S6 朝焼けの散歩
■創世暦ニ年
四天の月 火刻 14■
瞼の裏の仄かな温かみ。柔らかな陽射しを瞼に感じたマイキーは浴衣を纏った身体を起こすと周囲の様子を確かめる。藁ぶきの屋根に優しい木の香り。
寝惚けた眼にもそこが日常とは隔離された世界である事は明確だった。
身体を起こしたマイキーは窓際へ歩み寄ると、朝焼けの光の中に浮かび上がる美しい花畑をその瞳に映す。窓を開けると、心地良い爽やかな海風が流れて込んで来る。その風と潮の匂いにそっと瞳を閉じ全身で呼吸をするかのように、大きく伸びをする。
部屋に飾られた柱時計はまだ午前六時を回ったところだった。
「あいつら起きてくる前に風呂入って散歩でもするか」
軽く寝癖のついた髪を撫でながら、マイキーはそうして部屋を後にする。
昨夜は有意義な時間を過ごす事が出来た。別世界での夕食。暗闇に浮ぶ淡い幻想的な光の中で、たくさんの冒険者の笑い声に包まれて採る食事はまた格別だった。
美味い食事と酒に煽られてか、ジャックに到っては酒の勢いが止まらず、アイネとマイキーが制止する中、大きなジョッキビールを五杯も飲み干した。
この世界に来てまで金の使い道や健康管理に注意を促すつもりは無いが、今後も流石に繰り返すようならマイキーは一線越えない様に一つ考えるつもりだった。
温泉浴場へとついたマイキーはまずはサウナで汗を流すと、身体を一流しして温泉へと浸かり至福の一時を迎える。早朝の温泉には幾らかの冒険者の姿が見られた。温かい湯で身体をほぐしながら彼らと一言二言他愛も無い会話を交わす。
旅の風情を充分に満喫しながら温泉を出た後は、旅人の装備に切り替えて朝の散歩へと出掛ける。
村にはまだ昨日の時点では回り切れなかったポイントが何箇所か在る。それもマイキーが資金稼ぎのために強引に皆をシャメロット狩りに連れ出したせいもあるが。一般的には、初日は初期資金として持たされた100ELKを使ってゆっくりと村の中を見回るプレーヤーが少なく無いのだろう。
藁々から女神像の在る花畑を左手に折れたマイキーは、そこに広がる緩やかな傾斜を登り始める。視界の先にはこの村で一番大きな藁ぶきの屋根が覗いていた。
近づくにつれて次第にその大きさが具現化し始める。僅かニ十数メートル程の傾斜を登り終えたマイキーは目の前に立ち構えるその巨大な藁小屋を前に足を止める。一般建築で三階建てには相当するであろうその大きさは圧巻だった。
そう、この建物がこのエルム村に存在する唯一のギルドだ。
エルム周辺に分布する原木を彫刻した柱に藁をかぶせて編んだその入り口にゆっくりと歩を進める。中に入るとそこには吹き抜けの広々とした空間が広がっていた。高い天井に網目状に組まれた張りには、狩猟で獲られたと思われる獣の毛皮が、直径十五メートルはあるかと思われる巨大な囲炉裏から立ち上る煙によってなめされていた。その囲炉裏の周りでは、湯気を立ち昇らせる茶碗を片手に寛ぐ冒険者達の姿。
何ともほのぼのとする光景にマイキーは自分の居場所を求めながらその巨大な囲炉裏の空席に腰を下ろす。席には茶器が各席にそれぞれ設置されていた。囲炉裏で沸騰して湯気を上げる小さな鉄釜から、どうやら自由に茶を汲んで飲めるらしい。その他にマイキーの目を引いたのは囲炉裏の端から伸びた一本のアクセス端末コードだった。
徐にPBを開きコードを接続したマイキーはポップアップした情報に目を通し始める。
どうやらここギルドではクエストが受注出来るようだった。画面に表示された各種クエストの説明。
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▼探索クエスト New!!
:世界に散らばる古代遺産や秘境に赴き世界の起源を解き明かします。前人未到のエリアへのあなたの第一歩がこの星の開拓の礎となるかもしれません。
▼納品クエスト New!!
:依頼されたアイテムを納品します。成功報酬としてGPと報酬金が発生します。
▼戦闘クエスト New!!
:世界に点在する様々な生物の討伐、又戦闘を目的としたクエストの総称です。成功報酬としてGPと報酬品が発生します。
▼期間限定クエスト New!!
:主にイベントが開催された際、または特殊な条件において発生する期間限定クエストです。
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▼探索クエスト
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【GR1】旅立ちの浜辺(推奨Lv1~:難易度☆) New!!
エルム村から南東に位置する砂浜に降り立つ無数の光が確認されている。光の正体は他でもない君達が良く知る所だろう。今回調査の目的となるのは、この浜辺の地質調査である。この星を開拓するにあたって、コンピューターがこの海岸を選んだ点に於いて幾つかの疑問点が残る。生物学的に比較的強力な生命体反応が認められ無かった事が指定の理由となったのか、それとも重力と引力数値のバランスに認められる若干の振れから生まれる不自然な磁場が起因しているのか。表面的な調査ではあるが、まずは指定されたポイントに向かい、小瓶の中に収めた測定液を砂浜に撒く事が任務内容となる。
報酬:『エルム村』周辺地図
【GR1】神秘の洞窟(推奨Lv3~:難易度☆☆) New!!
