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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
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【Interlude】グリーンゴブリン野営地

 日中の荒野は熱い鍋底のように熱を持つ。照り付ける陽射しは身体中の水分を容赦なく奪い、同時に思考を狂わせる。デトリックの街から、西北西十七キロ地点。小高く盛り上がった赤土の丘で冒険者達は影を潜めるように平伏し、双眼鏡を両手に西の荒野へと注意を凝らしていた。長い棘を持った小太りなサボテンの僅かな日陰がせめてもの救いだった。双眼鏡を握った手が自然と震える。それは暑さからか、恐怖ゆえか。


「間違いない……連中の野営地だ。ざっと三百匹は居る」


 灌木を組んで半球体上に仕立て上げた骨組みに赤土を塗り固めて建造した赤土倉せきどそうと呼ばれるグリーンゴブリン独特の建築様式。野営地はまだ完成に到った訳では無く、まだその多くが建設過程である。だが、ほんの数日前には何も無かった筈の荒野に突如として現れた連中の野営地、その建設スピードはまさに脅威だった。


「アーガス、どうするの?」

「僕達二人の手に負えるレベルじゃない。戻って街の冒険者達に伝えよう。このまま放っておけば大変な事になる」


 双眼鏡から目をふと反らす。工具を片手に黙々と骨組の周りで赤土を塗るグリーンゴブリン達のその姿が網膜に焼き付いて離れない。連中の目的は一体何なのか。その目的がデトリックの街へと向いているのであれば、想像は恐怖へと変貌する。


「冒険者を募って早めにこちらから叩かないと手遅れになる可能性がある」


 仮に連中の襲撃を許せば、被害は甚大なものとなるだろう。最悪の事態だけは防がねばならない。守るべきは命、冒険者の身の安全を最優先して行動するべきなのだ。

 だが、この時アーガスは忘れていた。本当に今最優先するべきものが一体何であるのか。何か大切な事を忘れている。


――この胸騒ぎは何だ――


 湧き起こる奇妙な感情の根源を探る。

 その何かに気付いた時には、既に身の危険はすぐ傍に在る。不気味にほくそ笑む不幸という名の化物はまるで影のように背後に擦り寄っているものなのだ。

 冒険者である限り、危険とは常に隣り合わせ。細心の注意を払う必要がある。


「街へ戻ろう、レミア」


 振り返ったアーガスの表情が曇る。彼の表情を曇らせたのはレミアが浮かべる青褪めたその表情に他為らなかった。


「何て顔してるんだ。さぁ、街へ戻ろう」

「それは無理よ……アーガス」


 震える彼女の身体にアーガスが手を伸ばす。彼女がその手の温もりに縋ろうとしたその時、突然視界に振り下ろされた豪腕が二人の距離を引き千切る。

 叩きつけられた衝撃に赤土に沈むアーガス。一体何が起きたというのか。腕の感覚は完全に麻痺していた。完全に機能を失ったその左腕を抱え込むように地面に崩れる落ちる。


「馬鹿な……いつの間に」


 前方への注意に集中し過ぎた余り、後方への注意を完全に怠っていた。

 眼前で吠えるは巨大な斧を構えた二体のグリーンゴブリン。完全に戦闘態勢に入った彼らを前にして二人の冒険者はその恐怖を前に微動だにする事さえ出来なかった。

 その醜悪な顔面に開かれた大口に覗く八重歯。吐き出される咆哮が空気を伝わり、もはや蛇に睨まれた蛙と化した冒険者の心を激しく揺さぶる。


「Damd Bitch,hah!!」


 人語では無い異言語。連中の咆哮が上がると同時にアーガスは精一杯の声を振り絞り叫ぶ。


「レミア……逃げろ!!!」


 振り上げられた巨斧が筋張った豪腕の下に一直線に振り下ろされる。

 眼前に迫る衝撃に対してアーガスが右腕に構えた剣を合わせたその時、金属が重なり合う一瞬の衝突音と共に空中を漂うバロックソード。


――なんて腕力パワーだ――


 思考が許された僅かな時間。全てがスローモーションのように。生命の危機は間近に迫っていた。

 圧倒的なその実力差は、剣を合わせた瞬間に感じ取れた。自らが人であるという事実に虚しささえ覚えた刹那。

 肉薄する巨斧を前に視界が一瞬大きく揺らめいた。視界が霞み彩色を失うと同時に世界が暗転する。突如として世界から放り出されたかのように、そこには熱を持ったバスティアの荒野もあの醜悪なグリーンゴブリンの姿も消え失せていた。何も無い。完全なる無の世界。だが、それも今はどうでもいい事だ。気掛かりなのはただ一つ。


――レミアは……どこだ――


 場には悲鳴が上がる。地表に沈んだアーガスの身体は赤点滅を始め、もはや一切の動作を許されなかった。

 倒れた犠牲者の頭蓋を掴み上げたグリーンゴブリンは八重歯を剥き出して嘲笑する。垂れ下がったアーガスの両手では僅かに小指が痙攣し、残されたレミアを守ろうと必死にその意志を伝えていた。

 だが無情にも、化物の一体の興味が彼女へと注がれ始めた。


「いや……来ないで」


 迫る恐怖を前に悲鳴にならない声を上げるレミア。

 その余りの恐ろしさ故、彼女の足は自然と竦み赤土に膝を付き項垂れる。


――これは夢……全ては夢よ――


 迫る恐怖を必死に否定し、全てを振り払うかのように顔を上げる。そこには巨大な頭を寄せ不気味な嘲笑が浮んでいた。

 「ひっ……」と声を漏らした刹那、頭蓋骨を締め付けるような衝撃に身を硬直させる。同時に巨大な手で掴まれた身体が、頭蓋骨ごと引き上げられる。


「Melloe Bamd,boah ha?」

「いやぁぁぁ! お願い。止めて!!」


 連中の嘲笑は止まらない。レミアは封じられた視界の中で僅かに覗く隙間からふと恋人の姿を見つめる。


「アーガス……私達」


 もはや全ての希望はそこで潰えていた。

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