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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
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 S14 死地惨状

 鐘乳石の垂れ下がる洞窟で、振るわれる剣音が鳴り響く度に巨大蟻が金切り声を上げて屈折する。ランプの燐光を受けて煌く鋭い剣閃のその一振り一振りが仲間の士気を高めて行く。

 前衛をジャックとフリード、殿しんがりをタピオへと編成を変更したマイキー達は、立ち阻む巨大蟻の群れを駆逐しながらL地点を目指していた。

 頼もしき仲間の姿に安心する反面、中衛として辺りに注意を凝らすマイキーの表情は真剣そのもの。鼻筋から滴り落ちる汗の雫が、冷静に見える彼の心境を告白していた。


――何がどうなってるんだ。報告を――

――応援を……応援をた……む――


 PB上では完全に混線した各地点のプレーヤー達の肉声が飛び交っていた。もはや収拾が付かなくなった現状では無線機能も役には立たない。

 無線に状況報告を求めていたマイキーは辛うじて聞き取れた援護要請に真剣にその耳を傾ける。


「赤丸。前方に発生です」


 キティの掛け声に手元に開いたPBを確認するマイキー。マップ上では敵情報を示す赤い点が複数接近して来るのが確認出来た。

 視線の先には蠢く巨大蟻が数匹。壁の側面を這うように棘張った手足を動かすその様は見ていて到底気持ちの良い光景では無い。

 今までこの世界で幾種ものモンスターを眺めてきたが、そのどれもが愛らしく相対するにはどこか憎めなかった。だが薄暗闇の中に映えるこの化け物に関しては別だ。こんな生物は早めに剣のさびとして切り捨てるに限る。前衛の二人がそんなマイキーの気持ちを酌んでいたのかは些か疑問だが、事実として彼らはその心境に忠実に応えていた。


「蟻の数が何だか増えてないか」とジャックの漏らした呟きに同意を示したのはフリードだった。

「間違いない……根源が近付いているのだろう」


 目標とするL地点まではMAP上では僅か数メートル。キティは情報伝達係の役割を果たそうと、か細い声を張り上げてその距離と方角をパーティーに示す。


「この下の通路を抜けたらL地点です」


 周囲を見渡せば、そこは石灰質の地層がうねる高台だった。壁には鐘乳石が地面に辿り着き石筍と化した荒れた岩肌。

 一同が巨大蟻の掃討を手掛けるこの高台から急激な角度で下った先に存在する小さな穴。そこを潜れば、いよいよL地点である。

 ここまで来ると明らかな状況の異変に一同は気付き始めていた。穴を通して響き渡る猛る冒険者達の掛け声と悲鳴。それはかつてない戦慄と恐怖をパーティーに齎す。


「なに……この悲鳴」


 アイネが呆然とするのも無理は無く、まるで合唱のように鐘乳洞に響き渡るその音色は一人に冒険者が発したものではない。男女無数の冒険者が恐怖に対抗すべく必死に漏らしたような窮地の絶叫。


「急いで合流するぞ。それからタピオ、お前はL地点に着いたら状況次第ですぐに坑道側に向って走れ」


 眼前の巨大蟻を掃討したマイキー達はそして、恐怖の元凶の元へと今一歩ずつ近付いて行く。ジャックによって頭部を突き刺された巨大蟻が光芒と消えると、マイキー達は高台の下の小さな穴目掛けて一直線に傾れ込む。

 恐怖に打ち勝つには、必ずしも勇気が必要とは限らない。時には勢いに任せてみる事も重要だ。


「このまま一気に走りこめ」


 マイキーの言葉に全力で疾走する一同の目に今空間が開けて行く。釣り下がる鍾乳石群を避けながら、勢いに任せてただ走り、側面に流れて行くランプの点光源の間隔が遠ざかる。そして、光の広がりは空間の広がりを示す。その巨大な空間が姿を現した時、彼らは思わずその足を停止させた。

