【Episode】紅き流星
ラクトン採掘場から北に12kmの丘陵地帯。通称、星見の丘と呼ばれるその断崖からは、眼下に広がる赤褐色の乾燥土地帯、バスティア荒原を一望にする事が出来る。この断崖を下る現実的な方法はただ一つ。スティアルーフから発進する蒸気機関セント・クロフォード号によって絶壁の合間に走る丘陵地帯を下る方法のみである。線路道を歩く方法も存在するが、多くの冒険者はそれは非効率であると知っている。蒸気機関への乗車権が無ければ、行きも歩きならば帰りも歩き。バスティア荒原までの50kmを裕に超える行程を往復しようと思う酔狂なプレイヤーは極稀である。
「あれがバスティア荒原か。東エイビス平原とは一気に景観が変わるな」
上空では澄んだ夜空に星々が瞬いていた。星見の丘の断崖から、バスティア荒原を見下ろすマイキー。仲間達も又、向う先のその一転した景色を重々しく受け止めているようだった。
現時点では、そこにどんな試練が待ち構えているのか知る由も無い。一度スティアルーフの街に戻り、詳しい情報を集める必要がある。
何よりフリードが去り際に残したあの言葉がマイキーには気掛かりだった。
――お互い生きていれば、戦場で会おう――
「全く縁起でも無い」
マイキー達が今日ここを訪れたのは、これから向う先となるバスティア荒原のその眺望を求めてと、もう一つ大きな理由があった。
断崖の縁に立ち、風向きをその身で確かめながら空を仰ぐタピオ。逆立てた茶髪を風に靡かせながら振り向いた彼は皆に手を振って呼び掛ける。
「今日は雲一つない晴天だから、きっと見えるよ」
空に輝く美しい星々を見上げながら、マイキー達は一様に首から下げた解析モニターを構えて流星の行方を追っていた。
「本当に今日その流星出るのか」と星の動きを追う事に飽きたジャックがフレームから目を外す。
「Local Applicationに挙がってた観察記録じゃ、先刻23日と今刻11日に報告が集中してる。今日は水刻23日。星体の出現周期が12日だったら、可能性あるだろ。かなり望み薄だけどな」
マイキーの言葉以外に一同の確証は無い。仲間達は皆彼の言葉を信じて疑わなかった。
そして、彼らのそんな気持ちを裏付けるように星見の丘には、マイキー達の他にもキャンプを張る冒険者の姿が幾組か見て取れた。
「いつの間にか、結構人集まってきたな。キティ、眠たかったら少し寝てな。起こしてやるから」
眠たい眼を必死に擦りながら、首を振るキティ。テント前に起こした焚き火の周りでうたた寝する彼女にアイネは優しく微笑み、眠らないようにその背中を摩り始める。
「キティって強いよね」
徐にそう呟いたタピオに皆が視線を向ける。
「ん、どうしたんだ。急に」
香煙草を吹かし問い掛けるジャックの言葉に俯くタピオ。
「あんな小さいのに女王蟻との闘いでは積極的にパーティーに貢献して。僕なんて怖くて何も出来なかったのに」
タピオの言葉に苦笑するマイキーとジャック。アイネだけはただ彼の愚痴を優しく聞き届けていた。
終着点の見えないタピオの呟きにジャックが口を挟む。
「なら、次は貢献すればいい。それだけの話だ」と迷いの無いジャックの言葉に当惑するタピオ。
「それはそうだけど。僕には無理だよ。とてもマイキーさん達みたいに、あんな華麗な立ち回り出来ないよ」
黙って彼の言葉を聞き届けていたマイキーがここで口を開いた。
「人間出来ないって思い込んだら、その瞬間から不可能になるんだ。一パーセントでも可能性を残す為にはまず出来るって信じ込む事が大切なんだ」
「信じ込む事?」
問い返すタピオの眼差しは純粋な輝きを秘めていた。
「上顎で噛み砕かれたあのプレーヤーの姿見ただろ。あの状況で、あの瞬間。恐怖抱かない奴なんて居ない。けどな、あそこで立ち向かう意志捨てたら、その瞬間僕らは全滅したも同然なんだよ。恐怖に立ち向かうってのは、ある種慣れさ。今のタピオみたいに恐怖そのものを畏怖する必要は無い。お前が克服するのも時間の問題だろうさ。ただでさえ、お前には今克服する為の強い動機があるだろ。だから間違ってもトラウマだなんて思うなよ。これは克服するチャンスだ。華麗な立ち回りなんてする必要無い。タピオのやり方で昇華して見せろよ」
「僕の……やり方?」
焚き火を前に肩をジャックにポンポンと叩かれてタピオは暫し呆然としていた。
だが時が経つにつれ、彼の眼差しは深く澄み渡る。それはマイキーの言葉に対して、彼が彼なりの解釈を見つけた瞬間でもあった。
「皆、空を見て! 星が紅い尾を引いてるよ」
突然のアイネの掛け声に皆が空を見上げる瞬間。
澄み切った夜空の浮ぶ星々の合間を縫うように、美しい流線型の尾を引いた紅き彗星。
「キティ、起きてるか。モニター構えろ」
マイキーの呼び掛けにキティは小さな手に解析モニターを掲げて美しい彗星の動きを観測する。
「綺麗だね」
呼び掛けるアイネに瞳を輝かせて頷くキティ。解析モニターを掲げるマイキー達の手もまたその美しさに震えを隠しきれなかった。
「紅き……不死鳥」
空を切り裂く一筋の彗星の元で、その美しさに見惚れる冒険者達。満天の星空を分つその軌跡はまさにこの世界の神秘。
「あれが彗星ならさ、きっとどこからでも見えるんだよね。なんで、この星見の丘で観測する必要があるんだろう」
タピオの言葉に我に返ったマイキーが再び空を見上げる。タピオが告げた純粋な疑問はまさに真理だった。
――確かに、あれが彗星ならばここで観測しなければならない理由が見つからない。もしかして、あの彗星は――
「まさか……生き物」
マイキーの漏らした言葉に驚愕する一同。
紅き不死鳥とは夜空に浮ぶ星では無く、まさか空を飛ぶ何らかの生物だとでも云うのだろうか。空を眺める冒険者達は口々に歓声を上げながら騒ぎ立てる。
空に向かって構える観測モニターを握る手は自然と手汗で滲んでいた。
夜空に流れる紅き不死鳥、その姿は冒険者の心に限りない神秘を降り注がせていた。