【Interlude】真夜中の来訪者
時刻は深夜零時を回った頃、デトリックの街は完全に闇夜に堕ちていた。
日中と違って荒原の夜は気温が下がる。幾分か過ごし易くなった気候の中、残された仲間達はキャンプ用の寝袋に包り、店内で静かに眠りについていた。
寄り添うように部屋の片隅に並ぶキティとアイネの向かいの隅ではジャックが寝袋の中で寝返りを打つところだった。また別の隅に陣取ったタピオも、寝袋からはみ出すように腕を重ね夢の世界へと身を投じていた。
それは静かな夜。何者にも邪魔されるの事の無い静かな眠り。だがそんな静寂を打ち破るかのように、今店の中に一つの変化が現れていた。
――コンコン――
店の扉をノックするような音。定期的に繰り返されるその不可思議な音に目を覚ましたのはアイネとキティだった。彼女達はお互いに瞳を見合わせると、室内で依然眠れる男達に縋るような眼差しを向ける。
「ジャック、タピオ。起きて。誰か来たみたいなの」
寝惚けた眼で身を起こすジャックとタピオは、辺りを見渡しながら現状を確認する。
「ここどこだ……って店の中か」
呟くジャックの前で依然寝惚けたタピオは言葉を上げた女性陣に向って「どうしたの?」と首を傾げる。その時、再びドアをノックする音が室内に響き渡る。
――コンコン――
その音に寝袋の中でビクッと身体を震わせ飛び上がるタピオ。
「なにこの音……まさか幽霊じゃ」
「何馬鹿言ってんだお前。あいつ帰って来たんじゃないか」
そう呟き立ち上がったジャックは皆が息を呑んで見守る中、扉の方へと近付き鍵を開ける。
開かれた扉の前に立つ人物の姿を確認する間も無く、ジャックは言葉を掛ける。
「早かったな。売り物は見つかっ……」
言葉を途切らせ当惑するジャック。彼の目の前には今一人の女性が佇んでいた。ワイルドファングの皮服に身を包んだスリムで滑らかな曲線美を辿いながら、視線を上げていくとそこにはマッシュボブベースの赤髪に隠れるように切れ長の瞳がジャックを捉えていた。
マニッシュな印象を受ける女性は戸惑うジャックを前に、首を傾げる。
「ああ、御免御免……もしかしてプレイヤーハウスだったのかな。こんな街から離れた荒原の中にポツンとショップが建ってるものだから気になっちゃってさ」
無言で頭を掻くジャックに砕けた口調の女性は素直に謝罪する。
「起こして悪かったね。見た感じあんた達この街へ来て間もないだろ。つかぬ事を聞くけどビデオスコープ機能は取得したのかい」
「ああ、取ってるけどそれがどうかしたか」
無愛想なジャックの言葉に彼女はPBを開くと何やら素早く弾き始める。
「この街へ来た以上、皆目的は一緒さ。目的遂行の為の仲間が増えるのは私達にとっても嬉しい事さ。だから、これは忠告だよ。ここへ少し先へやって来た先輩としてね。詳しくはファイルを見てくれれば分かるよ。それじゃ、また店が開店したらまた覗かせて貰うよ」
彼女はそれだけ言い残すと、店の前から立ち去って行った。装備からしてジャック達より高レベル者である事は間違い無い。
「何だったんだあいつ」
ジャックがふとPBを広げると、そこにはメールランプが点灯していた。
差出人の名前はScarlet。内容はただの空メール。メールには一つのデータファイルが添付されていた。どうやら映像ファイルのようだ。
「ジャックさん、あの人何て?」と不安気に尋ねるタピオ。まだ幽霊だという可能性を信じ込んでいたのだろうか。
「何か通り掛かりの冒険者みたいだな。街から離れたこんな所に建ってるショップが気になったらしい。帰り際動画ファイル貰ったんだけど、何だこれ」
添付されてきたその映像ファイルを選択しクリックするジャックの元に集まる仲間達。
「何の動画なのこれ」
「さぁ、見れば分かるってよ」
店の中へと戻り座り込み画面に広がる動画に目を凝らす一同。
そこには日中のバスティア荒原が映し出されていた。デトリックの街並みが遥か彼方に霞んでいる事からも、相当町から西へ離れた地点のようだった。
