S11 討伐隊
砂風が舞い上がり始めたラクトン採掘場の最下層には多くの冒険者が坑道へと姿を消して行く。
準備を整え、地下採掘場の攻略に乗り出したマイキー達も又、坑道の薄暗闇の中へとその姿を晦ませて行った。だが、彼らはそこで思わぬ足止めを受ける事になる。
衣擦れの音と共に耳に付くざわめきは人の声。坑道入口から広がる洞窟空間には多くの冒険者がそこに集まっていた。洞窟内壁に沿うように巨大な円陣を組んだ冒険者の数は裕に百名を超えている。
マイキー達が人込みに近付いて行くと一人の黒髪の女性が近付いてきた。前髪で片目を覆った、何か小動物的な気配を漂わせる女性は口元に柔らかい笑みを浮かべると、その美しい黒瞳を一同へと向ける。
「申し訳ありません、クエスト攻略に来た方々ですね。すみませんが、ここで少々お待ち頂けますか」
突然の展開に驚愕の色を隠さないマイキー。
「何だよ、これ」
動揺する一同を前に、女性はマイキー達一団の人数を数えながら、洞窟の奥に立つ人物に合図を送る。
「これより、Ji-ongより本クエスト攻略に関する説明があります。お時間をお取りしますが是非お聞き下されば幸甚に存じます」
「攻略説明?」
当惑するマイキー達を他所に集められたプレーヤー達がざわめき始める。
円状に並んだ彼らの視線を一身に注ぎ込まれた一人の人物。白髪の巻き毛は顔の輪郭と合わせて逆三角形を象ったその老人。黒斑の羽織物を纏ったその風貌は威風堂々と、奇妙な威圧感を携えていた。
伸ばした背筋の後ろに両手を組んだ老人は、円陣を組んだプレーヤー達の中央で静かに白髭を揺れ動かす。
「貴重な時間をすまぬのう。諸君に集まって貰ったのは他意でも無い。この坑道に巣食う根源についてよの」
枯れた響きの中で、その言葉はしっかりとその意味を聴衆に伝えていた。
「その悪名は周知よ。何の対策も講ぜずに挑めば屍の山が築かれるのみ。加えて、この坑道のシステムがさらに追い討ちを掛けておる。制限規定百六十名。このエリア人数に対するは減算のみ。何とも性質が悪い」
話を聴いていた冒険者の一人が一歩前へと歩み出る。
「で、私達の足を止めた理由は。話が見えないなご老人」
大柄の体躯が纏うは青銅では無い赤銅の鎧に銀光を帯びた巨大な大剣。このレベル帯では見慣れない装備に身を包んだその頑強な男は、不敵な眼差しを老人へと向けていた。
「落ち着きたまえ、Freed君。我々の意志は同意。ならば手を取り合うまで。そうは思わぬか」
老人の言葉に押し黙るフリード。次第に空間は白髪の老人のその奇妙な威圧感によって支配され始める。
「余が提案する事は至極浅慮よ。討伐隊を組まぬか」
その言葉に冒険者達がざわめき立ち始める。
マイキーもまたその言葉に反応を示した冒険者の一人だった。
「討伐隊か……確かにこの坑道内のシステムを考えればエリア内の冒険者は巨大なパーティーを組んでるようなものだ。目的は一致してる」
前列で呟いたそんなマイキーの声が届いたのだろうか。
白髪の老人ジ・オングは口元を歪ませ、彼に向って微笑を向ける。
「エリア人数は現在、百五十四名。幸い我らが持つ不可思議な台帳には無線機能が付いておる。報告された二十数箇所の所在に、分散して隊員を派遣すれば発見も円滑よ。後は、発見次第、無線で合流を図る。重ねるが、目的は一致しておる。各々異存は?」
老人の問い掛けに言葉を返す者は居なかった。
意志の統一を確認したジ・オングは頷くと手を掲げ、入口で冒険者の案内をしていた黒髪の女性に合図を送る。
合図を受けて円陣の中央へと歩み寄った彼女はそこで指揮権を交代し、一同に組み分けの説明を始める。
