S16 予定調和の一日
レクシア大陸に渡ってから僅か三日目。この大陸での狩りにおいて依然不慣れさを隠せない一同だったが、それでも例外は存在する。この日の狩りは全てが予定通りに運ぶ一日だった。
昨日狩りを行った街から三キロメートル程離れた草原で、まずは狐獲りの罠を仕掛けた一同は地表に身を隠していた。
「静かに、音を立てるな」
今日からソルジャーとして青銅の装備に身を固めたジャックの隣で、黒斑鳥の羽織物を纏い草むらに伏せるマイキー。
罠の仕掛けは単純で銀狐の好物である赤林檎の切身を囲い樽の中央に置き、銀狐が罠に掛かるのを風下に這いただじっと待つ。
「こんなんで本当に引っ掛かるのかよ」とジャック。
余りにも原始的な罠に不安を隠せない一同だったが、開始してから間も無く、銀色の毛並みを携えたフォクシーが嬉々として林檎に飛び付いた時は失笑を隠せなかった。
それまでにフォクシーに抱いていた理知的な賢さと云ったイメージはそこで脆くも崩れ去り、何とも愛らしく間抜けなモンスターと云う認識へと移り変わる。
囲い樽の中で恐怖に暴れまわるフォクシーの身体に手を伸ばしたマイキーは長い尻尾を掴み宙吊りに引き摺り出すと、尾骨の間隙に、鈍く光る漂流者の銅剣を滑り込ませて素早く尾を切り落す。
「悪く思うなよ」
束縛から解放されたフォクシーが一目散に逃げて行く姿を見つめながら、マイキーは手にした美しい銀尾をマテリアライズする。
目的の品を手に入れれば罠には用は無い。罠は使い捨てで、囲い樽に付属した赤林檎の切身も合わせてワンセットと為っている。
消滅というマイキーの掛け声と共に罠が消滅すると、一同は次の目的に向かって動き始める。
次の目的は『綿兔の涙』だ。「手分けして草原を隈なく探そう」と言うマイキーの指示に草原の各地に散らばる一同。
ウーピィが出没するスポットは東エイビス平原の中でも東西南北に散らばっている。
街から一番近い出現ポイントで云えば、東門から草原へ出て見渡す限りの半径二キロメートル以内の地域がウーピィの生息域に該当する。
平原の中央部を目指し北上して行ったマイキーとジャックに対し、アイネとキティは街に近い草原南部の探索に当たる事となった。
仮に複数のミクノアキャットと対峙した際に、彼女達だけではその対応が困難だと判断した為である。
「見つかるといいね。兔獲りの罠」
手を繋いで草原を歩くアイネの言葉にキティはすぐには首を縦に振らなかった。
彼女なりによく考えて、言葉を飲み込んだ結果、彼女は首を振る事が最後まで出来なかったのだ。そんな折だった。
二人の視界の片隅で草むらが風に靡く様とは異なる不自然な動きを見せる。
「キティ、気を付けて……何か居るよ」
アイネの言葉に、小さな掌をぎゅっと握り締めて身体を強張らせるキティ。
草原の草むらの中で、もがき苦しむ小さな影に気付いた二人は、息を潜めてゆっくりとその影の元へと近付いて行く。
草むらでもがいていたのは、内径十センチメートル程の小型のトラバサミによって足を挟まれた小さなウーピィだった。鋸歯状の歯に食い込むように足を束縛されたウーピィはアイネとキティの姿に気付くと恐怖に怯えた様子で後退りを見せる。
「これが兔獲りの罠……可哀想、この子。罠に引っ掛かっちゃったのね」
そう言ってトラバサミの前で身体を屈めたアイネはふと隣で悲痛な表情を見せていたキティへと振り返る。
「キティ、あなたが外してあげてくれる?」
アイネの言葉にキティは頷くと、その小さな手をトラバサミに近付け、ウーピィの足に食い込んでいた鋸歯状の金属板に手を掛ける。
伸ばされたキティの手の動きから逃れるように必死に暴れていたウーピィは、金属板から解放されると共に、勢い良くその場から数歩飛び退いた。
「ごめんなさい」
キティのそんな呟きが聞こえたのか、完全な逃亡姿勢を見せていたウーピィが今一歩彼女の方へと歩み寄る。
そして、僅か数十センチ程までの距離まで近付いたウーピィは、まるでその場にお辞儀するように身体を屈めると、その瞳を潤ませ一滴の涙を零す。光り輝く雫が落下と同時に結晶化し、一枚のカードとして変化する。
――『綿兔の涙』――
いつの間にかウーピィはお礼の品を残して走り去っていた。
残されたカードを両手で拾い上げたキティは、その場でただウーピィの駆けて行く後姿を追う。
ウーピィとほんの一瞬、気持ちが通じ合ったような。そんなキティの様子をアイネは優しく見守っていた。
再び合流したマイキー達は二人がカードを入手した事を知ると驚きを隠さなかった。
「カード入手したのか」とキティに手渡されたカードの情報を確認するマイキー。
二人は罠は幾つか発見したものの、肝心のウーピィが掛かって居なかったらしい。
どうやら、前情報で心優しい者の前にしか姿を現さないという不確定な情報が流れていたが、満更嘘でも無かったのか。
「心優しい者の判定なんてどうやってプログラム制御するんだよ。ただの噂だ」
ジャックを諭すマイキーの口振りに笑みを零すキティ。だがその真偽は如何に。
それから夕方まで東エイビス平原南部でミクノアキャット狩りを行い『縞猫の髭』やドロップ品を集めると、日が落ちる前に今日の最終目的であるリカルゴ海岸へと赴くのだった。
夕日が沈む西の海の上に広がる赤焼けの空。海岸線を覆う岩場の隙間から覗く僅かな浜辺には巨大な縞蚯蚓、ストライプワームが砂地からその頭を突き出し、ゆらゆらとその頭部を揺らめかせていた。
「あれが、縞蚯蚓の脱皮か。それにしても、このワーム族って見た目気持ち悪ぃな」とジャック。
淡い茶色味と白色を交互に織り交ぜたその縞模様は、ミクノアキャットの彩色と良く似ている。そんな彼らが地中から頭を突き出したその根元には、所々に数枚のカードが散らばっていた。
「長居は無用だ。貰う物だけ貰ったらさっさと街へ戻ろう。幸いこいつらノンアクティブみたいだ」
皆が尻込みする中、打ち寄せる波際で揺らめくストライプワーム達の合間で目的のアイテムを拾い集めたマイキーは、一同へ振り返るとカードを振って見せる。
ここで、このカードを入手した事は四人の希望職に於ける納品カードが全て揃った事を意味していた。
「これで全てのカードが揃ったな」と目的の品を回収しPBを閉じるマイキー。
全ては予定調和。赤焼けの空の元に佇む四人の心は満たされていた。
まるで運命の歯車が噛み合わさったかのように、今日は何もかもが上手く行く一日だった。




