S7 星砂の海岸線
午前九時半。藁々で合流したマイキー達は一度ギルドへと向った後で、再び島の西海岸へと赴いていた。砂浜からどこから入手したのか煙草を口に、遠景に映える島の姿を見つめるジャック。海風から遮るように煙草を手で覆うと、ジッポで火を灯す。そんなジャックの様子を見つめるマイキーとアイネの視線に彼は煙を吹かしながら口を開く。
「道具屋で売ってたんだ。香煙草とかいう奴さ。人害は無いらしい」
弁解するような彼の口振りにマイキーは苦笑する。
ジャックは重度のヘビースモーカーだ。現実でも一日に五箱吸う時もある。おまけにアルコール中毒まで構えた廃人だ。
香煙草の噂は当然マイキーも耳に入れていたが、敢えてジャックには黙っていた。別段教える義務も無いが、彼が何気なく手を口元に当てて息を吹く様子から、どの道彼がこの世界で手を出すのは時間の問題だろうと考えていた。
「責めるつもりは無いさ。こんな世界まで来て興醒めだろ」
そう語りながらそこでマイキーはここへ来るまでに武器屋、防具屋で装備を補強した際に、ジャックが購入を控えた理由を確信した。
彼は買わなかったのではない。買えなかったのだ。
敢えて問い詰めるつもりは無いが、昨日稼いだ総計150ELKは既に煙草と酒代に消えたと見て間違い無い。
アイネがジャックに煙草を一本せがむ様子を見つめながらマイキーは朝の海原へと視線を戻す。
マイキーの思惑通り、朝の西海岸には昨日の日没に消えて行ったあの星砂の海岸線がはっきりと浮かび上がっていた。位置関係から見て、この海岸線が目的の孤島へ通じている事は間違い無い。沖合い2.3kmという情報に照らし合わせるならば、そんなに距離は無いだろう。足場が足の取られる砂浜だという事を考慮に入れても、一時間もあれば充分に辿り着ける距離だ。
海岸線には既に他の冒険者達の姿も見られた。目的はやはりあの島だろうか。
彼らに続いて無言で海岸線に足を掛けるマイキーの後に、慌てて従うジャックとアイネ。
それから歩く事、十数分。朝の柔らかな陽射しはいつしか照りつける強い陽射しへと変わりつつあった。上空には黒斑を持ったカモメのような鳥々が羽ばたきを上げていた。そんな下、他愛も無い会話を交わしながらマイキーとアイネが海岸線に沿って歩く後ろで、ジャックは上空を羽ばたく鳥々に向かって指笛を大きく鳴らす。
その指笛を聴いてか、上空を滑空していた鳥々が急に高度を下げ、その中の一羽がジャックの腕に舞い降りた。その様子に海岸線を共に歩いていた冒険者の一行が驚きを隠さない様子で見つめていた。
近くで見ると、その大きさはかなりのものだった。翼を広げれば一メートルに及ぶかもしれない。
「見ろよこいつ。人懐こいぜ」そう言って黒斑鳥の背筋に沿って撫で下ろすジャック。
「ジャック、すごい。懐かれたの?」そう言って歩み寄るアイネもまた鳥の頭を優しく撫で始める。
そんな二人の様子を見ながらマイキーはじっと鳥の様子を観察していた。
「黒斑か。もしかして、こいつがクロットミットって奴か」
そう呟きながらPBを取り出しマップスキャン上に赤点表示されたモンスターネームを確認したマイキーは「やっぱり、そうだ」と頷いた。
「クロットミット?」と尋ね返すアイネにマイキーはPBを閉じる。
「ティムネイル諸島に分布する鳥類系モンスターさ。何でもオープンβ時はこいつを使ってすごい稼ぎが出来たらしいけど。今はどうかな」
気分良く口笛を吹くジャックが奏でるその音色に、じっと耳を傾けるクロットミット。
時折、音に過敏に反応してまるでリズムに乗るように首をもたげてジャックにすり寄せるその様子を見てマイキーはふと呟いた。
「ジャック、今の一つ前のフレーズもう一回吹いて」
「適当吹いてるからわかんねぇよ。こんなんだったか」
ジャックが吹くそのフレーズの一部にやはり過敏に反応するクロットミット。
「そのフレーズの途中で伸ばして繋いでる音。その音だけ吹いて」
マイキーの言葉に怪訝な表情を見せながら与えられた指示に従ってその音だけを吹くジャック。するとクロットミットはその音が鳴っている間だけ過剰な反応を見せた。
「アイネ、この音程。B♭?」とアイネに視線を流すマイキー。
「うん、B♭」とアイネが即答する。
相対音感しか持たないマイキーと違ってアイネは絶対音感を持っている。故に彼女の示す答えは確たるものだった。
その答えにマイキーは自らも口笛を吹き始め、単音で音階を徐々に上げていく。
すると、やはり特定音域においてクロットミットは今度はマイキーに対して反応を見せた。
「やっぱりB♭だな。それ以外の音には反応しない。しかもB♭5だけだな。オクターブ下げたB♭4じゃ反応しない」
マイキーの音色に聞き入るクロットミット。
「オクターブ上げたらどうなるかな?」アイネの言葉に視線をジャックへと流すマイキー。
「口笛でそんな高い音出せねぇよ」
ジャックの尤もな意見に頷くマイキー。
「音域にすると大体1000Hz弱。この音域に反応してるのか、それとも倍音に反応してるのか。ただ一つ分ったのは、こいつには特定音域を好む習性があるって事だ」
「でも、それが何なんだ?」
首を傾げるジャックは、疲れたのか腕を振り上げ止まっていたクロットミットを解放する。
「つまりさ、これは聴覚反応の精度を示してるんだ。ここまで優れたシステムを作っておきながら、まさか適用されるのがこいつだけって事は無いだろ」とマイキー。
「なるほど、聴覚反応する全ての生物に特定音域を好む習性がある可能性があるって訳か」
ジャックが理解したところでマイキーは言葉を続ける。
「特定音域を好む習性があるって事は、その逆に警戒する音域があっても不思議じゃない。そういやどこの国だかの学者の論文で呼んだ事がある。『集音域』と『警戒音域』って奴だ。生物学的には余り根拠が乏しくて廃れた論文だけど、確かにこのVRMMOって世界で再現するには丁度いいシステムか」
マイキーの言わんとする事はこの時点で漸く二人にも理解出来た。
仮にこの推測が的を得ているならば、『集音域』と『警戒音域』の存在を理解する事は狩りを行う上では重要な情報となる。
ただの他愛も無い会話が招いた思わぬ情報。
いつの間にか、三人の目の前には目的の島が近づいていた。
▼次回更新日:5/17