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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
54/169

 S4 洞窟温泉

 剥き出した地層に囲まれた洞窟部屋の窓際隅に置かれるは岩で象られた寝台。寝台の上には柔らかな毛長牛ボマードの体毛を編んで作られたマットが敷かれ、掛け布団もまた同様の素材で編み込まれていた。

 小さな小窓は開閉が許されず、透光板フィラメルによって固定されている。窓からは闇夜に散在する松明の光で浮き彫りとなったラクトン採掘場の露天掘りの段層が浮かび上がる。その景色を眺めながら、窓辺の座椅子で入手した情報を整理していた。


「そろそろ行くか」


 約束の時間に遅れないようにと席を立つマイキー。無駄を省いてシャワーを浴びなかった事は若干の失敗であった。背筋を汗と共に滑り落ちる砂のざらついた感覚が身体から離れない。

 マイキーがロビーへと向う頃、珍しくそこには先に毛長牛のソファーで寛ぐ三人の姿が在った。


「なんだ、もう来てたのか。珍しいな」


 マイキーがジャックの隣へと腰を下ろすと、対面のアイネはキティと下ろした髪を手櫛で梳かしながら口を開く。


「二人共シャワー浴びなかったの? まだ砂塗れじゃない」

「正直、入れば良かったよ。外への探索は今日は止めて、今夜はホテル内でゆっくり過ごすか」


 マイキーの呟きに「そうしなよ」と視線で促すアイネ。

 ジャックは黒髪をソファーに凭れ掛け寝そべりながら、ふとこんな一言を呟いた。


「そういや、さっきどっかのインフォメーションで見たんだけど。このホテル、洞窟温泉があるらしいな」

「洞窟温泉? 初耳だ、それ」


 話に興味を持ったマイキーが尋ね返すと、ジャックが微笑を浮かべる。


「飯食ったら後で行ってみようぜ。もう外出て今日は探索しないんだろ?」


 そんな二人の会話にアイネが身を乗り出して参加する。


「私も行きたい。洞窟温泉なんて神秘的じゃない」

「神秘的……か。だと、いいけど。現実で良く聞く洞窟温泉は場所によっちゃ蚊が多くてのんびり入れたもんじゃないって聞くけどな」


 夢を壊すようなマイキーの発言にアイネが顔をしかめたところで、一同は夕食へとホテルに付属した食堂へと向う。


「何だか、本当に洞窟の中を探検してるみたいね」とアイネ。


 狭い洞窟の通路を越えた先に食堂は存在する。食堂では多くの冒険者がテーブルに並べられた料理に舌鼓を打っていた。

 通路の低い天井は食堂の間から高さを持ち、並べられた灰色のテーブルクロスの敷かれた各テーブルには天井から縄で吊り下げられた錆び付いたランプが灯っていた。

 荒々しいその内観はさながら海賊にでもなったようなそんな気分にさせる。

 マイキー達はいつものように空いた席に適当に陣取るとメニューを広げた。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


〆Aldoravia

『本日のコース』

 DINNER MENU<ディナーメニュー>


 ●前菜---ホワイトアスパラガスのアラバスタ風仕立て

 ●スープ---じゃがいもと黒胡椒の冷製スープ

 ●主菜---毛長牛のステーキ アルドラヴィア風ソース添え

 ●デザート---ミントアイスとフルーツ盛り合わせ


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 このホテルでの食事についてはプレーヤーにメニューの選択権は存在しないようだった。ホテル側で設定された『本日のコース』と称されたディナーメニューの一択。

 だが、下手にプレーヤー側で料理を選択して失敗するよりは予めコース設定された料理を楽しむ方が、気が楽と言えば楽だった。

 二日間掛けて辿り着いたラクトン採掘場での初めての食事。一同はワインを片手に、キティは果汁を多く含んだオレンジジュースをその小さな手に掲げて、コース料理を楽しみ始める。

 食事を終えた一同は満腹になった腹を抱えて一度自室へ。

 マイキーは部屋に戻ると、シャワールームで一度簡単に身体を洗い流し上がると、ホテルで貸し出しされている砂塵防衣コルチェへと着替える。

 PB上での装備の付け替えによって着付けは簡単に施される。あの難しそうなターバンも簡単なキーボード操作によって、鏡に映るマイキーの頭部が光に包まれた直後、しっかりと巻き付けられていた。


「何だか違和感あるけど。まぁ、いいか。折角だしな」


 コルチェを着込んだマイキーは部屋を出ると再びロビーでジャックと合流し、二人は洞窟温泉へと向うのだった。アイネとキティは別行動で後から温泉を覗きに行くとの事。


「洞窟温泉か。聞こえはいいけど。一体どんなものなのか」とマイキー。

「まぁ、風呂には変わりねぇだろ。サービスとして掲げている以上はそんなに劣悪な環境じゃないと思うぜ。わざわざ洞窟温泉を造っておいてそこにプログラムで蚊を撒き散らす意味が無いだろ」


 ジャックの意見は尤もだった。


「確かにな。それは言えてる」


 案内板に沿って洞窟通路を歩いていると、次第に空気が湿り気を帯びてくる。

 垂れた鍾乳石と立ち並ぶ石筍。そこは鐘乳洞であった。そして湿気の変化に気付いた二人の正面奥には、鐘乳洞の窪みで湯気を立ててエメラルド色に輝く水面が映り始めた。

 洞窟に広がるその光景は温泉というよりは小さな湖と呼ぶ方が相応しい。小さな、と表現したが湖と呼ぶからには相応の広さを有している。収容人数としては大体二百人は裕に超える規模だ。


「ここが洞窟温泉か……エメラルド色って何だか物々しいな」と若干の嫌悪感を示すジャック。

「まぁ、そこまで毒々しい色じゃないさ。日本の銘湯でも似たような色の温泉幾つかあるよ」


 マイキーの促しに近場へ設置されていた脱衣所へと暖簾を潜る二人。

 服を脱ぎ捨てた彼らは、脱衣所から温泉への専用通路へと出ると、ざらついた石灰質の地層を裸足で踏みしめ、エメラルドの湖面の前へと立つ。 

 マイキーはふと身を屈めると、温泉の湯にその手を浸す。


「結構熱いな」


 ゆっくりと足から首まで浸かったマイキーとジャックは洞窟の縁に首を掛け寝転がる。

 温泉には多くの冒険者達が同じように湯船に浸かり旅の疲れを癒していた。


「極楽とはこの事か」


 親父臭いジャックの発言にマイキーが苦笑したところで、ふと二人は耳を澄ませる。

 温泉から湧き起こる水蒸気が洞窟天井に垂れ下がる鍾乳石に付着し、水滴を滴らせる。その水滴が湖面に滴る音が、耳を澄ませば、冒険者達の至福の声に紛れて聞こえてくる。


「優雅だねぇ。贅沢なサービスじゃないか」とマイキーの呟きに失笑するジャック。

「蚊が出るとか、ただのお前のマイナス思考だったな」


 そんな会話に微笑み合う二人。

 湯煙の中で、熱い湯の中に溶かし込む旅の疲れ。気が付けば、二人の意識は朦朧と。

 アルドラヴィアでの心地良い一時に、彼らの瞳は今ゆっくりと閉じられた。

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