S2 宿場町デトリック
大草原の中を疾走するセント・クロフォードに揺られながら一同は広がる景色を満喫していた。海岸線に沿って走っていたセント・クロフォードは丘陵地帯と海岸の狭間を縫うように、その景色を変化させて行く。
断崖と化した西側の丘陵地帯を登った先は、あのラクトン採掘場や星見の丘へと繋がっている。黒煙を巻き上げる無人操縦室の先にはいつしか海岸線が途切れ、深い谷間が映り始めていた。この丘陵地帯の谷間を抜けた先に、向う赤野の荒原が広がっているのだ。
タピオはキティを肩車して、無人操縦室から見える谷間の景色を眺めさせていた。
「谷間を越えたらそこは戦場だよ。キティはもう覚悟出来てる?」
呼び掛ける彼の言葉にキティは無言で頷いた。その様子に微笑するタピオ。
「やっぱ、キティは凄いよ。僕なんてまだ心の準備が出来てないんだ。今回はあのアルゼロデス以上の死地だって云うし、正直怖いよ」
そんな彼の手を握り締める小さな手。
「大丈夫です。皆、一緒ですから」
キティのその優しい響きを持った言葉に微笑むタピオ。
列車はいつしか谷間の目前と迫っていた。
一方、その頃食事を終えコーヒーを片手に寛いでいたマイキー達は初期メンバー三人で、これからの流れを確認し合っていた。
「まずは、バスティア荒原前の停車場。デトリックで今日は宿泊する」
「デトリック?」
聞きなれない単語に聞き返すジャックにマイキーはとりあえずは話を最後まで聞けと云わんばかりに話を続ける。
「デトリックって云うのはバスティア荒原に調査隊員が築き上げた開拓拠点だ。まだまだ未開拓の地で資源も足りず、本当にただ寝泊りするだけの宿場町らしい。おそらくネットワークも未整備だろうな。せめてラクトン採掘場みたいにLocal Applicationでも在ればいいんだけど。期待は出来ない」
「それって環境が劣悪って事……?」
不安気に尋ねるアイネに首を傾げるマイキー。
「劣悪とまでは言わないけどな。食事にシャワールーム。最低限の設備は整ってるって話だし。野宿じゃないだけマシさ。それより問題なのは、現地で他のプレーヤーと情報共有が出来ない可能性が有る、こっちの方が大問題なんだよ。現地でパーティーを組むにも支障が出るかもしれない」
「成る程。で、どうするんだ。今回の敵は当然、俺達だけじゃ太刀打ち出来ない相手なんだろ」
窓辺には谷間の景色が流れていた。
ジャックの問い掛けにマイキーが首を傾げて一同が沈黙してから暫くの時が流れた。どれくらいの時が流れたのだろうか。窓辺には星見の丘の真下を丁度駆け抜け、広大な赤野が姿を現し始める。
広大な赤土の台地には東エイビス平原では見られない棘サボテンやマイクロエイジと呼ばれる古生代の灌木が見られる。
夕闇の中に浮ぶそれらの植生は月明かりの中で美しく天を指すように力強く根付いていた。
「これが噂のバスティアの地か」
星見の丘から見下ろした景色とセント・クロフォードの地表から眺める景色とではその存在感がまるで違う。一面に広がる赤野は見るだけで冒険者の感情を飲み込んでしまう。そんな奇妙な感覚を植え付けられていた。
それから走る事、数十分。列車は目的の宿場町デトリックへと差し掛かっていた。
赤土の聳える鉄骨と煉瓦造りの街。列車が町へ差し掛かった時には、タピオがキティの手を引き歓声を上げて席へと戻ってきた。
興奮する彼を宥めながら、次々と座席から腰を上げる冒険者達に続いてマイキー達もまた下車口へと移動し、乾いた赤土で固められたホームを踏みしめるのだった。列車から足を降ろすや否や乾燥した空気に吹く風が赤土を巻き上げて、冒険者達を打ち付ける。
「大したご挨拶だな」
砂礫混じりの風に手を翳しながら、ホームを町へと続く改札へと向って歩き始める一同。
今、ここでこの地を踏みしめている冒険者達は皆、同じ目的の為に集まった仲間。数十名の冒険者の流れに乗りながら、マイキー達はどこか安心感を得ていた。
「これだけの仲間達が居るなら、きっとこのクエストだって乗り越えられるよね」
「だと、いいんだけどな」
返されたマイキーの言葉にタピオが恐怖に表情を歪める。
だが、実際安心は出来ない。敵の姿が明確に見えない以上は、慎重に為って損をする事は無い。慎重過ぎるくらいで丁度良いのだ。
改札を出たデトリックの駅前通りには赤土を固めた煉瓦を積み上げた建物が幾つか並んでいるだけだった。町と呼ぶには余りにも貧相で寂しい。
「本当に開拓途上って感じなんだな」と葉煙草を取り出すジャック。
「まずは、寝る場所を確保しよう。宿場町って言われてるくらいだ。いくらなんでも宿くらいはまともだろ。いや、それでも期待薄かもな」
改札から出て向かいの建物がこのエリアに置けるギルドのようだった。その右手にはこのエリアでの物流を取り扱ったならず屋がひっそりと店を構えていた。残念ながら武器防具を揃えられる店は通りには見当たらない。向って左手の錆び付いた鉄板にDetlic Hotelと書かれた寂れた宿屋が存在した。
外観から受ける対象に対して愚痴を漏らす者は存在しなかった。愚痴を零せば自然と気分は沈んでくる。セント・クロフォードの素敵な汽車の旅からの流れを、ここでの一言で陰鬱な気分に沈めたいと願う者は誰一人として居なかった。
無言でホテルへと進んだマイキー達だったが、建物の外観に比べて、内観は煉瓦造りに淡いランプが灯った意外に安心感を齎す程の清潔感は持ち合わせていた。だが薄暗いホテルの壁際に映し出された何条もの煉瓦の継ぎ目はゴーストハウスのような不気味さを帯びているとも言える。事実、フロントカウンターでの申し込みの際に各々一人部屋と云う話になった時の仲間の表情には若干の恐怖の色が浮んでいた。
「今日からここが拠点になるんだ。早く皆馴れろよ。飯も食ったし、今日は後は自由行動にしよう。明日は7:30にこのホテルのロビー集合で」
業務連絡のように淡々と明日のスケジュールを伝え始めるマイキーの傍らでアイネは怯えた様子でホテル内を見渡していた。
「ねぇ、今日初めてこの町来たんだし。今日の夜は皆で町見回らない?」
「う、うん。そうだよ。その方がいいよ。一人だと何かと危ないし」
アイネの言葉に賛成するタピオの言葉に溜息を吐くマイキー。
「とか言ってお前等、一人で出歩くの怖いだけだろ」
図星を差されてシュンとする仲間達を見兼ねて口を開くマイキー。
「ジャック、悪いけど僕は情報集めるから。皆に付いてやってくれないか」
「ああ、別に構わないぜ」
頷いたジャックの言葉に、安心したのか皆の顔色に光が差した。
「それじゃ、また明日な。お前もあんまり無理しないで今日は早目に寝ろよ」
「ああ、分かってる」
ジャックの忠告に頷いたマイキーはそこで仲間達と別れた。
夜の通りに冒険者の姿はほとんど見られない。デトリック、その初印象はゴーストタウンと云ったところだろうか。