「それでは、これより組み分けの説明を行います。私Messiahと申します。今後、本クエスト遂行において何か疑問点があれば気兼ねなくご連絡をお願い致します。組み分けは基本的に皆様のパーティーを分断する事は御座いません。今後向う二十三箇所の各ポイントへの派遣数は六、七名。編成後、パーティーを組んでいただいた皆さんには各々のポイントへ向って頂きます。皆様のパーティー人数は既に確認させて頂いてますので、これよりその振り分けをご案内させて頂きます。MAP情報についてはメールで提供致しますのでご安心下さい」
当惑する冒険者達を他所に女性の案内によって円滑に進む編成。
ざわめく冒険者達の一団は、ただ彼女の言うがままに告げられたアルファベットを胸に所定のポイントで立ち尽くしていた。
アルファベット『J』を言い渡されたマイキー達の元に歩み寄る一人の影。
背に携えた大剣を揺らし迫るその男に思わず身構える一同。男の方はマイキー達の姿を確認すると逆に警戒を解いたように表情を緩めた。
緊張した面持ちで見上げるキティを傍らにマイキーの正面へと向かい立つ男。
「Freedだ……よろしく頼む」
先程のジ・オングとのやり取りの中で口を挟んだ屈強に見える冒険者である。PB上に表示される彼のレベルはLv5。
マイキーは彼に向って手を差し出すと、簡易に自己紹介を済ませる。
「僕はMikey。ハンターです。武器は両手剣ですか。珍しいな」
「細々(こまごま)とした削り合いは性に会わなくてな」
言葉を交す二人を前に、続いて自己紹介を始める仲間達。
皆の紹介を受けたフリードは腕を組んだまま、納得したように頷いた。
「そうか、君達は元々五人パーティーなのか。ならば連携には問題無さそうだな。付け焼刃な連携で勝機を逃がすのは正直本意ではない。君達は普段通り立ち回ってくれて問題無い。盾は私が引き受けよう」
「何だか頼もしいですね」
フリードの言葉に笑顔で呟くアイネ。彼女の隣では彼を見上げていたキティが緊張していた面持ちを解き笑顔を見せていた。
そんな彼女達を一瞥して微笑んだフリードは再びマイキーへと視線を戻す。
「君達はこの坑道での実際の戦闘経験はあるのか?」
「まぁ、マッピングも兼ねて前日に少し。危うく根源と接触するところで引き返したんですけど。ちなみに僕らの中には直接根源と接触している者も居ます」
マイキーの言葉に驚きを隠さず、一同を眺め回すように視線を向けるフリード。
「実際に奴と遭遇したのか。で、討伐には成功したのか」
そのフリードの言葉に沈んだ表情で俯くタピオ。
「結果として彼の仲間が三人殺されました」
マイキーの包み隠しのない言葉にフリードは「そうか」と呟きそれ以上は言及する事は無かった。
「それでは、これより調査ポイントの説明を致します」
編成後、メサイアからPBの無線の使用法の説明を受けたマイキー達には調査へと向うポイントがメールにて指定された。
送られたマップ画像にはAからWまでのアルファベットが記されたポイントが振られていた。
「地図上に振られています各種アルファベットにご注目下さい。現在、組み分けの際振らせて頂いたアルファベットが皆さんが向う指定ポイントとなります」
渡された画像のポイントを確認した限り、マイキー達が向うの坑道の中層のようだった。正直、坑道深層のポイントが指定された場合マッピングされていない現段階では巨大蟻の奇襲を防げない。パーティー人数が六名も居れば、大分戦闘は安定するかもしれないが、それでも無駄な疲弊は避けたいところだ。
「これより地下採掘場のクエスト攻略を開始致します。皆様ご武運を」
結成された大規模な討伐隊。
メサイアの言葉に送り出されるように、今彼らは坑道の方々と姿を消して行く。