S13 Sword Castle BBQ
仲間の狩り帰りを店で迎えると、彼らは店内の品々に目を丸くした。入荷を喜んだ仲間達はハウルからの誘いの話をすると興奮した様子でバーベキューへの参加を希望し始める。
「すごいよ、皆で行こうよ!」
喜ぶタピオに頷くジャック。確かに、毎日朝晩Back Baredで食事では飽きも来る。
折角の機会であるし、皆の総意の下に一同は郊外へと向う事に決めたのだった。
「バーベキューなんて緑園の孤島以来だね。なんだかドキドキする」
胸に手を当てるアイネを見上げて微笑むキティ。
荒原に走る路線を遠目にデトリックの南東の端を目指す。荒原の赤土を踏みしめながら歩く事、十数分。
マイキー達は抽選を行ったあの女神像の広場へと出ると、そこから石畳の道に沿って南下し郊外から荒原へと出る。外壁も何もない街と荒原の境界では鉄板を広げた無数の冒険者達が灰煙を立ち昇らせていた。風に流れる肉の焼け焦げた匂いに、思わず空気を吸い込むマイキー達。
「ここか、凄いな。かなりの数だ」
設置された巨大な鉄板は計五台。群がる冒険者の数は五十余名。そのうちの一台では平服に身を包んだハウルが炭火に灌木の枝葉を押し当て、火力を調節していた。
「ハウルさんだ。行ってみるか」とマイキーの後にくっついて回る仲間達。
近寄るマイキー達の姿に気付いたハウルは手を振り迎え入れてくれた。
周囲ではそんなマイキー達に視線を集める冒険者達。コミュニティメンバーだろうか。
「もう腹減って死にそうだ」とジャックの言葉に苦笑するタピオ。
「ジャックさんはいつもお腹空いてるよね」と嘲笑するタピオを羽交い絞めにして騒ぎ始める二人。
そんな二人を無視して、ハウルの元へ歩み寄ったマイキーはまずは挨拶を交わす。
「やぁ、よく来てくれたね」
「お招きありがとうございます」
笑顔を見せるハウルに、礼儀正しく挨拶をするマイキー達。ハウルの隣ではミューゼルと呼ばれたあの金髪の少年がボマードの大きなステーキを加えながらマイキー達の様子を窺がっていた。
「彼らは今日、皆の装備を購入したお店のオーナーの方々なんですよ」
皆に紹介を始めるハウルに深く頭を下げ、お辞儀をする一同。
「紹介すみません。随分と規模の大きなバーベキューですね」
「用意した食材の量からすると、これでも少ないくらいなんですよ。ハーミィ、皆さんにお皿お配りして」
ハウルの呼び掛けに振り向いたのは顔立ちの愛らしい少女だった。鮮やかな肩掛けに流されたサニーブラウンの髪に円らな瞳。原色をカラフルに散りばめた民族衣装を纏った彼女は、近場の食事台から紙の小皿とフォークを手にするとマイキー達の元へ笑顔で近付く。
「どうぞ、ごゆっくり」
可愛らしい笑顔と釣り合った特徴的な耳に通る声。年齢はキティより少し上くらいだろうか。
しっかりとした物腰で話す彼女に微笑みを以て礼を述べる一同。
「どうか肩を張らずにゆっくり楽しんで。うちは気さくな仲間が多いからね」
ハーミィから受け取った小皿を渡すように手を差し出したハウルは、それぞれの皿に鉄板の上で焼けた肉や野菜をよそい始める。
至れり尽くせりの環境にマイキー達が恐縮していたその時、荒原の彼方からバーベキュー会場に向かって迫り来る人影にコミュニティのメンバー達が騒ぎ始める。
「あ、団長達戻ってきたみたい」
ハーミィの言葉に、ミューゼルが咥えていた肉を口元にぶら下げながら小走りに荒原の影が見える位置まで駆け寄る。
炭火の火を保ちながら、微笑を浮かべるハウル。
「賑やかになりますね」