 その開けた空間の中央には今まで見た中で最も巨大な高さ二十メートル程の石筍。高い天井からドーム型に開けたその巨大な石灰洞の中では、無数の冒険者達が武器を振り翳していた。その対象は紛れも無い巨大蟻。その数は無数。一見しただけで二十匹は軽く超えている。だが、そんな巨大蟻に交じってマイキー達の視界に飛び込んできたのは。


「あいつが……根源か」


 空間の中央に存在する巨大な石筍に纏わりつくように這う巨影。それこそが今までマイキー達が追い求め恐れてきた存在に他ならない。

 鋸状の巨大な手足を蠢かせ石筍を登り始めるその根源の名は。


――Alzelodesアルゼロデス――


 その正体は巨大蟻を統べる女王。そう、女王蟻である。

 全長四メートル程のその巨大な肢体を揺るがせて、天井を張ったアルゼロデスは二十メートルの高みからまるで戦況を窺がうように、我が子達の戦いを見守る。


「クソ野郎が、また天井上ったぞ」


 注意を呼びかける青銅鎧を纏った赤髪のソルジャーの掛け声に、一斉に頭上を見上げる冒険者達。子蟻との戦闘を交代したハンター達が一斉に天井を射撃する中、女王蟻は悠然とその矢を固い表皮で弾き返す。巨大な鋏のような上顎を噛み鳴らしながら、腹を擡げ真下に向ける。腹の尾から白い楕円球が見え隠れすると、冒険者達は絶望の色を浮かべる。


「また産むぞ。ハンター何してる! 撃ち落せ!」

「やってる! 距離が有り過ぎて撃ち落せないんだよ!」


 危機迫った怒声が飛び交う中、天井から産み落とされた真白な卵が地表に落下すると同時に孵化する。まるで真白な花弁のように卵が裂けると、中から現れた真白な輝きを帯びた巨大蟻の表皮が空気に触れる事で見る見るうちに黒化して行く。


「もう体力の限界だ。援軍はまだかよ!」

「弱音吐くな。ここで死にたいのか! ほらあいつら見ろ。どんどん集まって来てる」


 掛け声を上げる冒険者達が一瞬、マイキー達に注意を取られたその時だった。

 突然天井から降り注ぐ巨影が地表に居た冒険者達を押し潰す。

 

「うあぁぁぁ!」


 湧き起こる悲鳴と同時に、辛うじて敵との衝突から逃れた赤髪の冒険者がアルゼロデスの鋸手に掴まれ拘束される。


「俺は死なねぇ、こんなところで死ねるかよ。俺はこの世界の高みに昇る男だ!」


 叫ぶソルジャーの青年を前に一同が救出にその足を奮い立たせようとしたその時、青年の姿が女王の上顎の中へと消えた。立ち昇る光芒と共に消滅する一人の冒険者の姿に、完全に呆然自失とするマイキー達。


「一撃で消滅……そんな馬鹿な」


 目の前の余りにも衝撃的で熾烈な光景を前に、ただタピオは蹲り震えていた。その背中を必死に表情で摩り宥めるキティ。だが小さな少女の手もまた震えていた。


「こんな奴どうすりゃいいんだよ」


 当惑するジャックに掛け声を上げるマイキー。


「まずは、周囲の子蟻を退治する。ただ根源の動きにも片時も目を離すな。行くぞ」


 そう声を張り上げて先陣を切るマイキー。

 自動弓を片手に、周囲の子蟻に的確に矢弾をヒットさせる彼の姿にフリードとジャックが続く。


「私達も行くよ、キティ」


 アイネの呼び掛けに頷くキティ。ただ彼女の瞳は残されたタピオへと向けられていた。

 鐘乳洞の通路入口で蹲り頭を抱えたタピオの姿は酷く弱々しく、まるで恐怖に怯える小動物の姿にさえ見えた。

 そんな彼に向かって優しく微笑みかけ言葉を掛けるキティ。


「大丈夫ですよ。わたし達が退治しますから。安心して下さい」


 彼女のその小さな勇気は彼に届いたのだろうか。

 震える身体を蹲らせたまま、タピオは静かに彼女の言葉に頷いた。

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