S12 発見報告
坑道の薄暗闇は恐怖の象徴。少なくとも昨日の時点までは、それは確かに云えた事だった。まるで初めて入るお化け屋敷のように、どこで何が出現するか分からない恐怖。だがマッピングが済んだエリアに存在する限りは、巨大蟻の突然の奇襲に怯えるその恐怖からは解放されている。そして、その対処法も学んでいる。状況として、それだけでも昨日に比べて進展と言えた。
坑道奥のポイントへと向う合間に詳しい話を聞いたところ、どうやらフリードはソロプレーヤーとの事だった。ソロプレーヤーとはこの世界でパーティーのような徒党を組まず単独で攻略に臨んでいる冒険者の事を示す。
緑園の孤島では他にもう一人のソロプレーヤーと力を合わせてシムルーを撃退したようだが、その冒険者とはそれっきりと云う話だった。
ソロプレイヤーと呼ばれる冒険者の多くは他者との交流を気嫌う性質を孕んでいる。彼らの付き合いの形も決して珍しい事では無い。そして、困難な状況を一人で打破する力を備えている彼ら個人としてのプレイヤースキルは非常に優れている場合も多い。これはパーティー戦での戦闘能力に比例するものでは無いが、たった二人であの島の試練を乗り越えてきた事からもそのプレーヤースキルの高さは窺がい知れる。
何よりジャックが纏う青銅の装備に対して、彼が纏うは薄明りを鈍く反射する赤銅の装備。見慣れないその防具の名はバロックシリーズと呼ばれるスティアルーフ独自の銅製品メーカー『Forcted Barok』によって販売されている製品である。
そして、背に凭れた銀光を放つ大剣は重武器店『Dinaston』で購入したという精鉄剣。
何れもLv5から装備が可能となる装備。このレベル帯におけるソルジャーの多くが青銅製品を装備している事は周囲を見れば一目瞭然である。現にジャックやタピオもその例外では無い。こうした周囲がまだ青銅の装備に身を包む中、赤銅の装備を整えているという現段階での彼の進行状況からしても、彼の存在は異質で在った。
「残念だが、この採掘場ではまだ市場が未成熟でバロック製品や精鉄製品のメーカーは存在しない。青銅製品なら売ってるんだがな。仮に売っていたとしても、値は張るだろう」
装備に興味を持ったジャックが彼に販売場所を尋ね悔しそうに項垂れる。
前衛のジャックと殿を務めるフリードのそんな会話に挟まれながら、マイキーは周囲の気配を慎重に窺がい洞窟内を進んでいた。幸い指定ポイントまでの道程はほとんどマッピングが完了している。
「前方の横穴に巨大蟻の反応有り……後方からも一匹。このままだと挟まれるな」と冷静に呟くマイキー。
「そういう事はもっと早く言え」
前衛のジャックとタピオが剣を掲げると同時に、横穴からその姿を覗かせる巨大蟻の頭。
彼らが斬りかかると同時にマイキーが中衛のアイネとキティに指示を出す。
「アイネは前衛二人のサポートを。キティはここで傷付いた仲間の手当て。僕はフリード側のサポートに回る」
「了解。二人共気を付けて」
アイネの言葉を受けてマイキーが後方へと振り向いた時、既にフリードは横穴手前の配置に付いていた。移動の直前に呟くように残した彼の言葉。
――後方に援護は不要だ――
彼が残したその言葉の真意を確かめるべく歩み寄ろうと足を踏み出したその時。
その横穴から巨大蟻が頭を出すや否や、穴に向ってその頑強な腕を突っ込むフリード。その姿にマイキーが唖然とした瞬間には、坑道には引き摺り出された巨大蟻の姿が転げていた。
「……な」と苦言を漏らすマイキー。
獲物が転げた体躯を反転させ、起き上がったその時には両腕を上げ振り被った大剣が構えられていた。
そして、フリードの咆哮と共に一直線に振り下ろされる銀光。
首の関節目掛けて振り下ろされた剛剣が対象と接触した瞬間に、致命傷として浮かび上がるダメージ数値<D値:20>。マイキーが装着したアナライズゴーグル上では緑色に表示されていたゲージが瞬く間に減少し、黄色へと移り変わる。ただの一撃で敵のそのHPは半分まで奪われていた。