ハウルの言葉にマイキー達が首を傾げていると、いつしか荒原を疾走していた影は肉眼でもはっきりと見て取れる位置まで近付いていた。
「何だ……あれ」と肉を噛む事も忘れて呟くジャック。
呟くマイキー達の視界には奇妙な板に乗り地上一メートル程の高さを滑空する三人の冒険者の姿が映っていた。まるでスノーボードのように身体のバランスを取りながら、進行上の灌木やサボテンを自由自在の動きで躱す操縦者達。
当惑するマイキー達の隣で笑顔を浮かべるハーミィ。
「あれエアボードっていうんです。すごく高価な乗り物なんですよ」
エアボード、その響きを耳奥で反復するマイキー達。その言葉が示す通り空中を滑る為の乗り物のようだが、肉眼で見た限りかなりの速度が出ているだろう。
「魔工生産で今最も注目されている製品なんです。一般市場にはあまり出回ってないアイテムで、スティアルーフのオークションではかなりの高額で落札されたそうですよ」とハーミィの解説に言葉を付足したのはハウルだった。
「材料となる浮遊石が非常に高価ですからね。無理も無いでしょう」
コミュニティメンバーが総出で立ち上がり迎える中、エアボードの操縦者達は砂埃を巻き上げながら会場の手前で降り立つと何やら揉めた様子で歩み寄ってくる。
操縦者の二人である小柄な少女達がいがみ合う中、無表情に事態を見守る青年。複雑な印が絡み合った黒法衣から彼がこのコミュニティの団長と呼ばれる人物だと見受けられる。驚いた事にその年齢はまだ若い。推察するには十七、八。マイキー達とちょうど同年代にも見える。
「また、揉めてるのか。ほんと馬鹿だな」
呆れた表情で遠目に呟くミューゼル。
視界の向こうでは徐にPBを開いた団長らしき青年がマイク機能を使って、一同にこんな言葉を投げ掛ける。
「食事中、本当に申し訳無いと思う。腐ったバナナの定義についてこいつらが揉め出した。悪いが皆にアンケートを取りたい」
唐突なその切り口に会場の幾名かが噛んでいた肉を喉に詰まらせ咽始める。
「それじゃ、お前達それぞれの意見を述べろ」
青年の言葉に歩み出る一人の少女。桃色髪の両脇を二つのお団子で結んだ特徴的な髪型。その見目は愛くるしくまるで人形のような佇まいに、自然と視線は注がれる。
「腐ったバナナは進化の象徴。うん、僕達頑張るよ。残された数少ないバナナ菌は声を揃えて言います。ふははぁ、穢れ無きバナナ菌め。お前達も仲間に取り込んでやる! 腐ったバナナ菌の恐怖から果たして聖なるバナナ菌達は平和な故郷を取り戻す事が出来るのか。限りない可能性が今ここから生まれるのだ! 以上」
マイクを通して目一杯叫んだ不思議少女の隣では、梳かされたさらさらの栗色のショートヘアに青い瞳が爽やかな女の子が佇んでいた。ボーイッシュな印象を受ける彼女は早くこのやりとりから解放されたいと言わんばかりに不機嫌な表情を浮かべる。
「なんだよ。聖なるバナナ菌って。腐ったバナナが元に戻るわけないでしょ! 腐ったバナナは腐ったバナナだよ。もうどうでもいい。お腹空いた」
意見を述べた二人の少女を前に頷いた青年は一同に向き直ると、再びにマイクに声を通し始め、彼女達の意見でアンケートを取り始める。
「腐ったバナナは進化の象徴だと思う人」
パラパラと会場で手が挙がる中、呆気に取られて開いた口が塞がらないマイキー達。
「な……なんなんだこのやりとり」
「いつもこんな感じなんです……お恥ずかしいところをすみません」
謝罪して頬を紅潮させるハーミィにアイネが唯一首を振って応対する。
