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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
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【Interlude】絶望と裏切り

 それは今から十五分前の事。地下採掘場に訪れた四人の冒険者達は坑道内の巨大蟻達の掃討に務めながら、この開けた石灰洞へとやってきた。空間には幾つもの坑道が分岐していた。その空間を彩るは、大小無数の鍾乳石から垂れ落ちる雫達が作り出した石筍や石柱といった云わば空間芸術。小さな冒険者達はただその光景に見惚れていた。

 十三歳前後の若い少年少女達は、緑園の孤島もたった四人で切り抜けて来た。その実力は本物である。

 フォクシーの銀皮に身を包み、弓を構えたリーダー格のハンターの少年。坑道のランプの光に当てられて輝く金色の髪の下で、青いガラス玉のように透き通った両眼が覗いていた。


「敵は居ないな。ここで少し休憩しよう」


 少年の言葉に皆が構えていた武器を収め、近場の凹凸した岩盤の中からなるべく平らな場所を選び腰掛け始める。


「ディオン、今回のボスってどんな奴かな。なんだかワクワクしちゃうよね」


 小さな体躯に青銅の鎧を纏い、茶髪を逆立てた尖がり頭の少年は、岩盤に付着した水滴を払いながら、ディオンと呼び掛けたリーダー格の少年に笑顔を見せる。


「落ち着けよタピオ。攻略BBSには情報載ってたけど、ネタバレするとつまんないだろ」とディオン。


 会話を交す少年達の後ろでは二人の仲間が手を取り合い、起伏の激しい地層に足を掛けていた。


「いつもありがとう、アンク」とウーピィの綿帽子から桃色ピンク髪を肩元まで裾広がりに見せた白肌の少女。

「この程度の事、礼を言われるような事じゃありませんよ。足元、気をつけて」とアナライズゴーグルを通し紳士な笑顔を浮かべる黒髪を刈り上げた黒肌の少年。


 二人は手を取り合い、一足先に休んでいた仲間の元へ。


「相変わらず、フランには優しいよね。アンクって。僕らにもそのくらい優しければいいのに」と呟くタピオ。

「確かに、それは言えてるよな」


 ディオンが同意し、二人はその表情に笑みを浮かべる。

 そんな二人に「何の話してるの」と笑顔でフランが語り掛ける。


「やっと休憩ね。もう随分潜った気がするもの。なんだか地上が恋しいわ」

「大体地上から百メートル位は潜ったかな。入手した情報だと、一番離れてる出現ポイントで地下三百メートルって話だよ」


 ディオンの話にその表情に一気に疲労を浮かべる一同。


「地下三百メートルという事は、あとこの二倍の距離潜る可能性もあるという事ですね」


 アンクの言葉に皆の表情が青褪めたその時だった。

 ランプの炎が僅かに揺らめき始め、空間を照らしていた淡い光が振れ始める。


「なんだろう……この振動」と辺りをキョロキョロと見渡すタピオ。


 身体を揺るがす微振動と共に、鍾乳石から滴り落ちる水滴の量が明らかに増えている。


「地震……かな?」


 首を傾げるフランに真面目な表情で口を開くアンク。


「このエリアで地震があるなんて情報聞いた事ありませんが」


 同時に聞こえてくるのは何か重い荷を引き摺っているような、地面との摩擦音。


――ズズ――ズズズ――


「何だこの音……なんかこれってヤバくない、ディオン」


 引き攣るタピオの表情にディオンは周囲に鋭い眼差しを向けていた。

 僅かに聴こえていた摩擦音は次第にその大きさを増してくる。


――ズズズ――ズズズズズ――


「何この音……嫌、気持ち悪い」


 フランが小さな悲鳴にも似た声を漏らしたその時、アンクが一人音が響く一つの坑道へとその足を向ける。


「私が様子を見てきます。皆はここから動かないで下さい」


 アンクの言葉に心配そうにその眼差しを向けるフラン。


「アンク……気をつけて」

「大丈夫ですよ。ちょっと様子を見てくるだけです」


 彼が告げた言葉に胸に手を当てるフラン。だが一抹の不安は拭い切れない。

 事実、結果として彼らが交したこの言葉を最後に、その悲劇は幕を開けた。


――ズズズ――ズズズ――