衝撃に身体を痙攣させ、手足をひくつかせた巨大蟻の頭部に再びフリードの豪腕が炸裂する。
「他愛も無い」
一言が突きつけられた瞬間、巨大蟻に残された黄色ゲージが赤色へと変化し、そしてその勢いを余す事なくHPゲージは消滅した。
大量の光芒を立ち昇らせながら消えて行く巨大蟻。その光の中でフリードは振り下ろした両手剣を背に回す。
圧倒的な戦闘能力を前にマイキーが言葉を失う中、前衛側ではジャック達が一匹の巨大蟻に対し三人掛かりでようやく沈めたようだった。
――これは武器性能なのか、それとも――
どちらにせよフリードがこのパーティーにとって心強い戦力である事には違い無い。
それから前衛で傷付いたタピオがキティから手当てを受ける中、フリードはたった一人でもう一匹の巨大蟻を切り伏せて見せた。その様子を目の当たりにして押し黙る一同。
ジャックは片手に青銅剣を構えたまま、一瞬に討伐された敵の姿にただ硬直していた。彼から見てもフリードのその戦闘能力は異質に映ったのだろうか。
「へぇ……やるじゃん」
剣を収めた彼のその瞳には若干悔しさにも取れる色が浮んでいた。
目的のポイントまで1.5km。その道程においてフリードの活躍には目を見張るものがあった。咆哮と共に薙ぎ払われる彼の剛剣によって吹き飛ぶ二匹の巨大蟻。壁に叩きつけられた肢体は大量の光芒と共に拡散して行く。
「すっごい力……まるで戦車みたいだ」とタピオ。
次第に打ち解けた一同はフリードに対して畏敬の念を隠さず、その戦闘能力を誉め称える。迫り来る巨大蟻の群れをたった一人で蹴散らすフリードのその姿はまるで鬼神の如く。振るわれるクレイモアのその輝きに一同はただ目を奪われていた。
「化け物かよ。たった一人でここまで十四匹。信じられねぇ」
礼節を重んじないジャックだが、その言葉には敬意が含まれていた。
それは同じソルジャーとしてフリードを高みと認識した彼なりの称賛。
――上には上が居る事が世の常――
一同が仲間として連帯感を帯びてきた頃、調査から一時間。マッピングを既に終えていた事もあり彼らは目的のポイントへと到達していた。
鍾乳石が垂れる比較的規模の小さな石灰洞には根源の姿は愚か、通った形跡も見当たらない。穏やかに滴る水滴が、ここが安全圏である事を物語っていた。
現在根源の出没ポイントして報告されている二十三箇所は全て石灰洞である。地下に向かって張巡らされたこの二十三箇所のポイントは連結しており、最も浅い層であるAからW地点を弛みを描いた放物線で結ぶ。その最下層はL地点が最も深層となり、それぞれの石灰洞は大体二十五メートルから百メートル程の鍾乳洞で区切られている。
だがここで根源の出現報告が石灰洞に限られている事を考えるならば、これらの事実はつまり、この鍾乳洞こそが根源の通り道である事を示している。
故にこのエリアで現状禁忌とされている事は、この鐘乳洞を渡り歩く事。何故ならば、狭い鍾乳洞で移動する根源と遭遇した場合、通常の立ち回りは至難。加えて敵の突進という攻撃手段を回避する術が無い。
だが逆に言えば、鐘乳洞では無い坑道を歩く分にはそれらの危険性は存在しない。メサイアからの指示では石灰洞には入らず必ず坑道から中の様子を窺がう事が提示されていた。
PBにはまだ他の討伐隊からの報告は無い。上層や中層域へ向った隊員達は既に到着している頃合だ。現状報告が無いという事は、つまり根源が深層部の石灰洞、もしくは通路である鐘乳洞内に存在する事になる。
静かな石灰洞の中で、周囲の気配を窺がい各々がただ静かに時が流れるのを待っていたその時だった。
突然、明滅するPBのランプと同時に拡声器から、危機迫った声が漏れ始める。
――M地点にて……根源を発見――