S9 開店準備
■創世暦ニ年
四天の月 炎刻 5■
翌日の昼、宣言通りマイキーは売品を持って店へと戻ってきた。買ってきた品物のレイアウトを始めるマイキーに真面目な表情で昨夜の動画を見るように勧めてくる仲間達。
「価格設定は最初は原価の25%増しで様子見るか。何だよ気持ち悪い。怖い動画でも見せられたのか」
まるで相手にしないマイキーを前にPBを開き、動画を流し始めるジャック。
アイネに腕を引っ張られてアイテムの陳列を一時中断したマイキーは渋々と動画の前へと腰を下ろす。
「どうしたんだよお前ら」
怪訝な表情でジャックの開いたPBを見つめ内容を確認するマイキー。
動画の中では仲睦まじい一人の女性と撮影者である恋人との様子が映し出されていた。
「何だよこの惚気動画」
マイキーが目を離そうとするのを必死に押さえ付けるタピオとキティ。
彼らの様子にマイキーが当惑しながら「何なんだよ一体」と呟いたその時だった。突然、画面に現れる変化。現れた変化の中心的存在にマイキーの顔色が変わる。
鋭い眼差しで映像に映った緑色の狩人達にじっと目を凝らし画面へと擦り寄る。
「グリーンゴブリン……なのか」
呟くマイキーの言葉に頷く仲間達。いつしか静寂が空間を包み込む。
映像の中ではたったの十数秒でメルボルを沈める脅威の光景が映し出されていた。
「パワーチャージを使った訳でも無い。素の攻撃力でゲージ四割か……こいつ」
冷静なマイキーの分析を黙って眺める一同。彼は瞳に映ったありのままの光景を静かに焼き付けていた。
そして、映像の中で巻き起こる突然の悲劇。撮影者は無残にも彼らに叩きのめされて息絶える結果となった。
「マイキー……この映像どう思う」
映像を見終わって無言で黙るマイキーに不安気に尋ね掛けるアイネ。
「どう思うってのはこの映像の信憑性って事か? 紛れも無く……この映像は本物だと思うよ。映像の中で見る限り、連中にはそれぞれ役割がある。前衛と後衛に分かれて機能したこれは明らかなパーティーだ。さらに言うと、こいつらにはクラスがあるんじゃないか。背の高い剣を持ったこのゴブリンと中背の槍を持ったこの二匹はおそらくソルジャー。火球を飛ばしたのはマジシャンだ。もう一匹後衛で見守るこいつはもしかしたら回復役、クレリックかもしれない」
「連中はクラス分けされてて、さらにパーティー組んでるって言うのか」
ジャックの言葉にマイキーは「あくまで可能性の問題だ」と示唆しながら悔しそうに俯いた。
「スカーレットって言ったか。僕が彼女と応対してれば、もう少し詳しい情報聞き出せたかもしれない」
同時にマイキーの頭の中でこのグリーンゴブリン達の存在はある答えにも繋がっていた。
それはこの惑星における先住民の存在だ。この惑星には確かに人間以外の知的生命体が存在した。たとえ、プログラムで動いているという大前提があるとは云え、仲間意識を持ち連携を組む程、高度な頭脳を持った生物が存在するのだ。
これはティムネイル諸島のあの神秘の洞窟で見た一つの光景の謎にリンクする。
あの人工的に造られた聖洞の存在は調査隊員によるものでもサーバー側でも造られたものでも無い。あの聖洞を掘ったモノがこの惑星に生息する先住民であったら。
何らかの理由で彼らは緑園の孤島から離れたようだが、可能性の一つとしてその推説は大いに考えられた。
「まぁ、深く考えたってしょうがない。今回はこいつらと戦うんだろ。まさかこの動画見てお前らびびったんじゃないだろうな」
マイキーに図星を差されて挙動不審になるタピオ。
「だって……だってさ。じゃあマイキーさん何か攻略法見つけたの」
「今んところ、正直どう戦っていいか見当も付かないな」
その返答に「そんなぁ」とへたり込み項垂れるタピオ。
とりあえず、今は出来る事から一つずつ前進して行こう、というマイキーの促しに、立ち上がる一同。頭の切り替えも重要なスキルの一つだ。一つの事に悩み気を取られていても決して前には進まない。
まずは、この店の運営を軌道に乗せる事。その為に今は下準備の時なのだ。
まずは台座の位置を大まかに固定して、購入してきた商品をホログラフィーとして投影する。
「武器と防具は分けてレイアウトした方がいいかな?」と切り替えの早いアイネは早くも作業に順じ始める。
「ああ、そうだな。でもクレイモアだけは部屋の中心に掲げて、周り囲むようにバロック製品を並べよう。やっぱ九点しか無いのは少な過ぎるか」
僅か十メートル四方と思っていた空間が今はやたらと巨大な空間に思えた。
完全にスペースを余し気味なこの状況を仲間達も好ましくは思っていないようだった。皆が腕組み、頭を悩ませていたそんな折だった。
――コンコン――
店の扉をノックする音に反応する一同。
昨夜の恐怖が頭に焼き付いているのか、マイキー以外のメンバーは警戒態勢を見せる。
率先して扉に近付いたマイキーが、戸を開き応対する。
「はい、何でしょう?」
扉の外では一人の少年が中年の男性に連れられて笑顔を見せていた。
一見した限りでは親子のように見えるその関係を疑わずにマイキーは愛想笑いを浮かべて対応する。
「あの、ここってお店ですか。今やってますか?」と少年の言葉にマイキーは優しい口調で現状を説明する。
「申し訳ないです、今開店前で準備中なんです」
マイキーの言葉に「そうですか」と表情を沈める少年。その様子を眺めていた中年の男性は後ろからこんな提案を持ち掛けてきた。
「すみません、開店前でも構わないのでちょっとだけ店の中を覗かせて貰う事は出来ませんか」
父親と見られるその中年の男性からの提案に一瞬当惑するマイキーだったが、快くその提案を受け入れる。
店内へと入ってきた少年と父親に満面の笑みで応対する一同。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
アイネとキティの微笑みに少年はにこやかに笑みを返すと手を振る。父親に手を引かれた少年は無駄に空いたスペースをさして気に留めていない様子でまずは中央の台座に掲げたクレイモアへと歩み寄る。
「クレイモアだ。格好いい」
少年が笑顔でホログラフィーに手を翳し笑みを見せる。その微笑ましい様子に思わずマイキー達の表情も綻ぶ。
クレイモアから離れた少年と男性は一通り、外周に展示されたバロック装備を眺めるとマイキー達にお辞儀する。
「まだ品薄で申し訳ないです」
「いえいえ、とんでもない。無理を言って開店前にこちらこそすみませんでした。とても良い雰囲気のお店ですね。また開店後に足を運ばせて頂きますね」
そうして、店から立ち去る少年は「バイバイ」と笑顔で父親に手を引かれて去って行った。
何だかとても心が温まるような出来事に、微笑みを崩さず喜びを分かち合うマイキー達。
「早いとこ、品揃え充実させないとな。これじゃ見栄え悪すぎる」
品物が少ない以上は工夫で何とかするしかない。
早くも懐事情を問われる事となったこの状況だが、心温まる少年の笑顔を思い返し一同はせめてもとレイアウトに励むのだった。