S3 VS Shamelot
シャメロット狩りを目的とした向かう先は島の西海岸。潮風に添えるような柔らかな日差しの中で砂浜を踏みしめる三人は浅瀬を徘徊する青白の殻を背負った陸蟹を見て微笑する。ジャックの思惑通り。陸蟹の生息数の少ないこの海岸には比較的プレーヤーの足は届いていない。僅かに散見されるプレーヤーの数からして三人がここで狩りをするには充分な獲物が確認できた。徘徊するシャメロットを前に今、銅製の剣を引き抜く一同。
「戦略は至って簡単。それぞれ一人一討。獲物を攻撃する際はPBのマップスキャン機能でLv1のシャメを狙えば安全。基本的には今の装備なら殴ってりゃ勝てるけど。ただ一応β版の情報によると、こいつらをひっくり返した裏の部分は防御力が半分になる。この特性を上手く利用すればソロでLv3のシャメを狩る事も可能かもしれない。ただもしひっくり返すのに失敗すれば通常ダメージは一切通らないから待っているのは確実な死だろうね」
そんなマイキーの脅しめいた語り草にジャックはふっと一笑すると浅瀬を徘徊するシャメロットに歩み寄る。
ジャックの接近に無抵抗で砂浜に行き場を求めていたシャメロットは自らを覆う影の主を見上げるように鋏を小さく掲げた。傍から見れば実に愛らしいその仕草だが、哀れにも小さなその陸蟹の重力は反転する事になる。被っていた殻が砂浜に埋もれると、シャメロットは必死に自らの重力を取り戻そうと蒼白の筋目の入った足をばたつかせる。
「転ばせる、つうのは結構簡単なもんなんだな」
陸蟹が鋏を振り上げたその瞬間をジャックは見逃さなかった。それはあっという間の出来事だった。シャメロットの注意が地表から離れたその一瞬の隙に放たれたジャックの足払い。それは正真正銘ただの足払い。ジャックにとっては右足を出して軽く払ったに過ぎない。その行為は彼にとって造作も無い事だった。地表で暴れるシャメロットを見つめながら今、片手に構えていた剣を振り落とす。鋭いその剣閃は一直線に獲物を捉え、その衝撃によって獲物の身体が硬直する。獲物が硬直後、起き上がろうとすると再びジャックの足払いによって転ばされる。ここでジャックの攻撃は完全にパターン化されていた。
転ばす、斬るの僅か数回の攻撃の積み重ねによって、光の粒子を放ちながら空気中に拡散して行く陸蟹。
その様子の始終を見ていたアイネは自らもまた剣を構えると、剣先を獲物の身体の下に滑り込ませ撫でるように払う。体勢を崩し転げ回るシャメロットに対し、アイネが放つは柔らかな剣閃。
攻撃を受けて必死に起き上がろうとするシャメロットだが、柔らかに掬うような彼女の剣閃の前に起き上がる事が出来ない。
「ちょっと可哀想だよね。こんなに可愛いのに」と、アイネの呟き。
「でも、殺るんだろ?」と半笑いを浮かべるジャックにアイネは「まぁね」と静かに剣を振り落とす。
彼らを前にあっという間に粒子化を始める獲物達の姿をマイキーは無言で見つめていた。
昇り消える粒子を前にはっとした表情で浮かない顔を見せるジャック。
「そういや、Lv調べるの忘れたな。こいつら何Lvだっけ?」
「いいんじゃない別に。倒したんだから」とアイネが美しいブロンドの髪を梳かしながら微笑む。
余計な心配など無用だった。的確な指示さえ与えれば彼らは独自の解釈に基づいてそれを忠実に実行する。マイキーの説明を軽く受けただけで、彼らは初戦にしてLv2のシャメロットを容易く撃破した。それが事実だ。
今、二人の視線がマイキーへと向けられる。その視線に応えるように今その剣がシャメロットへと振り構えられる。
そんな影に反応し、ふと鋏を掲げマイキーを仰ぐ青白殻の陸蟹。彼が空を仰いだのはそれが最後となった。
反転する世界。視界の上下が逆さになると身体の自由が完全に奪われる。その直後突き立てられる鋭い衝撃。
「折角だから、試してみるか」と、思わせ振りなマイキーの言葉。
突き立てた剣を引き上げたマイキーは次の瞬間、足をシャメロットに滑り込ませるとそのまま大きく砂ごと蹴り上げる。大きく視線上まで巻き上げられた陸蟹を見つめながら、前方へと緩やかに飛んだその軌跡に向かって大きくステップインするマイキー。
落ちてくる陸蟹の軌跡に向かって剣閃を重ねたこの時、突然彼の剣筋が一瞬の閃光に包まれる。
目を輝かせて見つめるジャックとアイネの前で、衝撃によって弾き飛ばされたシャメロットは生命力を粒子と変え立ち昇らせそして消えて行った。
「今のがWeapon Artsって奴。Step In Slashとか言ったかな? 説明書に剣技として載ってたから試してみたんだけど。詳しい威力は分からない。まぁニ撃目で沈められた事から考えるとまぁまぁ使えるんじゃない」
そう呟きながらマイキーは今一枚のカードを手にする。
シャメロットが粒子化した後に残された一枚のカード。
◆―――――――――――――――――――――――――――◆
〆カード名
シャメロットの甲羅
〆分類
アイテム-素材
〆説明
Shamelot。ティムネイル諸島全域に分布し生息する陸蟹の甲羅。
◆―――――――――――――――――――――――――――◆
「シャメロットの甲羅か。こうしてアイテムドロップした素材、又は生産加工したアイテムを売ってこの世界で生計を立てていく。そんな流れか」と銅剣を腰元の止め具に嵌めながら呟くマイキー。
三人がシャメロット狩りを行う上で何一つ障害など無かった。
予めマイキーがオープンβの情報を収拾していた事もあり、狩りは円滑な様相を見せる。
ARCADIAの情報公開がされたのは今から約二週間前、同時にそれはオープンβ時において最後のバージョンアップが行われた日でもある。
ゲーム情報の記憶消去に纏わる規定に関して再訂が行われたのもその時である。創世暦1年、覇皇の月よりプレーヤーは現実へ記憶を持ち越す可否の選択権を得た。これはこの世界にとって革命的な出来事であったが、クローズドαとして定められた当時二十四日間(ゲーム内時間:576日)に可能であった記憶の現実への持ち越しが遂に認められたのである。それから四十九日間のオープンα期間(ゲーム内時間:1176日)を経て創世暦一年よりオープンβへ。そして創世暦一年から二年に掛けて展開されたオープンβ期間(ゲーム内時間:1752日)は遂にこの二週間を以って完全に正式サービスへと移行する事になる。現実では僅か二週間、だがその移行期間でさえゲーム内時間に換算すると312日に相当する。
その移行期間にD.C社から公開された情報、又、オープンβ経験者がグローバルネット上に漏らした情報が、今のマイキー達の主な情報源だった。
日没まであと三時間の目標としてマイキーが掲げたのはシャメロットの甲羅を五枚という数字だった。
狩る上で体感のドロップ率は約十五パーセント。つまり目標ノルマを達成するには三十匹強の陸蟹を討伐すれば良い事になる。目的と行動が伴った彼らはそれから作業に集中し始める。
そこに存在するのは狩る者と狩られる者という関係のみ。この世界での初めての狩りという実感は三人にとって心地良い実感を齎していた。