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ARCADIA ver2.00  作者: Wiz Craft
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 S1 命の重み

 ラクトン採掘場を目指して街から出発した日の夜、東エイビス平原の中央部へと足を進めたマイキー達は、草原の草むらの一区画を刈り取り、テントを広げていた。所謂いわゆる、野宿はこれが初めてではない。既に緑園の孤島で経験済みだった一同の手際は早かった。

 刈り取った枝葉を火種にしてキャンプの中央で火を起こす。アイネとキティの二人は狩りへと出掛けたマイキーとジャックの帰りを待ちながら夕食の準備を進めていた。


「キティ、薪をくべながらこのあしで空気を送り込んでくれる」


 アイネに手渡された巨大な葦を手にしたキティは茎の空洞を使って空気を吹き込み始める。現実では葦の茎を使って空気を送り込むなど聞いた事もないが、刈り取った際の葦の断面を見てアイネが「これ何かに使えないかな」と呟いたのがきっかけだった。

 平原に落ちていた石を掻き集め、炉を作った二人はそこに飯盒はんごうを掛け予め持参したライスを炊き始める。問題なのはライスと合わせるおかずである。

 この東エイビス平原に出現するモンスターは基本的に綿兔ウーピィ銀狐フォクシー、それから縞猫ミクノアキャットにもう一種、毛長牛ボマードしか報告されていない。小さな昆虫や微生物などを合わせればその数は膨大に上るが、所謂モンスターと呼ばれる陸上生物はその四種だけなのである。

 故に食糧を現地調達するにはこの四種の中から食用となる肉を獲得しなければならない。

 だが、ここで一つ問題が発生する。食用となる肉をドロップするモンスターはこの東エイビス平原ではウーピィと、このキャンプ地からさらに北上した平原北部に出現すると云うボマードの二種に限られるのである。

 だが、このキャンプ地からボマードが生息する平原北部までは距離が遠い。ウーピィとの戦闘を極端に嫌うキティの為に、今まで戦闘を避けてきたマイキー達であったがここで綿兔の肉という一つの食糧を獲得する為に、ウーピィとの戦闘を余儀なくされていた。

 そこで、せめてもの配慮という事で飯盒の仕度をアイネとキティの二人に託し、マイキーとジャックは二人で綿兔の狩りへと出掛けたのだった。


「二人共遅いね。ご飯炊き上がっちゃうよ」


 アイネの言葉に少し憂鬱な表情で沈んだ面持ちを見せていたキティは、それでも葦で絶え間なく空気を送る作業を怠る事は無かった。

 そんな献身的なキティの姿にアイネは表情を緩ませながら、クリープスの樹木から取った葉を近場の清らかな泉から汲んだ水に浸し始める。肉を焼く際にクリープスの葉を共に炒めれば香り付けに使えるのだ。

 そんな中、夕闇に沈む草原の彼方から現れる二人の青年の影。


「あ、戻ってきたみたい」


 笑顔で手を振るアイネに、遠くから手を振り返す影達。一体収穫は如何なるものか。

 キャンプ地へと戻ってきたマイキーとジャックは飯盒の前に積んで置いた柔らかな葉の絨毯に座り込む。


「これ収穫。悪いけどアイネ、捌いてもらっていい。何だか疲れちゃってさ」


 カードを差し出すマイキーの手から、笑顔で収穫を受け取ったアイネは簡易調理台の元へと向かい、綿兔の肉をリアライズし軽く水でゆすぎ始める。


「一つは丸焼きにしてさ。もう一つは煮込んでシチューかなんかにしよう。僕は丸焼きの方やるから」


 そう言って起き上がったマイキーの行動を瞳で制するアイネ。

 その瞳の色に浮んだ言葉をマイキーは瞬時に読み取り、迂闊だったと言葉を撤回する。


――丸焼きはキティには酷だな――


「それじゃ、切身にして焼くか」


 そう呟いたマイキーは鉄板の上に街で予め購入したオリーブオイルを敷き、水に浸してあったクリープスの葉と共に炒め始める。

 ジャックは「丸焼き止めたのか?」と不思議そうに首を傾げていたが、食べれれば何でもいい、といった表情で葉の上に寝転がる。

 キティは子供ながらにささやかなマイキー達の気遣いを感じ取ったのか、二人と視線を合わせると丁寧にお辞儀をして見せた。可愛らしい辞儀を見せた彼女は再び飯盒の前へと戻り、火に向って息を吹き掛け始める。

 それから十数分後、即席の炉を囲んだ一同は温かな食事を口へと運んでいた。夕闇を照らす焚き火の周りで、キティはマイキーが焼いた綿兔の肉をフォークで突き刺したまま始めは固まっていたが「無理して食べなくてもいいんだよ」というアイネの言葉に彼女は首を振ると、思い切ったように口の中へと肉を放り込む。