エルムの村から西に凡そ2.3km離れた孤島にて潮汐の引き潮の際のみ現れる美しい洞窟が発見された。
先発調査隊の間では既に話題を呼び、その特徴的な美しさにちなんで洞窟の名に色付けを行っているようだがその由縁は自らの眼で確かめて欲しい。今回の調査内容はこの洞窟の水質調査である。その純聖な輝きの根源を解き明かす事は、この世界での開拓において重要な役割を持つだろう。ポイントに到着次第、予め用意した試験紙を洞窟内部の水に浸す事。なお、試験紙は水溶性だがデータは自動で転送されるので心配には及ばない。
報酬:『緑園の孤島』周辺地図
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▼納品クエスト
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【GR1】石ころ×10---◆GP1,10ELK
【GR1】ランプワームの胆石×4---◆GP1,12ELK
【GR1】ラヴィの毛皮×3---◆GP1,15ELK
【GR1】シャメロットの甲羅×2---◆GP1,18ELK
【GR1】パピルスの鱗粉×3---◆GP2,21ELK
【GR1】玉葱の球根×3---◆GP2,24ELK
【GR1】海蛙の肝×3---◆GP3,30ELK
【GR1】夜子羊の毛皮×3---◆GP4,36ELK
【GR1】黒斑鳥の卵×2---◆GP5,44ELK
【GR1】金色玉葱の球根×1---◆GP9,98ELK
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▼戦闘クエスト
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【GR1】Ravi
○ラヴィ討伐×10到達時点---◆GP1,ラヴィットブーツ
○ラヴィ討伐×25到達時点---◆GP2,ラヴィットキャップ
○ラヴィ討伐×50到達時点---◆GP3,ラヴィットトラウザ
○ラヴィ討伐×100到達時点---◆GP5,ラヴィットベスト
【GR1】MooMoo
○ムームー討伐×10到達時点---◆GP2,ムームーブーツ
○ムームー討伐×25到達時点---◆GP4,ムームーキャップ
○ムームー討伐×50到達時点---◆GP6,ムームートラウザ
○ムームー討伐×100到達時点---◆GP10,ムームーベスト
【GR1】Clotmit
○クロットミット討伐×10到達時点---◆GP3,黒斑鳥の羽靴
○クロットミット討伐×25到達時点---◆GP6,黒斑鳥の羽帽子
○クロットミット討伐×50到達時点---◆GP9,黒斑鳥の羽当て
○クロットミット討伐×100到達時点---◆GP15,黒斑鳥の羽服
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▼期間限定クエスト
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○幻の聖獣Simuluuを追え(推奨Lv4~:難易度☆☆☆)
ティムネイル諸島の何処かのエリアに幻の聖獣シムルーが存在するという噂が飛び交っている。このエリアでの主な任務としてこの聖獣の調査に当たって貰う。発見した場合、戦闘になる可能性は非常に高い。ターゲットの生死はこの際問わない。DNA鑑定のため討伐した際はターゲットの遺留品を確保するように。発見者には次の調査目標であるレクシア大陸への通航許可証を与えるものとする。
報酬:通航許可証<エルム〜スティアルーフ間>
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クエストの内容を一通り閲覧したところでマイキーはその内容に頷く。
探索クエストや期間限定クエストの内容によって、その本来の目的をふと思い返す。
星の開拓。先発調査隊と云うのはα・βの経験者の事だろう。何でもα・βのデータはそのほとんどの内容は引継ぎという話だった。同じスタートラインに立てない事は少なからずの不満ではあるが、百万人という現在の総プレイヤー数から考えると、経験者の人数は僅か0.5%。開拓生活がこのゲームの目的である事を考えれば然程意味は無い。
「実力がある奴は自然追いつくか」
そうしてマイキーはキーボードを弾き始め、手短にサーチクエストニ種と期間限定クエスト一種を受注する。
「今ここで出来るのはこれくらいか。後で二人連れてもう一度来ないとな」
そんな事を呟きながらマイキーは立ち上がると、煙の立ち昇る温かな囲炉裏の前から離れ、ギルドを後にする。
ここでの情報を見る限りエルム村が存在するこの島以外にも狩場が存在するようだった。
島の約2.3km西に浮ぶと言われる孤島。少なくとも事前にマイキーが集めた情報の中にこの島に関するデータは無い。
おそらくは正式サービス開始による世界の拡張からこの島周辺の地理に関しても大幅な変更があったのだろう。これが事実ならば、オープンα・β経験者が伝統と呼ぶシャメロット狩りを延々と繰り返す必要も無くなるかもしれない。
だが、問題はその孤島へと渡る方法だ。その疑問を浮かべた時、マイキーの頭の中にふと思い浮かぶ一つの映像があった。西海岸へシャメロット狩りに赴いた際に、海岸から西に向かって伸びた一筋の不可思議な海岸線。日没が近づくにつれてその真白な海岸線は海の底へと消えて行った。
マイキーの頭の中で思い返される探索クエストの一文。
――エルムの村から西に凡そ2.3km離れた孤島にて潮汐の引き潮の際のみ現れる美しい洞窟が発見された――
脳裏に浮ぶ一つの推論にマイキーは口元を歪める。
西の沖合い2.3km地点に浮ぶ孤島に引き潮の際のみ現れる美しい洞窟。日没に消えて行った西へと伸びる奇妙な海岸線。
これらを結ぶ要素は紛れも無い『潮汐』だ。
湧き起こる探索心を胸にマイキーは仲間達の元へと引き返すのだった。
▼次回更新日:5/14