 その音に導かれて坑道へとアンクが姿を消したその直後、突如として空間に悲鳴が鳴り響く。


「うあぁぁぁ!!!」


 その悲鳴を聞くや否や、走り込もうと前傾姿勢になった一同の足はそこで完全に止まる事になる。坑道の奥から姿を現したその化け物の姿に、少年達は完全に我を失っていた。

 そのおぞましい姿にフランの表情が崩れる。化け物の細長い鋸状の手にはしっかりとアンクの身体が握られていた。


「ア……アンク」と後退るタピオ。


 アンクは力無く一同に向かってその顔を上げると、救いを求めるように手を差し出す。

 その惨状にディオンが救出への一歩を踏み出そうとした時、その悲劇は起きた。

 化け物の強固な上顎がアンクの上半身に目掛けて齧り付く、その刹那大量に立ち昇るLEの光芒が坑道内を照らし上げる。


「アンク!!!」


 叫び声と共に膝を付くディオン。

 立ち昇る光芒と共にアンクの身体は完全に消滅していた。結晶化したクリスタルが、化け物の身体を滑り落ち地表間際へと転がる。

 それはこの世界での死を示していた。


「アンクが……殺された」


 タピオの呟きに、フランはもはや叫び声も枯らしその場に蹲る。


「クソ……よくも……よくもアンクを!」


 激昂したディオンがその手から勢い良く矢弾を解き放つ。

 解き放たれた矢弾は化け物の額に突き刺さり、重く鈍い呻き声が上がる。同時に化け物のその曇った眼光がディオンへと向けられる。その構図はまさに蛇に睨まれた蛙。不気味な化け物から向けられる睥睨へいげいに立ち向かおうと彼が再び矢を引き絞ったその時だった。

 六本の手足が地層表面を這い、その巨躯がディオン目掛けて無情に突進する。


「ぐぁあ……」


 化け物の突進を正面からまともに受けたディオンの身体が、まるで綿埃わたぼこりのように弾き飛ばされる。空中を漂った彼の身体は石筍に激突すると、そこから大量の光芒が立ち昇り始める。


「ディオン!」


 叫ぶタピオの眼前で、地表に伏せたディオンの身体をゆっくりと掬い上げ宙吊りにする化け物の長い鋸手。


「に……逃げろ……今の俺達じゃこいつには勝てない」


 切羽詰った状況の中で、ディオンはただ残された言葉で二人に忠告をする。

 だが忠告を受けた二人の足はまるで石化したように動く事は無かった。そして、二人は目の前で行われる惨劇を目の当たりにする事になる。

 ゆっくりと化け物の手が揺らぎ上顎へと当てられる。最後の最後まで、ディオンはただ許された限りの動きで二人に逃げるように手を振っていた。

 そして、ディオンの上半身が化け物の上顎の中に消えると同時に、張り詰めていた彼の腕から力が抜ける。

 残された二人の希望はそこで潰えた。


「ディオン……ディオンが殺られるなんて……嘘だ」


 呟く後退するタピオの前で、フランは一歩も動く事無くその場に蹲っていた。


「フラン……逃げよう。僕達じゃ勝ち目は無いよ。こっちへ!」


 タピオが死地の中で懸命に上げた言葉に振り返るフランのその表情は涙で濡れていた。

 それは今までに見た事も無い恐怖と絶望の表情。


「足が……動かない……立てないの」


 その言葉にタピオの表情も絶望へと変わる。

 必死の形相で彼女の元へ駆け寄ったタピオは、その身体を抱きかかえ懸命に立ち上がらせようとする。だがフランの身体はまるで磔られたかのようにビクともしない。

 目の前に迫るは絶望という名の化け物。上顎を噛み鳴らし刻一刻と迫る恐怖。突き付けられた絶望の中でタピオの表情が歪んだその瞬間、彼はそこで一つの選択をした。


「フラン……ごめん」


 タピオの言葉に青褪めるフランの表情。


「タ……ピオ……?」


 彼女を残し、地上入口へと向う坑道へ駆け出すタピオ。

 その姿にフランの悲痛な叫び声が鳴り響く。


「お願い……行かないで! タピオ……お願いだから!」


 背後に掛けられるその声を聞きながらタピオは懸命に叫び返す。


「助けを呼んでくるから、必ず! 必ず助けるから!」


 極限の状態で彼が取り得た唯一の選択。そして、タピオは暗い坑道に向かって走り出した。

 背後で鳴り響くフランの絶叫に耳を押さえながら。

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