S10 Marshe nes Abel
長時間の試行錯誤を繰り返しレイアウトを終えたマイキー達はその日の夕方、開店前の最終段階に入っていた。店の外へと出て看板の取り付けに掛かる一同。
看板の位置一つで最後まで揉めながら、最終的に無難に入口前の外壁に取り付ける事となった。
「もうちょっと右かな。うん、そのくらい」
アイネの指示で位置の微調整を行うマイキー。
掲げられた看板にはMarshe nes Abelという英字が刻まれていた。その言葉が示す意味は開拓言語で「国境無き店」という意味である。
転売目的で国境越えを謳う店名は若干図々しいと想いつつも一同は何れは大いなる飛躍を祈って一号店の開店を祝うのだった。
僅かだが力強い拍手に包まれる瞬間。無事開店準備の終わった赤煉瓦の店を前に感無量と云った面持ちで建物に魅入る仲間達。
一度店の中に入り、一同はPBに表示されるその商品価格を確かめる。
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〆Marshe nes Abel
購入品-買値(検出品種:9)
▼武器
□×1 バロックナイフ 262 ELK【在庫:1】
□×1 バロックナックル 278ELK【在庫:1】
□×1 バロックソード 297ELK【在庫:1】
□×1 クレイモア 450 ELK【在庫:1】
▼防具
□×1 バロックメット 210 ELK【在庫:1】
□×1 バロックアーマー 265 ELK【在庫:1】
□×1 バロッククウィス 253 ELK【在庫:1】
□×1 バロックレギンス 197 ELK【在庫:1】
□×1 バロックタージェ 195 ELK【在庫:1】
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【詳細】
▼武器
○バロックナイフ Lv5〜,物理攻撃力+8,攻撃間隔525
○バロックナックル Lv5〜,物理攻撃力+6,攻撃間隔420
○バロックソード Lv5〜,物理攻撃力+10,攻撃間隔683
○クレイモア Lv5〜,物理攻撃力+15,攻撃間隔1011
▼防具
○バロックメット Lv5〜,物理防御力+13,M保護率13.5%
○バロックアーマー Lv5〜,物理防御力+13,M保護率30.0%
○バロッククウィス Lv5〜,物理防御力+13,M保護率21.0%
○バロックレギンス Lv5〜,物理防御力+13,M保護率10.5%
○バロックタージェ Lv5〜,物理防御力+6,S保護率15.0%
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今回の仕入れ値は1709ELK。販売価格総計は2137ELK。ここから営業税としてギルドに収める5%を差し引いた売上金額は2030ELK。よって収益の期待値としては321ELK。これを五人で等分する訳だから個人収益としては雀の涙程度のものである。だが、仮にこの在庫を合わせた販売数が十倍の規模になったらどうか。当然、収益の期待値も十倍になる。要は街の需要に見合った規模での販売環境を整える事が重要なのである。
購入され在庫が切れたアイテムは自動的にホログラフィが消え、収益は店に売上として自動的にプールされる。つまり、設定さえしておけばたとえ放置しても問題無く機能する。
店を管理する上で一番の問題点は在庫切れのチェックだが、二十四時間の管理体制は当然組織化しない限りは困難であり、オーナーの懐事情によっても販売品数に大きく影響する。また店の運営を個人で管理する以上は今後この街から離れられなくなるのでは無いか、という問題点も考えられたがそれについてはこのプレイヤーズエリアにおける商法規定にマイキーは一つ望みを懸けていた。留守中は店を閉めるという方法も当然存在するが、それでは客離れが起きる。元より転売する品目上、リピーターは付きにくい内容だが「あそこの店はいつも閉まっている」などという噂が街に広まっては売上に影響する。この問題についてマイキーが注目したのは店主の委任というシステムである。プレイヤーズショップではオーナーの采配で他プレーヤーに店舗を貸し出しする事が出来る。報酬は固定給から歩合まで。
このシステムを用いれば今後、クエストを達成しこの街を離れる事になったとしても、新たにこの街を拠点とするプレーヤーに店舗を貸し出し収入を得る事が出来る。
転売というシステム上、運営者に掛ける負担もそこまで大きいものでは無い。マイキーが実践した通り、在庫が切れたら夜にスティアルーフに向かい翌朝の列車で戻ってくれば、日中から余った時間をクエストの攻略に割り当てる事も充分に可能である。しかも、それは毎日の作業とは為らないだろう。
運営を委任する冒険者と密な信頼関係を築けるかどうかは一つの鍵とはなるが、今後デトリックに訪れるプレーヤー人口の増加を見込めば期待値の高い手段ではある。
「マイキー、何考えてるの。とらぬ狸の皮算用って言うよ。あんまり夢膨らませすぎないようにね」
現実的なアイネの忠告に我に返るマイキー。商売に過剰な期待を懸けるのは男の浪漫。大体、マイキーの妄想は転売が上手く行く事が前提の上での話なのである。マイナス思考を働かせれば、商品が売れない理由はいくらでも考えられる。立地条件、商品価格、スティアルーフまでの列車での移動時間が二時間余りである事を考えると、Forcted Barocでの原価を求めスティアルーフで購入する冒険者は当然少なくない。当然、打算的な冒険者は予め購入した上でこの街へやって来る。
「なあ、転売するならもっと需要の高い安い消費アイテム選んだ方が良かったんじゃないか」
尤もジャックの意見にマイキーは首を振って答える。
「百平方メートル規模のショップでの販売展示上限は限られてる。加えて商法規定を読んだら在庫最大数十個までって規定がある。単価が安い消費アイテムじゃたとえ在庫揃えたところで余程原価に対して割高に設定しないと収益にならない。それにこの街にはならず屋がある。そこで基本的な需要の高い消費財は大体売ってるんだ」
「でもなんか、ここまでやっといて何だけどあんまり儲かると思えないんだよな」
ここへ来て愚痴を零し始めるジャックを諌め始める仲間達。
「効率が良い方法ってのは必ず真似されて市場が飽和するんだ。こんくらい地味な稼ぎだったら誰も真似する奴居ないだろ」
「お前、今自分で効率悪いって認めただろ」
マイキーとジャックが店裏でそんな地味な口論を始めたその時だった。
店の中へと、入って行く冒険者達の姿にマイキー達の話し声が止まる。
冒険者達が店の中へ入ると、マイキー達は建物の裏側で在庫数に集中する。
「買うかな」と笑顔を見せるタピオに首を振るマイキー。
「いや、多分買わんだろ。大衆受けするアイテムじゃないし。特定の冒険者にのみ需要が高いアイテムだからな。数打たない限り当たらないさ」
マイキーの言葉に「そっか」と言いながらも購入に期待を掛ける仲間達は終始、在庫数に目を掛けていた。店に冒険者達が入ってから五分後、彼らは何も購入せずに店から出てきた。
立ち去り際「何も無かったな」と呟く彼らの言葉に若干のショックを受けながら店の裏手で項垂れる一同。
まだまだ先は長い。長い目で見ようというマイキーの言葉に仲間達は何故か首をすぐには縦に振らなかった。