アンケートの結果として、圧倒的多数で腐ったバナナは腐ったバナナだった。意見が纏まったところでまとめ役の青年は最後に自分の意見を告げる。
「腐ってもバナナはバナナか。だけど正直俺はそうは思わないな。腐ったバナナは進化の象徴でも、もはやバナナでもない。腐ったバナナはただの生ゴミだ。そうは思わないか」
青年の言葉に最後に一斉に同意の歓声が上がる。
完全に意味不明な事態に次第に込み上げる笑いを堪え切れなくなったジャックが爆笑する。
「確かに、腐ったバナナは生ゴミだよね」
と微笑を浮かべながら呟くタピオにマイキーが首を振る。
「相手のペースに呑まれるな。今は必ず前提として一つ自分の中で疑問を持て。だから何だ?」
マイキーの冷静な突っ込みがツボに嵌ったのか、腹を抱えて大爆笑するジャック。
「や……やべぇ……俺、このコミュニティ入りてぇ」
息も絶え絶えに呟くジャックの反応に笑みを零す周囲のコミュニティメンバー達。
事態に収拾がつくと、肉に齧り付いていたミューゼルが不満の声を上げる。
「ああ、俺もシグマさんと一緒に狩り行きたかったな。何でいつもパピィとククリなんだよ」
「あの三人はこのコミュニティの象徴的存在ですからね。それに何だかんだ言って気が合うんでしょう」
ハウルの言葉に納得の行かない様子で折りたたみ式の木椅子に座るミューゼル。
「ミューゼル、ぶうたれてるくらいなら新規加入したメンバーの皆さんを連れて団長に挨拶に行ったらどうですか」
「面倒臭い」
渋るミューゼルに「仕方ない」と呟いたハウルは腰を上げて火の番をハーミィへと代わる。
「それじゃ、私が行ってきましょう。すみませんね、マイキーさん。実はこのバーベキューは私達のコミュニティである『Sword Castle』に正式稼動から新規加入したメンバーの顔見せ会でもあるんです」
「ああ、なるほど。そうだったんですか」
立ち上がるハウルはマイキー達にこんな言葉を掛けてきた。
「ちなみにマイキーさん達はどちらかコミュニティに所属されてますか」
「いえ、まだ所属してないですけど。僕らも正式稼動から入ったので」
その言葉に周囲の冒険者達が驚いた表情を見せる。
「正式稼動から入ったのに、お店持ってるんですか。すごいです」
ハーミィの言葉に賛同するように周囲から注目が集まる。
たまたま運が良かったと、弁解するマイキー達に微笑みかけるハウル。
「どうでしょう、良かったらマイキーさん達もうちのコミュニティに入りませんか?」
ハウルからの思ってもみない誘いに顔を見合わせるマイキー達。
だが、この誘いにはマイキーは即答で言葉を返した。
「お誘い大変有り難いんですが、コミュニティについてはもう少し考えさせて下さい。もし今入ってしまうと色々攻略で頼ってしまいそうで、出来る限り自分達で攻略して行きたいんです」
マイキーの言葉に微笑みを絶やさずに頷くハウル。
「そうですか。では、もし気が変わりましたらいつでも声を掛けて下さい。Sword Castleはいつでもあなた方を歓迎します」
「ありがとうございます」
聞いた話に依ると、明日から彼らはこの紅野の奇兵隊のクエストの攻略にコミュニティ単位で乗り出すらしい。マイキー達も当然誘われたが、攻略に対するスタンスを崩したくないというマイキーの頑固なまでの意志で申し出を断った。だがそんな彼に自然と同調し共に歩む覚悟を見せる仲間達。
Sword Castleのバーベキュー会は、とても有意義な時間だった。温かい団欒の中で、いつかマイキー達もまた一つのコミュニティを築き上げたいと、向うべき一つの目標として胸に刻まれたのだった。