S6 抽選会
メルボル狩りを終えた一同は、太陽が南中すると暑さ凌ぎの為にデトリックの街へと戻っていた。蒸し暑い炎刻の気候は冒険者にとっては一つの大きな障害となって立ちはだかる。駅前のならず屋に並んだ食料品店で、蒸留水と僅かな食糧を購入したマイキー達は水を含んで喉を潤しては空を見上げる。
「蒸留水の500mlが5ELKか。ぼったくりだぜ、あの店」
「ごねてもしょうがないよ。どこかで食べる場所探そう」
愚痴るジャックを宥めるアイネ。日陰を目指して当ても無く一同が彷徨い始める中、マイキーは食料品店でまとめて購入したアイテムを整理しながら二枚のカードを手に取っていた。
興味を持ったアイネがマイキーの肩越しにカードを覗き込む。
「どうしたの、そのカード」
「籤引きだってさ。あの食料品店で50ELK購入毎に一枚貰えるらしい」
何でも郊外近くで籤の抽選会を行っているようだった。
籤引きという言葉に反応したジャックが進んで歩み寄り手を差し出す。
「俺に任せろ。必ず一等引いてやる」
「その根拠の無い自信はどこから来るんだ。お前に任せる時は、このカードを溝に捨てる覚悟が出来た時だ」
痛烈な返し言葉に「溝は言い過ぎじゃ……」とタピオが苦笑する中、マイキーが持っていた一枚のカードがキティへと手渡される。
「キティ、一枚引いてくれるか。この中じゃキティが一番クジ運強そうだ。カジノのルーレットで三十六倍当てた確かな前歴もある」
マイキーの言葉に「はい」と嬉しそうに頷いたキティは受け取ったカードを両手に満面に笑みを浮かべる。
「もう一枚は……じゃあ、ジャックお前やるか?」
「よし、来た! 任せろ。必ず全員南の島連れてってやるから」
何を以て一等賞を南の島と決め付けたのか、その深くは突っ込まれずに流された。
郊外に為らば建設途中で放置されたプレーヤーハウスの陰など、陽射しから逃れる為のスペースは幾らか存在するだろう。食欲は起きないがそろそろ食事も済ませておきたい。
自然一同の足取りは抽選会が行われている郊外へと向けられた。
まだ石畳の舗装が行き届いていない所々赤土が剥き出された抽選会場には多くの冒険者が集まっていた。爽やかな水飛沫を立てる噴水とその源である水瓶を背負った女神像が存在するこの地区は、どうやらこの街でも人々が集まる有数のポイントのようだった。
「抽選会場はあそこか」
抽選会場とは名ばかりで、褐色の庇の取り付けられた金属棒で区切れた小さなスペースに五台の抽選端末機が並んでいる。抽選カードを挿入すると、応じて景品が返還される単純なシステムのようだった。
カードを片手に端末機を見上げるキティ。そんな彼女に手本を見せるように歩み出るジャック。
「この端末機にカードを入れればいいんだ。見てな、今南の島当ててやるから」
仲間達に不敵な眼差しを向け、見てろと言わんばかりにカードを勢い良く挿入するジャック。
「Hahaha!!! それ南の島、ほら来い……結果は!」
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〆カード名
デトリック特製砂時計
〆分類
アイテム-日用品
〆説明
バスティア荒原の乾燥した赤土を用いて作られた砂時計。一分間計測用。
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カードを前に固まるジャックに背後から覗き込む一同。
「砂時計……南の島じゃないみたいね」
責めるようなアイネの視線を振り払うように皆に向き直るジャック。
「いや……これ凄ぇアイテムな気がする。換金したら凄い事になるぜ、きっと」
瞳を輝かせるジャックに、至極仲間達は冷静だった。
「だったら、周囲に落ちてるこの砂時計の数々、拾って売ったらいい稼ぎになりそうだな。踏み潰されて破損してるモノとか、随分と勿体無い事するプレーヤーが居るもんだ」
マイキーの言葉に曇るジャックの表情。彼の言う通り、抽選会場の周りには所々に踏み潰され破損した砂時計が辺りに散らばっていた。ジャックの言う通りの価値をこの砂時計が持つならば、目の前のこの光景は一体どう説明するのか。
追い討ちを掛けるように抽選端末機に遅れて表示される文字。
――残念賞 また来てね☆――
その文字を見た瞬間、端末機を殴りつけるジャック。
「また来てね、☆じゃねーよ。舐めてんのかコイツ!」
「舐めてるのはお前だ。世の中、そんなに甘くない」
憤るジャックをマイキーが押さえつける中、アイネに抱きかかえられたキティが抽選端末機へとその小さな手を伸ばす。
「止めとけ、こんなもん。残念賞しか入ってねぇよ」
ジャックがそう言って腕組みしながら背を向けた頃、抽選端末機からはまた一枚のカードが吐き出される。キティは小さな手でカードを手にすると首を傾げた。
「漢字が読めないのね。見せて」
キティからカードを受け取ったアイネもまたその内容に首を傾げる。
「プレーヤーズエリア……権利書」
アイネが読み上げたその言葉にここで過剰なまでの反応を見せたのはマイキーだった。彼女は今何と呟いたのか。確かに呟かれたその言葉が意味するモノを予測し、マイキーの中では急激に妄想が掻き立てられていた。
「マイキー、これ意味分かる?」
アイネからカードを引っ手繰るようにそのカード内容を見つめ始めるマイキー。
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〆カード名
プレーヤーズエリア権利書
〆分類
だいじなもの-権利書
〆説明
デトリック・プレーヤーズエリアの土地権利書。この権利書はデトリックX23-Y56地区の地積100平方mの権利を規定したものである。登記、及び土地運営の詳細についてはギルド規定項目『プレーイヤーズエリア』を参照の事。
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カードの内容を前に普段冷静なマイキーの表情が完全に綻んでいた。仲間達は何が起こったのか分からず、ただ当惑しながら彼の説明を待っていた。
「キティ、最高だ。最高だよ」
投げ掛けられる言葉に当惑しながらも笑みを絶やさずに皆の表情を窺がうキティ。
「これは土地の権利書なんだよ。プレイヤーズエリアって言って、この街の開拓土地をギルドで売ってるんだ。この権利書では100平方mの土地の権利が書かれてある。ギルドでのこの街の1平方m当たりの価格は313.2ELKだった。この意味分かるか? 価格にしたら僕らは31320ELKの価値を持つ土地を手に入れたって事だ」
マイキーの言葉に動揺を隠さない仲間達。
同時に抽選端末機に表示された特等という文字にタピオが思わず後退りを見せる。
「特等……だって」
マイキーは柄にも無くキティの頭を撫で上げると力強く抱きしめる。思わぬマイキーからの抱擁に赤面するキティ。
「本当に良くやったよキティ」
そうして向き直ったマイキーは皆にこんな言葉を掛け始める。
「この土地の運用だけど、出来れば僕に任せてくれないか。勿論、これは皆の土地だ。ここで売り上げた収益は皆で等分する。当面の目標として小遣い稼ぎのショップを作りたいんだ」
「ショップか。具体的なビジョンはもうあるのか」
ジャックの言葉にまるで子供に返ったかのように純粋な輝きを瞳に頷くマイキー。
彼の珍しいまでの喜び様に仲間達も自然と高揚する気持ちを抑えきれずに、微笑みを交し合う。
小さな女神が齎した一つの奇跡はマイキーにとってはこの上ないプレゼントになったようだった。




