S7 私有地建設
権利書という名の希望を胸に抱えた一同は、意気揚々と自らの私有地へと足を運ぶ。昼用に購入したサンドウィッチの存在も忘れながら現地へと到着した一同は、そこで我を忘れてPBを開き、マップ上で位置を確認する。
――Detlic X23-Y56――
確かに位置情報はこの地を示していた。セント・クロフォードの鉄道が走った線路沿いから離れ約七百メートル。
マイキー達が当惑するのも無理はない。そこは何も無いただの荒れ果てた荒原だった。
プレイヤーズエリアの中でも現在の購入者達のその建設物は駅前のエリアに集中していた。当然その理由は冒険者が集中するエリアだからである。だが、マイキー達が引き当てたこの土地の権利書は自らで地区を指定したものではない。恐らくはシステム側でランダムに設定された地区なのだ。
まるで、離島のように街から引き離された荒原の赤土にへたり込むマイキー達。
「やっぱり、そうそう美味しい話なんて無えよ」
苦笑するジャックに皆が一瞬でも希望を掛けた自分達に呆れ笑いを浮かべる。
「こんなとこにショップなんて建てたところで誰も来やしない。残念だったな、マイキー」
マイキーは風が吹く荒原の赤土を見つめながら徐にPBを開いた。
「希望は捨てた訳じゃない。街から離れてるって事は。逆に考えればここを通ったプレーヤーの目には必ず止まるって事だ。こんな荒原の中に建物が孤立して建ってたら普通気になるだろ」
「逆転の発想って奴か。だけどそう上手く行くか」
珍しくも現実的なジャックの意見にここでは皆賛成のようだった。PBを開きながら微笑するマイキー。皆が彼のPBを覗き込みその内容を確認する。
「エディター上で赤煉瓦のブロックを操作して建設する事が出来るみたいだ。ランダム生成機能も付いてるみたいだけど、有効に自分達の理想の環境を造るには一から組み立てるのも面白いかもな。最低限の家具はレイアウト素材の中に組み込まれてる。棚とかテーブル、椅子。それから外壁に取り付ける窓か」
「面白そう、レイアウト私やりたいな」
マイキーはPB上を弾きながら頷く。
「そうさせてやりたいんだけど、残念ながらエディター操作は権利書の所有者しか出来ないみたいだな。アイネに譲渡としてもいいんだけど、譲渡した瞬間に設定は白紙、つまり平地に戻される。今後、アイテムの仕入れと価格付け考えると今は一時的に僕が権利書を預かってた方が都合がいい。とりあえず、今はテンプレート設定で、建物だけ形造って、窓の位置とか家具の設置とか内観だけカスタマイズしよう」
そうしてマウスの指先がPB上のランダム生成ボタンを弾いたその瞬間、一同の眼前には眩しい光の輝きと共に、無数の構造線が空気中に走り、そして一つの形を為して行く。
「綺麗、光の線がどんどん結ばれてる」と感動の言葉を漏らすアイネ。
構造線が象る建造物には次第に赤壁が浮かび上がり、そこには一軒の赤煉瓦の建物が生成されていた。
百平方メートルの私有地にランダム生成された赤煉瓦の建物。これが私有地に建てられた自分達の所有する建物である事を考えると、立地条件はともかく喜びを隠し切れなかった。
「凄ぇ、中入ってみようぜ」
ジャックの呼び掛けに勢い良く建物の中へと飛び込んで行く一同。
新築の建物は赤土の匂いに溢れていた。その匂いを肺一杯に吸い込みながら何も無い約十メートル四方の空間を見渡す一同。
「ねぇ、家具レイアウトしようよ。まずは窓の位置から調整した方がいいかな」
はしゃぎ出すアイネに一同の表情も自然と緩む。
「窓か。今、これ西窓になってるな。この蒸し暑いのに西日が入ってきちゃ確かに最悪だ。東窓にしよう」
立ち上がり窓の位置を確認し始めるマイキーをアイネが誘導する。
「うん、私的には位置はこの辺りに二つ置きたいな。カーテンとかもデフォルトであるの?」
「ああ、カーテンもあるよ。ただ地味な赤褐色の無地のカーテンしかない。とりあえずは仮に取り付けておいて、スティアルーフの家具屋で新調するか。レイアウトが済んだら今日の夜、僕はスティアルーフに一人で戻るから。必要な物があったら書き出しておこう」
「え、スティアルーフに何で一人で戻るの?」
アイネの質問を受けながら次々と内観をカスタマイズして行くマイキー。
「ショップに並べるアイテムを買いに行くのさ。僕らがこれから行うのは転売だからな。スティアルーフに有ってこの街に無い物。この街で必要になるものを、買える限り持ち込むのさ。食料は日持ちしないし。自然と買う物は限られてくるけどな。Lv5から装備可能な武器や防具、この街でLv4からLv5に上がる冒険者も少なくない筈だ。この街に武器・防具屋が無い以上、彼らが装備を購入する為には、スティアルーフまで戻る必要が出てくる。わざわざ列車賃と長い時間を掛けてさ。下らない労力を掛けてまで街に戻って買うよりは、この店で買った方が得だ。そう思わせるギリギリの価格設定をする」
「なるほど、そういう事か」とジャックが出現した店のカウンターテーブルに座り込む。
マイキーの宣言した転売とはMMORPGではおろか現実世界でも採られる手法の一つである。
販売地域が限定された製品を非販売地域で転売する。販売権利が絡む現実世界では違法とも為り得るこの手法だが、MMORPGの世界では有効な商売手段として機能する。
「ねぇ、マイキー。カウンターテーブルって必要?」
「そういや、そうだな。営業は基本的に無人販売になるし、ショーテーブルだけでいいか」
キーボード操作によって突然光と共に消えたカウンターテーブルに驚き飛び上がるジャック。彼は不満を零しながら、店の中を歩き回り居場所を探し始める。
「後は目玉に為りそうなのは、やっぱり認定試験の納品アイテムだな。バザーやオークションが存在しないこの街では、ショップの存在は絶大だ。入手次第、販売に乗り出そう。ただそっちは市場の活きたスティアルーフでバザー出品した方が効果的かもしれないけどな。様子見ながら調整しよう」
それから、店のレイアウトに没頭した一同は夕陽が沈むまで作業に務め、夜の便でマイキーはスティアルーフへと帰還して行った。
残された仲間達は今日の夜は、Closedを掲げた店の中で休み、店を守る事を誓いマイキーを見送るのだった。その本音はゴーストハウスのようなあの薄暗いホテルの一室に一人で泊まりたくない、そんな仲間達の願いをマイキーは知る由も無かった。