映像の中で響き渡る声。いつしかジャック達はその映像世界に身を移していた。
「セドリック、何ビデオなんて取ってるんだい。全く緊張感が無いね」
画面の中の赤髪の女性は呆れ顔で振り向くと、画面に向って手を伸ばして来る。
映像の中の女性はついさっきジャックが応対したあの女性に他為らない。
「スカーレット、後続の冒険者の為にも映像で奴等の姿を捉える事は無駄じゃない」
「そりゃ一理あるけどねぇ。だったらあたしを撮るなって話だよ」
そんな平和な光景に苦笑するジャック達。一見、カップルが惚気た他愛も無い動画に見える。だが、この映像が示すところの意味を彼らはすぐに理解する事となった。
突然、画面に緊張が走る。切羽詰った声を上げたのはセドリックと呼ばれたビデオスコープを構えていた男だった。彼が捉えた映像の中では、画面に映る巨大なメルボルを囲む四つの影が映し出されていた。
「まさか、こんな近くで連中の狩りを見れるなんて」
「セドリック、下がりな。奴等に気付かれるよ! 気付かれたら終わりだ」
だがセドリックと呼ばれた人物は下がらずに目の前に映る光景を鮮明に映し続けていた。
緑色の肢体に筋肉隆々とした体長一.六から二メートル程の生物。恐怖に怯えながらも必死に抵抗するメルボルを囲み狩るこの生物こそがこの荒原の脅威、そして今回のクエストの討伐対象でもある。
――緑小鬼――
二足歩行しながら、鈍い輝きを放つ赤銅の剣を構えた背高のグリーンゴブリンが飛び上がり鋭い斬撃をメルボルに浴びせる。映像の中ではセドリックが装着するアナライズゴーグルを通して一気に減少し四割近くのゲージが奪われる映像がはっきりと記録されていた。咆哮を上げるメルボルを前に飛ぶ紅き火球。炎上するメルボルを前に浴びせ掛けられる容赦ない波状攻撃、僅か十数秒の間にメルボルは無残にも地面に沈む事となる。
「セドリック、早く逃げるよ」
「もう少し、もう少しだ」
頻りに録画を制するスカーレットの呼び声も虚しく、彼らとの映像の距離は近付いて行く。
その時だった。突然、流れる風向きが変化し、突風が追い風と為り走り抜ける。
「馬鹿、風上よ! セドリック!」
スカーレットの怒声が鳴り響くと同時に、風上から風下に流れたその臭いに気付いたグリーンゴブリン達の視線が一斉に降り注ぐ。
「Ooooooohooooo!!」
雄叫びを上げながら駆け寄る緑影。
一転ビデオの映像が振り乱され、彼らから逃げるように視界が乱れる。走り逃げ惑う記録者達の動揺振りをビデオスコープは鮮明に映し出していた。
「ダメだ、追いつかれる!」
「逃げるのよ」
激しい息遣いの中で響く衝撃音。
振り乱される映像の中で上がる悲鳴。苦痛に悶えるは男の声。
それは間違い無く、記録者本人であるセドリックの声だった。
「セドリック! セドリック!」
「逃げろ、スカーレット……ぉ……ぐぅ」
落ちたビデオスコープには地面に倒れこんだ一人の冒険者に向って寄って集って武器を振り下ろすグリーンゴブリンの姿が。彼らの合間から必死に空を掴もうと伸ばされていた手が、激しく痙攣し、そして大量の光芒と共に空気中へと拡散して行く。
映像はそこで途切れていた。完全なるブラックアウトと共に沈黙する世界。
ふと映像から我に返ったジャック達はただ閉口してその内容を思い返していた。
「これが……今回の相手……勝てる訳ないよ……こんなの」
恐怖に戦慄くタピオ。まるで真夏の夜に恐怖映像を見せ付けられたかのように、一同の背筋には冷たい悪寒が走っていた。
「これがグリーンゴブリンか……なんて……連中だ」とジャック。
「火球が放たれる映像が映ってたけど、彼らは魔法が使えるって事?」
そう尋ねるアイネの声は震えていた。隣でしっかりとアイネの袖を掴むキティの身体も震えていた。
「この映像をあいつに見せよう。あいつならきっと対策を考える筈だ」とジャックが示す人物とは彼に他為らない。
深夜の思わぬ来訪者からの贈り物。それはメンバーにとっては想いも掛けない鮮烈なイメージを焼き付ける事となった。