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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
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 S9 心の距離

 アルドラヴィアへと戻ったその日、マイキー達はホテルのレストランで五人で食事を取っていた。ホテル特産品である毛長牛のステーキを細かく切りながらキティは、隣で俯き食事に手を付けない少年へと度々視線を向けていた。


「ご飯、おいしいですよ」


 少年と目が合わさる度にキティはにこやかな微笑みを向ける。だが少年の沈んだ面持ちにキティはその度に悲しげに視線を落とすのだった。

 少年の名はタピオと云った。鉱山前で仲間とはぐれた彼を可哀想にと夕食に誘ってはどうかとアイネが提案したのだった。傷付き涙を流しながら項垂れる彼を野放しに出来ないと思ったのだろうか、マイキーも反対する事なく素直にその提案を受け入れた。

 テーブルの上に置かれた彼の料理が減る事は無かった。並べられたナイフとフォークに手を付ける事も無く、ただ少年は俯いていた。

 食事の進まないタピオの姿に、懸命に会話を弾ませようと話し掛ける一同。だが頑なに口を閉ざすタピオ。その様子に遂にマイキーが核心について触れた。


「余計なお節介かも知れないけど、良かったらあの石灰洞で何があったのか。話してくれないか。話して楽になる事もあるかもしれない」


 マイキーの真剣な眼差しに俯いていたタピオはその視線を上げる。


「そうだよ。私達は君の味方だから。安心して話して」


 重ねるアイネの言葉に瞳に涙を浮かべるタピオ。優しき言葉に彼のその心のかんぬきが緩んだのだろうか。重く圧し掛かっていた忌まわしき記憶を思い起こし、彼は震える言葉を振り絞って、ただあの洞窟で起こった事実を告げ始めた。


「僕は……仲間を見捨てたんだ」


 迫り来る恐怖を前にただ何も出来ずに、そして挙句の果てに自らの保身の為に、仲間を見捨てた。あの瞬間の仲間の表情と悲鳴は今でも鮮明に彼の脳裏に浮かび上がる。


――あなたなんか……仲間じゃない――


 その決定的な言葉を受けた今、彼の中の精神的な亀裂は底が深い。

 少年の話を聞きながらマイキーはずっとその表情を曇らせていた。

 余りにも精緻に創り込まれた世界が、ゲームの世界での生死をまるで現実での価値と同義まで高めてしまっている。

 命を懸けた土壇場で、仲間を見捨てて逃げたタピオの行為は決して誉められた行為では無いが、既存のMMORPGではありふれた行為の一つだ。場合にも因るがそれらは決してここまで深刻な溝を生む行為では無い。これは明らかにこのVRMMOという世界が齎す一つの弊害だった。


「ディオン達とは現実でも親友なんだ。この世界に足を踏み入れたのも一緒、僕らはいつも一緒だった。でも僕は皆を裏切った。現実で皆にどんな顔を合わせたらいいのか」


 涙に頬を濡らすタピオの言葉にマイキーはこう言葉を掛けた。


「君が今傷付いてるのと同じように、見捨てられた仲間も今はまだ深く傷付いてるだろうな」

「ちょっと……マイキー」


 立ち上がるアイネは責めるような視線をマイキーへ向けるとタピオへと向き直る。


「そんな事ないよ。ちゃんと真摯しんしに謝ればきっと皆許してくれるよ。あなた達親友だったんでしょ」

「その親友に命を懸けた状況で裏切られたんだ。絶望の中でさらに突き放された仲間の心境考えた事あるか。今はまだ気持ちに整理なんて付かないさ。触れない方が身の為だ」


 マイキーの言葉に口を閉ざす一同。


「今は……そんなの曖昧よ。じゃあ彼はいつまで待てばいいの」

「仲間の傷が癒えるまで、だろうな」


 ジャックの呟いたその言葉に肩を落とし再びその瞳に涙を浮かべるタピオ。

 そんな彼に向ってマイキーは言葉を付足した。


「もし、心から本当に謝る気持ちがあるなら。今日彼らにメールを送るといい。会って直接謝りたい……てさ。その返答がもし拒絶なら今はまだ触れない方がいい。時間を置いてまた連絡を取るんだ」


 その言葉に頷いたタピオは涙を拭きながらPBを開きメールを送り始める。

 この時、マイキーの中ではある決心が為されていた。タピオの悩みを打ち明けられた時から、もしもの時は、と。

 タピオは決して非情な人間ではない。実際に話してみてタピオのその純粋な心をマイキー達は感じ取っていた。坑道での一件は、確かに誉められたものではない。直面した余りの恐怖に錯乱状態に陥った彼は結果仲間を見捨てた。それを許せない仲間の気持ちも分かる。

 もし、このメールに対して彼らの答えが拒絶であるならば今はゆっくりと待つときなのだ。自らが犯した罪を懺悔し悔い改めながら。


――それから一時間後――


 タピオのPBに届いた一通のメール。差出人はディオンという少年だった。

 テーブルに伏せたタピオによって静かに読み上げられたその言葉。


――今はまだ……お前とは会いたくない――


 その言葉を聞いたマイキーはタピオにこんな言葉を掛けた。

 普段の彼らしくないその発言にジャックとアイネは驚きを隠せない様子だったが、言葉が示す内容については抵抗無く受け入れた。


「もしその気があるなら、僕らに付いてくるか」


 顔を上げたタピオの表情には悲しみと驚きが入り混ざっていた。


「僕を……受け入れてくれるの? 僕は……裏切り者なんだよ」

「関係ないさ。大体僕らを裏切った訳じゃないだろ。これは強制じゃない。君が嫌なら断ればいい」


 マイキーの言葉に、タピオはふと隣に佇む小さな影へと視線を落とした。

 彼の手をしっかりと握る小さな手。キティは少年を真っ直ぐな眼差しで見つめていた。

 当惑するタピオに向けて、香煙草を口に咥えたジャックが苦笑しながら言葉を掛ける。


「付いて来いよ。どうせ行く宛てなんか無いだろ。俺のこの言葉は強制な」


 ジャックの言葉に微笑むアイネ。


「一緒に行こうよ。一人よりは皆と居た方がきっと楽しいよ」


 その優しさにタピオの目から大粒の涙が零れ始める。

 ただ泣きじゃくる彼の背中をキティが優しくさする中、ジャックは煙を吐き出して彼に戒めの言葉を向ける。


「俺達の仲間になるなら、一つだけ条件があるぜ」


 その言葉に隣で不安気にジャックへと視線を投げるアイネ。


「男だったら泣くなよ」


 ジャックの言葉に場に漏れる微笑。

 旅先で増えた新たな仲間はちょっぴり泣き虫な心優しき少年だった。

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