S8 消えた気配
突如として鳴り響いた悲鳴。マイキー達はその声を聴くや否や暗い坑道内を駆け出していた。
――助けを求める者があれば、救いの手を差し出してやればいい――
そんな理屈では語れぬ想いに、ただ悲鳴の聴こえた方向へ。坑道内を走り込んでいたマイキー達の視界には、小さな影が飛び込んで来た。突発的に身体を開き、その影を身体全体で受け止めるマイキー。錯乱状態の少年は掴まれると同時にマイキーの腕の中で激しく暴れ回る。
「大丈夫だ、落ち着け。僕らは君に害を加えない!」
マイキーの説得に恐怖の表情を浮かべながら、その動きを収める影。
影の正体は少年だった。酷く慌て憔悴しきった様子の彼はマイキーを見るなり訴え掛けるように胸を掴んで叫んだ。
「お願いだよ、仲間が死んじゃう! 皆死んじゃうよ!」
少年の言葉にジャックが彼の肩をしっかりと掴んで言葉を掛ける。
「落ち着け。場所はどこだ」
少年はただ俯いたまま坑道の下を指差した。彼の身体は恐怖で震えていた。
その様子にジャックがまず坑道の下目掛けて走り出す。その様子に舌打ちするマイキー。
「あの馬鹿、また勝手な行動を。アイネ、キティ。この子を頼む」
「分かったわ」
アイネの返事に顔を見合わせ頷いたマイキーは、坑道の奥へと向って一気に走り出す。
流れて行く坑道のランプの淡い光を見つめながら、ただ先へと向ったジャックの姿を追う。ジャックが勝手な行動を取るのは今に限った事では無い。
だが時と場合によっては後先考えない彼の行動はこの世界では命取りになる。何より憔悴したあの少年の表情。これは只事では無い。
――一体何が起きてるんだ――
坑道を駆け下りたマイキーの視界に開ける一つの光景。
そこは、鍾乳石や石筍で彩られた石灰洞だった。鍾乳石から滴る水滴の音が鳴り響くその空間はとても穏やかで、場に安らぎを齎していた。
足場には張巡らされた凹凸のついた地層が脈打っている。その空間の中央でジャックが一人立ち尽くし、辺りの様子を窺がっていた。
「……ジャック」
彼は気配に振り向くと、静かにその口を開く。その表情が何より当惑を物語っていた。その口から紡がれる言葉。それは意外な言葉だった。
「マイキーか……何も居ないぜ」
ジャックの言葉にマイキーもまた空間を見渡す。空間内には確かにマイキーとジャックの二人以外生物は存在しない。
だが一見、穏やかなただの石灰洞に見えるが、よく見れば破壊され粉々に砕け散った石筍や罅の入った石柱。
そして何より彼らの目に止まったのは、結晶化し空間に漂う三つのクリスタル。
一つは別に分岐する坑道の入口に、もう一つは破壊された石筍付近に、そして残り一つは空間の中央に取り残されるように漂っていた。
それは明らかにここが死地となった形跡。
「三人殺されたのか……確実にここで何かあったのは間違いないな」
マイキーの言葉にジャックは坑道の闇に鋭い眼差しを向けながら呟いた。
「一体何があったんだ……尋常じゃないぜ、この空気は」
二人の脳裏に浮ぶ言葉。それは……
――根源――
「まさか……ここに出たのか?」
呟くマイキーはポイント座標を確認する。確かにここは奴の通行座標の一部に含まれている。
辛辣な表情を見せる二人の背後で現れる人影。アイネとキティに引き連れられ、石灰銅へと戻ってきた少年は、結晶化して浮ぶ三つのクリスタルを目の当たりにするとその場に膝を付いて崩れた。
「み……皆……ごめん。僕は……僕は」
項垂れて顔面蒼白に呟く少年の前で、三つのクリスタルはやがて輝きと共に空気中へと拡散して行く。
その様子に立ち上がる少年の肩を抑えるマイキー。この少年は動揺からこの世界での大前提を忘れている。結晶化し肉体が滅んでも、それは一過性の出来事。この世界での死とは永遠じゃない。この世界では魂は輪廻する。
結晶化したクリスタルのその後の行き先はただ一つ。
「大丈夫だ、ホームポイントへ戻っただけだ。この世界から消えた訳じゃない」
マイキーの言葉にその瞬間明らかに少年の表情に一抹の光が差した。
「ホームポイント……そうか。皆は消えた訳じゃないんだ」
呟いた少年は立ち上がると、まるで解き放たれた矢弾のように坑道の入口へと目指して走り始める。
「待て、巨大蟻は消えた訳じゃない。一人じゃ危険だ」
制止するマイキーの言葉も聞かずに、坑道へ姿を消す少年の後を追って走り出すマイキー達。ダメージを受ける事も無視して、一直線に駆け抜ける少年を追って、それからマイキー達は坑道入口までの薄暗闇をただがむしゃらに走り続けた。
運良くも坑道を飛び出すまで命を保った一同は、地上に出るなり地面へと倒れ込む。
息切れしたマイキー達が地表で喘ぐ傍らで、少年はただその場に立ち尽くしていた。彼の前には洞窟からの帰還を待ち構えていた三人の少年少女が立ち並んでいた。
「皆……無事だったんだね。良かった」
少年の言葉に彼らは言葉を返さなかった。ただ悲しげに俯き、ある者は憎悪の眼差しを向けて少年の前に佇んでいた。
「どうしたんだよ……皆」
少年の言葉に、ウーピィの綿帽子を被った桃色髪の少女がそこで憎悪の言葉を吐いた。
「……裏切り者」
その激しく深い感情に少年から血の気が引いて行く。
「違うんだ……僕は助けを呼びに」
「そんな嘘……聞きたくない」
そして少女から突きつけられる決定的な一言。
「あなたなんか……仲間じゃない!」
その言葉に膝を付く少年。そんな彼の姿を前に金髪の少年が悲しげな瞳を向け、そして目を伏せた。
誰よりも信頼していた彼からの蔑視の視線。そんな眼差しを受ける原因を作った理由は誰よりも自分自身が理解していた。
あの時、少年は。仲間を見殺しにしたのだ。
蹲る少年を置いて背を向ける三人の仲間達。彼らがその後、少年に振り返る事は一度として無かった。それは大切な仲間達からの別れの挨拶だったのか。
「ごめん……僕は……僕は……仲間を見捨てたんだ」
仲間を見捨てた。だから仲間に見捨てられた。
少年の頭の中ではその想いが今駆け巡っていた。
――そう……全ては僕が悪いんだ――
涙を流し蹲る少年。彼は自らが犯したその罪を心から嘆いていた。
だがあの状況で、紛れも無く仲間を見殺しにした彼の想いが鮮明に甦ってくる。何一つ弁明は出来ないのだ。
「ごめん……ごめんよ皆……ごめん」
謝り続ける少年の小さな背中を、マイキー達はただ見守る事しか出来なかった。