S15 高額落札
■創世暦ニ年
四天の月 水刻 9■
ジャックが無事ソルジャーへの転職を遂げた翌早朝、マイキーは一人港の赤煉瓦の建物、オークションハウスへと足を運んでいた。
目的は他でも無い。出品したあのアイテムの様子を見に来たのだ。
黄金色の玉葱は大いなる希望。昨日の出品から一体幾らで売却する事が出来るのか、その想いが正直マイキーの心にはずっと引っ掛かっていた。
もし3000ELK以上で売れるような事があれば、その個人収入は750ELKにも及ぶ。1500ELKという最低希望落札価格がバイヤーの競りに火を点けたなら、そんな妄想を巡らせる事は悪い気分では無かった。
仮に希望額からそう離れた金額で無いとしても、落札さえされれば今の彼らにとっては好収入には違いない。
赤煉瓦に囲まれた回転式のガラス扉を潜ったマイキーは、オークション会場内に入ると中央エリアの端末カウンターへと脇目も振らず向う。手際良く広げたPBを端末コードと接続し台座に立てかけたマイキーはキーボードを弾き始める。
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§AUCTION MENU§
【INFORMATION】
ご出品された一品のアイテムが落札されました ⇒【確認】
▼出品
【出品状況】
▼入札
【入札状況】
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§出品状況§
No.1 金色玉葱の球根
最低希望落札額 1500 ELK
出品期限:02/四天/水/15
出品状況:即札 5000ELK >>>>>【落札確認】
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表示されている内容に目を疑い、腕で瞳を拭うマイキー。
彼の視覚が確かならば、出品状況には『即札』と表示されていた。彼が即札価格として提示したのは一体幾らだったか。
そんな疑問に答えるかのように、即札表記の右側にはその金額が表記されていた。
――5000ELK――
落札確認へ向う手は若干震えていた。その震えを抑えながら確認ボタンをクリックし、そして同時にPBに振り込まれた金額を確認する。
売却額は5000ELK。個人配分にして1250ELK。これは紛れも無い事実だった。
「あいつら……どんな顔するかな」
マイキーが齎した吉報が一同の表情を驚愕へと崩した事は云うまでも無い。
合流した四人はこの日の朝食は繁華街に存在するDIFOREという名の洒落たレストランでモーニングセットを楽しんだ。思わぬ高収入に少し背伸びしても、とそう考えたのだ。
マイキーにとっては朝食の定番。質の高い食材を証明するかのような瑞々(みずみず)しい潤いに富んだ野菜と、程良く脂の散った肉厚のベーコンエッグ二枚に目玉焼きのセット。食後には熱いブラックコーヒーを啜る。
これが何とも言えない幸せなのだ。ジャックに到っては朝から黒水牛のサーロインステーキを平らげた上に、モーニングセットを食べきれないキティからベーコンを一枚貰い受けていた。
口元を滴る脂で汚したジャックの表情に苦笑するアイネ。
「キティは間違ってもこういう大人になっちゃ駄目だよ」とアイネの忠告にキティは笑顔で「はい」と一言答えた。
そんな彼女の反応にジャックは「おいおい、これでも真っ当に生きてる男の代表だって有名だぞ」と口元を濡れ布巾で拭いながらマイキーへと視線で訴え掛ける。
「誰も認めてない。ただの自負だろが。こっち訴え掛けるような目で見るなよ」
突き放すマイキーにジャックは香煙草を口に咥えながら「世の中はまだ俺の存在を理解出来てない。時代が追い付かない」等と、理解に苦しい呟きを漏らしながら遠い目をして見せる。
そんな彼を無視するかのように話題を切り出すマイキー。
「話変わるけど、今日も認定試験のアイテム集めようと思う。昨夜、大体のアイテムの収拾方法は調べたから。まずハンターの納品アイテム『銀狐の尾』に関しては、やっぱりフォクシーが落とすみたいだ。取り方はミクノアキャットと一緒で、肢体と尾の接合部、尾骨の辺りを攻撃すると『銀狐の尾』を落とすらしい」
マイキーの話にミルクティーを口元に当てていたアイネはそこで口を挟む。
「あんなに素早いターゲットの局部を攻撃するなんて無理だよ」
「それなんだけど、街のショップで狐獲りの罠を売ってた」
マイキーの言葉に神妙な面持ちで、香煙草を灰皿へと置くジャック。
「なるほど、その罠で捕らえた上で局部を切り取る訳か。確かに罠でも仕掛けない限りあいつは無理だな」
「強引な手法としてバザーで買うって手段もあるんだけど。さっき確認したら『銀狐の尾』については500〜600ELKで取引されてる。罠は50ELK前後なのに、はっきり言ってバザーで買うのは馬鹿みたいだろ」
マイキーの尤もな意見に「確かにな」と頷くジャック。
「他のクラスの納品アイテムについてはどうなの?」とアイネの言葉に頷くマイキー。当然、彼は基本四種のクラス全てに渡ってCity Networkで情報を集めていた。
「マジシャンについては比較的取得は楽そうだ。東門から草原を海岸線に向けて北東へ4km程歩いた、リカルゴ海岸に生息する縞蚯蚓。通称、ストライプワームを日没張り込めば自然と落とすらしい」とマイキーの言葉に疑問を浮かべたアイネが即座に尋ね返す。
「自然と落とす? 倒すんじゃなくて?」
マイキーが調べた情報に依ると、ストライプワームは日没頃に脱皮を行い古い皮を自ら剥ぎ落とすとの事だった。その剥ぎ落とされた皮が自然とカード化したものが『縞蚯蚓の脱皮』として、日没になるとリカルゴ海岸には散らばると云う。
「比較的、基本四種の中では取り易いカードだと思うよ。バザーでも100ELK未満で大量に出回ってるから、これについては買ってもいいんじゃないか」
「嫌だよ。勿体ないもの。取りに行こうよ」
渋るアイネにマイキーは「往復に掛かる時間考えると、ミクノアキャットでも狩って納品アイテムの髭を売捌いた方が効率いいんだけどな」と渋りながら止むを得ないと云った表情で頷くと、残るクレリックについての取得条件に言及し始める。
「残るキティ希望のクレリックだけど、これがなかなか厄介でさ。東エイビス平原にはプレーヤーが仕掛ける狐獲りの罠以外にも、サーバー側で設置された兔獲りの罠があちこちに仕掛けられてるらしいんだ。『綿兔の涙』はこの罠に引っ掛かったウーピィを解放してやる事で貰えるらしい。ちなみに、この兔獲りの罠は市販されてないから草原の中探し回らないと駄目だ」
マイキーの説明に真剣な表情で頷くキティ。
「とりあえずは日中は草原で狐獲りの罠仕掛けて、フォクシーが掛かり次第、草原に仕掛けられた兔獲りの罠を探す方針で行こう。夕方になったら帰りにリカルゴ海岸に寄って、『縞蚯蚓の脱皮』を拾ってくればいいだろ」
マイキーが打ち立てた方針に頷く一同。
「上手く行けば今日中に皆の分の認定試験のアイテム揃うかもな」
それは長い一日の始まり。
金色玉葱の落札収入はそんな一日の始まりに相応しい朝食で景気付けてくれたようだった。