呼び掛けよう」
スカーレットの感情のこもった文面は当事者達には何より理解出来るが、それ以外の冒険者にとっては不意打ちも良いところだった。斜に構えた冒険者達は当然の事、一般的な冒険者においても無視する可能性は否めない。少しでも多くの冒険者達からの理解と協力を得る為に、デトリック・ホテルに集結した今朝から一睡もしていない冒険者達は街の方々へと散って行くのだった。
街の方々へと冒険者達が散る中、マイキー達はある場所へと向っていた。昨夜の襲撃以来、彼らはずっとその安否を気に掛けていた。街から約七百メートル離れた荒野の中に佇む一軒の赤煉瓦の建物の前で胸を撫で下ろす一同。
「良かった。店は無事だったんだ」と笑顔を見せるタピオ。
外周を回ってその被害状況を確認するが、奇跡的な事に全くの無傷だった。
「本当に奇跡的だな。運良く連中の進行ルートから外れてたのか」と、建物に手を掛けながらその赤煉瓦の感触を確かめるように撫でるマイキー。
「これも女神様の思召しね」と呟くアイネの言葉を誰も否定はしなかった。
正直、仲間の中でも女神像の破壊という今回の出来事はショックだった。ゲームの中ではセーブポイントという重要な役割を司る平和の象徴とも言えた女神像があのような姿と化した事は、一同の心に深傷を刻み込んでいた。
「なんかさ、許せねぇよな……分かってるんだ。これはただのゲームの世界だって事は。だけど、連中が仕掛けてきた行為は許せねぇよ」
ジャックの呟きに周囲は無言で頷き、そして視線を伏せる。
「昨日の襲撃で、何人もの冒険者が命を落とした。その中にはうちの店を訪れてくれた人も居る。これは他人事じゃない。連中は僕達プレイヤー全員の敵なんだ」
「だから力で捻じ伏せる。殺られる前に殺る、か」
ジャックの言葉にマイキーは「その通りさ」と告げた。
「でも私達の行為は侵略行為には当てはまらないのかな。元々この地で生活していたのは彼らが先なのかもしれない。例え人間に対して敵対的だからと言って力で捻じ伏せたら彼らと結局同じじゃない?」
真顔でアイネが紡いだ言葉に苦笑するマイキー。
「倫理的にはお前が言ってる事は至極正論だろうな。だけど敢えてこの言葉を贈るよアイネ。真剣に捉え過ぎだ馬鹿。何度も言うけど、これはゲームなんだ。現実とゲームの区別は付けなきゃ自己崩壊するぞ。クエスト上でも連中の討伐は義務付けられてる。分かるか、これは進行上の義務なんだよ」
「マイキー、その言葉本気で言ってるの。義務だから……相手を滅ぼすの。そんな理由で本当に相手を滅ぼせるの?」
アイネの言葉に一瞬不意を打たれたのは確かだった。だが、自分の言葉が過ちとも思えない。この先住民との闘争はあくまでもシステム上組み込まれたイベントなのだ。デトリックという街を守り、発展させる為には連中を駆逐する必要がある。和解などという道は有り得ない。
アイネの言葉を受けてマイキーは少なからずの憤りを感じていた。たかがゲームで何故こんなに思考を乱されなければならないのか。敵を滅ぼす、ゲームならば基本行為だ。だが、何故だかアイネの言う通り、思考を突き詰めればそこでは深く倫理観が自らの行為を問い掛けてくる。
「先住民との闘争、侵略行為。戦争の虚しさでもプレーヤーに暗に問い掛けてるって言うのか。だとしたら履き違えもいいところだな。ゲームの世界でこんな形で訴え掛けられても説得力は感じない。そこまで開発陣営が考えてるとは思えない。ただの深読みさ」
そう呟きながらもマイキーは自らの矛盾に気付いていた。たとえ開発陣営に問題提起をする意図が有ろうが無かろうが、この世界から何を感じ何を読み取るかは全てプレイヤーに委ねられている。
アイネが感じた事を問題とするかしないかは全て自分自身の問題だという事を。