 口を小刻みに動かしその味わいを感じぬまま、一気に飲み込むキティの様子にそこでマイキーがふと口を開く。


「キティ、お前の気持ちも分かるけどな。僕らは決してウーピィの命を粗末に扱ってるつもりは無いんだ」


 そのマイキーの言葉に俯いていた顔を上げるキティ。


「今回で言えば食べるために必要な分だけ狩る。食べる事で彼らの命のありがたみを僕らは感じる事が出来る。ウーピィ達からすればこんなの人間のエゴというか、ただの詭弁に過ぎないんだけど。人が生きるために食事を取るって事は、植物だったり動物だったり、何かの犠牲を代償としてるんだよ」


 語るマイキーの言葉を真剣に聞くキティの瞳は焚き火の炎を受けて橙色に輝いていた。


「キティは植物と動物の命の重みが違うと思うか?」


 その問い掛けに首を横に振るキティ。


「それなら、今キティが何気なく食べてるライスも植物から取れたものなんだよ。もし、植物と動物の命が同価値だとするなら、今キティがライスを食べてるって行為は矛盾、つまり説明出来なくなっちゃうだろ? 人が命の価値を尊重するって事はさ。可哀想だから食べない、っていう方法論で解決しようとすると、じゃあその可哀想だって思う基準って何だろうって事になってくるんだ。人は目の前を鬱陶しく蚊が飛び回れば叩いて殺すし、気付かない間に微生物を踏み殺してるかもしれない。そんな一つ一つの命に可哀想って思うと、人は何も出来なくなるんだ。人は自分の物差しで知らない間に可哀想という基準の線引きをしてるんだよ。これって一つの人間のエゴだと僕は思ってる。だから、僕は動植物達の血肉を食べないという方法で解決しようとは思わないんだ。食べる事で、彼らの命のありがたみを理解する。これが僕の考え方だ。これが正しいとは言わないし、一人の人間の考え方に過ぎないから、キティにも一つの考え方として参考にして欲しいんだ」


 マイキーの長説を聞いていたジャックは苦笑しながら肉を放り込むと、口を挟む。


「お前キティ何歳だと思ってるんだ。六歳だぞ。理解できる訳ないだろうが。少し話の内容選べよお前も」


 ジャックの言葉にキティは首を横に振ると、今一度ウーピィの肉切れを見つめ、そして口の中へと放り込む。

 今度はしっかりとその味を噛み締め、彼女なりに彼らのその命の味を汲み取る。  


「美味いだろ」


 マイキーの言葉にキティは笑顔を浮かべて頷くと、その後は食事に進んで手を伸ばすように為った。そんなキティの様子を見つめていたジャックがここで余計な疑問を上乗せする。


「命の有難みを理解すると言っても、結局この世界では狩る事を前提にシステムが組まれてるんだぜ。その中には勿論、金稼ぎの為の無造作な狩りも含まれてる。マイキー、お前がさっきキティに話した内容だと今後矛盾も多く出てくるぞ。金を稼ぐために殺す、レアモンスターが出れば嬉々としてドロップ品目当てに殺す、これって既に俺達もやってきた行為だろ」

「お前の言う事は至極正論さ。否定するつもりはさらさら無いよ」


 マイキーのその返答に首を傾げるアイネ。


「それもまた僕らのこの世界での一面という事さ。じゃあ逆に聞くけど、モンスターを狩る事がこの世界の前提ならば、お前は何の為にこの世界へ来てるんだ。モンスターを狩る事が嫌ならば、この世界から抜け出せばいい。だけど、僕らはここに居る。さっき僕は狩る事で動植物達の命の有難みを理解するって言ったけど、あれは決して方便じゃない。だけど、この世界へ来た以上、生活の礎として狩りが組み込まれている以上、その意味も理解してるつもりさ。誰だって何の得も無いのに、嬉々として殺しを楽しむ奴なんか居ない。そんな奴が居るとすればただの精神異常者だろ。だけど僕らは違う。本質的な狩りとゲーム的な狩りの意義を区別出来なければ、それこそ自己矛盾もいいとこだ」


 その話の内容が伝わりにくかったのか、ジャックは眉をへの字に曲げながら仰向けに寝転がる。


「何だか良く分かんねぇけど。詭弁にも聞こえるぜ」とジャックの言葉に反論を返すアイネ。

「私はそうは思わないけど。人が生きる上で一つの意義の元に生きられる事の方が少ないもの。時と場合に応じて都合の良い解釈を作り出すのもまた人間だと思うわ」


 口論を始める一同の表情を不安気に見つめるキティ。

 そんな彼女の頭を優しく撫でたマイキーは静かに首を振って呟く。


「人間って小難しい生き物だって、良く分かっただろ。この世の中には、決まった答えが存在しない物事の方が多いんだ。そう言った物事に明確な判断、つまり答えを出せるのは自分自身だけなんだよ。他人の意見に左右される事なく自分の答えを持つ。簡単そうでそれが本当に難しいんだ」


 マイキーの言葉にしっかりと頷いたキティは、皿に残っていた最後の肉切れとライスを口に運ぶ。

 彼女の中で一つの答えが出たのだろうか。その責任を感じつつもマイキーは彼女の様子に、幼かった頃の自身を重ね、物思いへと耽るのだった。

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